陸穿災害
プロローグ(その2)
前話における時間の前後で起こっていた出来事です。
『臨時ニュースです』
物々しく舞い込んできたニュースによってアニメ放送が画面の隅へと押し込められる。
『静岡県と神奈川県の県境にて大災害が発生しました』
そうして映り込んだ空からの映像に絶句する。
陸が綺麗な円形にくり抜いたように無くなっていたのである。
孤島となった伊豆半島、スプーンで抉られたプリンのようになっている富士山が見えた。
富士山があった場所からは溶岩が吹き出しており凄まじい勢いで白煙が上がっている。
深夜の時間のため白煙は溶岩によって照らされ赤黒い雲のように見えていた。
『突然に富士山を含む陸が消失しました』
消失したなんてニュースで聞く事の無い言葉だけでも異常な出来事と伺える。
俺が住んでいる場所は東京の武蔵野付近ではあるけども地震のような揺れに覚えは無かった。
「揺れを起こさずに陸があんなになることなんてあるのか?」
思わずそう口走ってしまったが、それほどに理解から遠い現象が起こっていた。
わずか1mの断層のずれでも起これば地震という形で周囲に揺れを伝達する。
しかし、陸が抉られる規模の変化が起こったのにも関わらず揺れが一切に起こっていなかったのだ。
『被害規模は想定でも30万人、14万世帯以上が巻き込まれ……』
被害状況の報道に入ると安否の話になっていくが事象についての話は一切なくなる。
それもそのはず、こんな規模の災害だと専門家でもお手上げだろう。
とこれが昨日の話、社内でもこの話題で持ちきりだった。
俺は今日、大阪の方へ出張する予定だったが西日本への経路が完全に断たれてしまったために中断せざるをえなかった。北回りで向かっても今日中に着く事はないだろう。
そのため、出先の関係者にその旨を連絡しているところだ。
「お疲れ様、残念だったなぁ新しい商品の発表を控えていたのに」
そう気さくに話しかけてきたこの男は別のチームのプロデューサーをしている人物だ。
「まぁ俺がいなくても発表自体に影響は少ないだろう」
「チーフプログラマであるお前がコメントするはずだったのになぁ」
「一応、プログラマチームの何人かが向こうに先に行ってくれてて助かりました」
本来なら昨日の時点で俺も行っているはずだったが、決済報告の締め切りが今日だったので旅費の報告書を作成するために残らなければならなかった。
「発表原稿はもう送ったんだっけか」
「はい、今はQAをまとめているところです」
「本当に良かったよ、昨日の災害で回線までダメになって無くて」
「それな」
ははとお互いに笑い合う。
本当に笑うしかない。
「これを送ったらもう今日中に出来る事はないので先に上がらせていただきます」
「そうか、おっあれをやるんか」
「そうですね、出張から戻ったらと思ってましたが」
実は俺とこの男は同じ沼に浸かる同志である。
もちろん、彼には俺が天使推しである事は知られている。
「ここだけの話な、まだ叢リリーたそルートが発見されていないらしい」
「kwsk」
そうしてしばらく新作のエロゲの話をしていると周りからの視線を感じるようになったので、良い感じのところで切り上げた。
「それではQAのメールも送れたので、これで失礼します」
「おぅお疲れ様」
「お疲れ様です」
そうして会社を後にした。
午後4時頃に帰宅すると鍵を閉め雨戸を閉める。
俺は部屋を暗室のようにして部屋の灯りはタブレットの画面だけにする。
これは俺がエロゲをするときのルーティンのようなものである。
「さぁてやるかぁ」
叢リリーちゃんのルートを攻略しきったのは次の日の午前2時になった頃であった。
気を失うように眠ってしまった俺は気づかなかった、俺の周囲で起きていた異変に。
俺の社宅がある武蔵野一帯を中心とする魔法陣の発光体が空を浮かぶ。
その発光体はすぐに星のように縮むと八王子市の東端から千代田区辺りまでの範囲の陸を持ち上げるように浮遊させた。
浮き上がった陸の底は円の面を形成するように綺麗な形になっており発光体を中心に空間ごと切り取られたかのようだった。
1000mほど持ち上げられた東京の大部分を含んだ陸地は光に包まれた後、光の霧散と共に消失してしまった。
わずか10秒ほどでの出来事である。