17. ダニエルの疑問
「ご機嫌麗しく、ツェツィーリエ嬢。腹の探り合いをしに来ました」
ダニエルは、そんな馬鹿らしいことを口にしながら、今日もにこやかに塔にやってきた。
いつものように一階のテーブルに向かい合って座ると、わたしは彼を睨みつけてみせる。
「あなたには探られると痛い腹があるかもしれないけれど、わたしには、なにもないわ。見た通りよ」
そんな嫌味にも彼は笑顔のまま、返してきた。
「世の中のすべてが見てわかるほど簡単なら、苦労はしませんよ」
どうやら彼は、たとえ見当外れだろうと、なんの成果もなかろうと、とにかくわたしと話をしたいらしい。
「そろそろ、二人きりで話をしたいと思うのですが、いかがです? この塔には、二階に来客用の部屋があると聞きました」
なんとそんな申し出までしてきた。
「今だって、二人きりのようなものじゃない」
「でも二人きりではない」
「いけません、お嬢さま」
そこでカレルが口を挟む。
「淑女たるもの、異性と部屋に二人きりだなんて、許されるものではありません」
ヤナも小さく頷いたので、カレルの意見に同意しているようだ。
「まあ、そうなんだけどね」
ダニエルは苦笑交じりにそう返してきた。
「でも私はある程度、王家の秘密も握っていますよ。他に誰もいなければ、言えることもある」
その言葉に、皆の動きが止まる。
「なにせツェツィーリエ嬢はこの塔から出ないのですから、漏洩の心配はない。だが、この従者たちは別だ。むしろ聞かないほうが彼らの身のためだと思いますがね」
続く説明に、わたしたちは顔を見合わせる。
「どうします?」
挑発するかのようにそう訊かれ、わたしは息を吐きだした。
「王家がなにを隠しているのか知らないけど、聞いてみる価値はありそうだわ」
「それはよかった。では二人で内密の話をしましょう」
ダニエルはわたしの返答に、口の端を上げる。
「お嬢さま」
咎めるようにカレルは呼びかけてきたが、わたしは肩をすくめる。
「大丈夫よ。わたしに危害を加えたら、それこそダニエルの首が飛ぶわ。王家はわたしに手出しできない」
おとぎ話の通りなら。
しかしカレルは、思いっきり眉根を寄せて、こう返してきた。
「たぶん、お嬢さまの心配と、僕の心配は違います」
「え?」
違うって?
そう訊き返そうとする前に、カレルは「ちょっと待っていてください」と踵を返した。
そして調理場に入ってゴソゴソしていたかと思うと、大事そうに手になにかを持って出てきた。
「これを持って行ってください」
差し出されたそれは、ハンドベルだった。人を呼びたいときに鳴らすベルだ。
「懐かしいわね」
「先日、見つけました」
この塔に来たばかりの頃は人の出入りもあったから、使用人を呼ぶのに使っていた。いつの間にか、見当たらなくなったけど。
わたしがベルを受け取ると、カレルは念押ししてきた。
「なにか少しでも不審な動きを見せたら、鳴らしてください。すぐに突入します」
「信用ないねえ」
ダニエルはそんなことを零しながら、くつくつと喉の奥で笑う。
「申し訳ありません。伯爵のご令息に大変失礼とは存じますが」
カレルはダニエルに向かって深く腰を折って、素直に謝罪した。
「チェンバレンさまが、まさか危害を加えるとは思ってはおりません。が、お嬢さまの側仕えとして、やはり異性と二人きりという状況を見過ごすわけにはまいりませんので」
それを聞いて、ダニエルはフッと笑った。
「忠義に厚い従者だ。そのほうがいい」
「寛大なお言葉に、感謝申し上げます」
カレルはそう返し、そして頭を上げなかった。
もしかして、わたしが以前、『波風を立てたくない』と言ったことに従っているのだろうか。
そのまま頭を下げさせておくのも忍びないので、わたしはさっさと立ち上がる。
「では行きましょう」
◇
「とはいえ、ツェツィーリエ嬢が知りたいことを私が知っているかはわかりませんがね」
二階の客室にダニエルを通し、ヤナがテーブルの上に紅茶を置いて出ていったあと、彼はそう口火を切った。
「今、それを言うの?」
話をしようとわざわざ二人きりになったというタイミングで、期待するなとばかりに水を差すのは、少々卑怯なやり口ではないだろうか。
やはり食えない男だ。
「なにか不服ですか?」
「まあ、いいわ」
わたしはソファに深く座り直すと、彼の目をジッと見つめて口を開いた。
「わたしが知りたいことは、ひとつしかないもの」
「なんでしょう」
「あなたはなんのためにこの塔に来るの」
「美しいツェツィーリエ嬢に会うために」
「そうやってごまかすだけなら、帰っていただくわ」
先ほど受け取ったベルを掲げてみせると、彼は肩をすくめた。
「ほんの冗談のつもりでしたのに。あ、お美しいのは噓ではありませんが」
「あのねえ」
非難しようとしたのがわかったのだろう、彼は両手を上げて、話し始める。
「わかりました、ちゃんとお話ししますよ」
わたしが苛立ちを覚えているのに対し、彼はどこまでも落ち着いた表情だ。
彼はこちらを覗き込むようにして上体を倒し、開いた足の上に肘を置くと、手を組む。
「最初にこちらを訪れたのは、王太子殿下のご依頼です」
やっぱり。挨拶がしたいだけだなんて、でまかせだったのだ。
その考えが顔に出ていたのか、ダニエルは苦笑しながら続ける。
「ご挨拶したかったのは本当ですよ。貴族の方々の顔を覚えたいのも本当です」
「弁明はけっこうよ。それより、王太子殿下はなにをしたかったの」
「ツェツィーリエ嬢の様子を見てくるようにと。だから、従者が二人、付いていたでしょう? あれは王太子殿下の配下の者です」
「まさか王太子殿下が、わたしを魔女だと信じているの?」
それならば、先日思った、『苦言に耳を傾ける聡明さを持ち合わせている』という評価を取り下げなければならない。
しかしダニエルは首を横に振った。
「いえ、違います。どなたが疑っているかとあえて言うなら、王太子妃殿下ですね」
「そんな高位の方が、魔女の存在を信じているのね」
わたしにとっては、王太子だろうとその妃だろうと、大した違いはない。
いずれにせよ、王家は『黒き魔女』の復活を警戒している。
「社交界では、幾人かがもしかして、と噂なさっているのでね。一応、妃殿下の名誉のために言っておきますと、そこまで危険視していらっしゃるわけではないんです。ただ、世間を騒がせているのだから調査は必要ではないか、という話になりまして」
念のため。
今でもそう考える人間が王家にいる。
「じゃあ調査は終わったわ。わたしは魔女ではない」
「証拠の出しようもないですし、そもそもそれしか言えませんし、『問題はない』と報告しましたよ」
「それなのに、まだあなたはここにいる」
そう言うと、ダニエルはスッと笑みを消し去った。
そして低い声で語る。
「今までの話は、最初にこの塔に来た理由です。以降は私個人の考えによる訪問です」
「それは、なぜ?」
「私自身が納得できていない」
目を伏せ、珍しく自信なさげな口調で語る。
「私は、理解できないことがあれば、追及して納得したい質なんですよ」
「どういうこと?」
「ツェツィーリエ嬢の周りに、いくつかの不可解な点がある。それを解明して、ああそういうことか、と納得する。それで満足できます」
「不可解な点……?」
「たとえば、この塔の警備について」
そういえば、ヤナに塔の警備はいないのかと訊いていた。
でもそれがなにか問題なのだろうか。
「だって、誰も来やしない……」
「そうではありません」
ダニエルはゆるゆると首を横に振って、わたしの回答をひったくる。
「逆です」
「逆?」
「ツェツィーリエ嬢は再三、怖がられていると仰いますね。では、その恐怖の対象がこの『封印の塔』に閉じ込められているとして、怖がる人間はなにをすべきか。当然、ここから出られないように監視するのでは?」
わたしはダニエルの話にハッとする。
確かに。
そうだ、そうあるべきだ。
「どうして皆、そんなに怖がっているのなら、ツェツィーリエ嬢をこの『封印の塔』に閉じ込めているだけで安心しているのでしょう?」




