強さの秘密?そんなもの……え?ボクそんなに強いの?そのまま流れで冒険者になっちゃいました
グランマルクに到着したミーティア。
しかし身分証明ができないミーティアは通門できなかった。
それを見かねた衛兵に連れられ孤児院へと案内される。
孤児院で子供たちと触れ合わされていた頃、突然のスタンピードに襲われる。
前線に冒険者たち、門前で衛兵たちが防衛していたが、異常の数の魔物に苦戦していた。
その防衛網を通り抜けたドラムコングの1体を院長先生が相手していたが苦勝の末に更に3体のドラムコングが現れた。
院長先生では3体を倒せないと判断したミーティアは院長先生から戦槌を奪っ……拝借してドラムコング3体に挑んだ。
その後、2体の頭部を一撃で粉砕し、1体を投げ音速ボディプレスで裂砕してみせた。
そして今、ボクはその戦闘の委細についての質問責めに合っていたのであった。
ここはドラムコングと戦った場所から離れてアルマディアさんが運営する孤児院の食卓である。
今は院長さんとこの孤児院の職員の人が一人いる。
「ミーティアちゃぁん、A級を一撃で屠るだけの戦闘力はどこで身に付けたの?」
この緩い口調は院長さんだ。
しかし、口調の割りに…………。
…………………………
………………
圧力が凄い。
話し出しづらい、すんごく話しづらい。
「ボクは……」
否、ダメだ、自分の事から話そうとすると上手く説明できそうにない。
なので、面談で話すような順番で行こう。
「武器は剣、槌、弓、槍など一通り扱えます」
まぁ嘘は吐いてないよね。
「拳闘術、柔術など無手での戦闘もこなせます」
これも実演してるも問題ないだろう。
魔法は……まぁ使ったって判らなそうだから今は良いか。
「あとは鱗や甲殻のような装甲がない魔物でしたらあぁいう感じで倒せます」
ちょっとあやふやだけどこれで通じるだろう。
「そんな感じかな?」
沈黙
「そんな感じでは解らないでしょお?」
院長さんからの圧力再び。
思わず〇圧と形容できそうなほどに重い空気感だ。
「いや、そうとしか言えないんですよね」
「そんな訳ないでしょお?」
そう言いながら取り出したるは鑑定宝珠、ステータスを可視化するぞ。
むむ!ステータスを見られると弱い。
「それは?」
わざとらしく聞いてみる。
「これはね、ステータス鑑定器って言って触れた人のステータスを表示してくれる装置よぉ」
「へぇそんなものがあるんですね」
知ってた。
けど、説明させたのには意味がある。
と信じたい。
「まぁ、とりあえず触ってみてねぇ」
ちょっと躊躇う。
「ほらほら」
催促がって力強っ――。
こうして、魔法使い寄りのステータスが暴露された。
「これはぁ……なおさら説明が欲しいわねぇ」
圧力再び。
「はぁ……」
溜息を一つ。
「身体強化を魔力で行ってステータスを補強してるんです」
天使は皆してたしな。
これも嘘ではない。
「そんなはずはないわ」
え?
「だって、そんな事したらすぐに魔力が枯渇してしまうもの」
あれ?そんな燃費が悪かったっけ?
「よし、腕相撲しましょう院長さん」
「うん?」
「ボクの身体強化がどんな感じかは体験していただいた方が良さそうですので」
説明が面倒になったとかじゃないよ、うん。
そうして―――その樽、どこから持ってきた?
樽を挟んで手を組んで…………どうしよ?手の大きさ4倍くらい違う。
あ……うん、指が曲がらないや。
それから睨み合う。
「ウンダラホー、ヤッハ!」
あ、これ腕相撲の掛け声か。
きっと翻訳が仕事してない。
おそらく該当する日本語がなかったのだろう。
――と、油断した。0.04秒ほど思考に囚われて隙を見せてしまった。
樽の縁が残り2cmほどまで迫っている。
改めて身体強化を施して院長さんの手を押し返して中央へ戻した。
「今のっ何かしらぁあ?」
たぶん違うだろうけど。
「知らない掛け声に戸惑って油断しただけよ」
「ふんっそうっ」
会話しながら揺さぶってるのだろうか。
力が入ったり緩んだりしている。
もちろん、力が強くなるタイミングに合わせて身体強化を強めているので返されない。
「子供っ相応のっ筋っ力でっ私にっ拮抗するっなんてねっ」
そう話しながらも、ふんぬっふんぬっといった具合で何度も私の手を潰そうと力を入れてくる。
「これが魔力での身体強化ですよ」
そう、無駄がない無駄に精巧な無駄な技術。
力が必要なタイミングで力が必要な個所に最小の魔力運用で身体強化を行っている。
たぶん<クロック>なしでやれって言われたら出来ないかもしれない。
まぁこっそり質量魔法で身体の重さを上げてるけど秘密だ。
低身長を補うための足場が割れてきているけどね。
「魔法使いにっでもなればっ良いのに何でっ身体強化を極めたっの?」
まぁステータスの比率からの疑問だろう。
「魔力が高いって事はそれだけ自由だって事ですよっ」
そろそろ足場が砕けそうなので決着を急ぐ。
まぁ院長さんの力が弱まるタイミングで身体強化を強めるだけなのですぐだった。
勢いそのままに院長さんの手の甲を樽の縁に押え付けた。
まぁ何となく判ってはいたけど院長さんは魔力をまったく活用していなかった。
MPもわずか400弱しかないのもあるが、先ほどの発言から身体強化を教える人もいないのだろう。
否、ボクも教わった記憶ないなぁ。
でも天使は全員扱えていた。
それが当たり前だと思っていたからこそ、ステータスでの判断を大きく誤った。
ふぅと一息。
「これ壊れてないわよね?」
「そんな訳ないでしょう?……ですよね?」
お互いに疑心暗鬼である。
「しかし、STR差308を身体強化だけで覆せるとはとても……」
ごめんなさい、質量魔法も使ってました。
差はおよそ20倍、とても勝てるとは思われないだろう。
そもそも腕相撲は腕力以外にも体重や身長の影響もある。
「この娘、本当に貴族の子女なのですか?」
「元 ねえ、でも私と互角だと一撃で倒した理由には足りないかなぁ」
確かに数値だけの互角では攻撃力の説明には足りないか。
とりあえずで、先ほどまでの腕相撲で砕けた足場から指一節分の木片を二つ取り出す。
「ボクは強化魔法が使えるので」もちろん嘘だけど。
「これの片方にかけてみますね」
そう言ってから質量を片方だけ10000倍にする。
それをそのまま落とした。
『ことっ』
『VEGGGOOO』
片方は可愛い音を立てて転がる。
もう片方は木片が立てたとは思えない轟音を立てて床を砕いた。
質量魔法はキリの良い倍率の質量増加は比較的低燃費だ。
それに加えてかなり小さい体積のものにかけたのでMP1も消費していない。
1gしかない木片でも10000倍したので10kgだ。
つまり鉄アレイを落とすくらいの威力を木片が発揮していた。
「それ強化魔法なの?」
「少し特殊で高い威力を発揮する代わりに強化をかけた対象がえらく脆くなるんです」
「あぁなるほど、それで――」
あ、いかん。
「そうだよぉお、私の相棒!!」
戦槌を壊していたのを思い出してしまわれた。
「ご、ごめんなさい、粉々にしてしまって……」
「ああぁいいのよぉ、あの時は3体も出てきて終わったと思ったものお」
確かにあの疲労具合見たらそんな気がしていたけども院長さんもそう判断していたのか。
それなら良いか。
「とりあえず、攻撃力の……いや、最後の1体は素手で倒したって聞いたけど?」
あぁそういえば2体目の時点で戦槌が砕け散って最後の1体はボディプレスで倒したんだよね。
「企業キ……じゃなかった、秘密ではダメですか?」
「はぁあ」
ダメみたい。
これどうしよ。そもそも、素のステータスの低さを身体強化で補っただけではあの破壊力を説明できない。その上、質量魔法の説明を省く事は難しいかもしれない。武器があれば先ほどの強化魔法で誤魔化せたけど……
「あぁそれねぇ、私の勘違いだったかもぉ?」
「は?」
「だからねぇ、3体目を倒した時に私の槌が壊れたのよぉ、 タブン」
「はぁああ」
より深い溜息を吐く。
院長さんはボクの方を見てウィンクを……その大柄でされるとキツイものがある。
「ていうか、あなたは?」
そもそも初対面だし、自己紹介も受けてない。
この孤児院の関係者である事だけは装いで判ったが。
「ん?あぁごめんなさいね、わたしはディオネと申します、ここでは家事周りや事務を任されているわ」
まぁエプロンをしてるし家事関係はしていると思ってはいたけど、事務も担当を……。
筋肉さん……じゃなかった院長さんが事務が得意とは思えない。
「いまぁ、失礼な事を考えてないかしらぁ?」
勘が鋭い。
「いえいえ、全然」
「ならぁいいのよぉ」
口が緩いくせに身体の大きさのせいでそこまで緩いイメージを受けない。
ギャップじゃなくて違和感なんだよなぁ……。
ぎこっぎこっ。
うん、入口の方も限界かな。
「子供たちぃ、入っておいでぇ」
院長さん、今それは……。
がこんっ、どたっばたたたたた。
あぁやっぱり……。
「ねぇねぇお姉ちゃんって院長さんよりも強いの?」
お姉ちゃん呼びしてくるこの子は二番目に小さいケモ耳っ娘、エレナだ。
「院長さんと腕相撲して勝てるなんて、何かズルでもしたの!?」
ズルはして……いや、どうだろう?この子はエルフのコレット。
エルフという種族からか、おそらく魔力の流れでも見られたのかもしれない。
「んっ…んっ…」
うん何言ってるか判らない。この無口な子はケモ耳っ娘のルリナ。
口は控えめだけど、表情は煌めいて見える。
何かお散歩前のワンコみたいで可愛い。
「院長っ、ところでどう手加減したら、あんな無様な負け方をできるの?」
手加減云々と言うのは赤い髪の印象が強いメレーヌだ。
「あのさっあのさっ、血糊が一瞬で綺麗になったのってどんな魔法なの?」
あ、ついに来てしまったか。
ちなみにこの鋭い子はオリーブ、お姉ちゃんぽい雰囲気を纏っているがおそらく普段から家事を手伝ったりしているのだろう。
汚れを落とす大変さを理解している故の好奇心らしきものが垣間見える。
「それはぁ私も気になってぇいたのよねぇ」
院長さんもか。
「そうっそうっ!キラキラパパパァアって感じで綺麗だったよね」
あれ?バッチリ見られていらっしゃる?
そういえば、錬金を教わった時もキラキラしていた気がする。
「そうだったかしらぁ?」
「あたしは見てないぞ」
「あたいも」
「わたしは……」
「っ…………」
見てたのはオリーブだけみたい。
あれ?ディオネさんの視線に圧力が……。
うん、これは隠さなくても良いかな。
でも少し方向性を考えよう。
「それはこの服にかけられた加護の影響です」
服の効果って事にしたのだ。
「加護?」
そう加護、一応この世界には呪いとか色々あるんだ、スキルの中にも加護っぽいものあったし押し通せると考えた。
「加護と言っても傷や汚れが綺麗になるってだけなんですけどね」
まぁ汚れの方は聖力を用いてタンパク質や油の分離、金属をイオン化して繊維から剥がすだけだし、傷はこの服作った時と同じプロセスで直せる。
「そっか、そういった便利な魔法があるわけではないのですね」
「ごめんなさい、ボクもそういった魔法は知らないんです」
そんな魔法があるんだろうか?
魔法で生活を便利にしようとする発想が無かったため、そういった方面での開発はしていない。
今度開発ってみよう。
閑話休題。
「そういえば、身体強化魔法って実戦で使う機会って無いんですか?」
かねてよりの疑問を聞いてみた。
地上の冒険者および兵士や騎士において身体強化を使われない理由は知りたい。
「実戦で使う事は滅多にないわぁ、そもそも魔力が減ると意識を失うのと継戦時間が10分、長ければ1時間以上になる戦闘中に1秒か2秒で魔力を使い切る魔法は使わないのぉ」
そんなはずはない、実はボクの持っている身体魔法の常識と実際の常識の間でギャップがあるのかと思って事前に<世界の常識>で調べている。
何故身体強化魔法がそこまで効率が悪い魔法という認識になっているのか、それを知る必要がある。
「身体強化魔法って別に1秒2秒と言わず5時間くらいは魔力が枯渇するような状況にはならないはずですよ?院長さんの魔力総量でも1時間は維持できるはずです」
「それはおかしいわぁ、だってSTRを1上げるのに1秒あたり1も消費するのよぉ?実戦で扱う時は100から200を一気に上げると2秒しか保たないわぁ」
そう、それだ、身体強化魔法はステータスを上げる魔法ではない、だから本来と異なる用途でも用いられた魔法は効率が極端に悪くなるのである。
「それ身体強化魔法じゃないですよ?」
「は?」
「えぇ?違うのぉ?」
「ステータスを上げる魔法は分類は無いんです、そして身体強化魔法はステータスを上げる魔法ではないんです、身体を強化した事で結果的にステータスが上がったのと同じだけの効果があるってだけなんです」
「どう違うのぉ?」
「全然違います、例えば……重い武器を持ち上げる時に使う筋肉だけを強化するにはどうします?」
「えぇ?STRを上げるんじゃないんですかぁ?」
「違う違う、ステータスを上げるって事は全身に魔法を作用させないといけないんです、これって使わない部分も強化するから無駄なんですよね」
「じゃぁどうするのぉ?」
「持ち上げる時は腕脚と後は背中かな、この辺りにだけ強化魔法をかけるんです。負担を感じたり力が足りないと感じたら、その部分だけを強めに強化をかけるようにするんです」
「???」
「つまり、無駄な部分に強化をかけない事で魔力消費を抑えるんですよ」
「なるほど?」
「それにですね、これでは不完全で――」
まずは実践してみる。
全身に魔力の網を細く薄く広げて筋繊維の代わりにして、身体を強化する。
「こんな感じに魔力を細くする事でもっと効率を上げられます」
まぁこの細くするやり方は常識の方に無いオリジナルだけどね。
「あとは強化は必要な場面に必要な場所だけにできるだけ短い時間だけかけるんです」
実はこれが一番難しい、獣人だと直感だったり戦闘勘だったりで無意識に扱えるらしいが、ボクの場合はクロックの思考加速下でのみ緻密な制御ができる。
「なるほどぉ?」
なるほど解らん、と言った具合だ。
「あとは、ルールは加算じゃなくて乗算にするんです」
これも大事な要素だ、この世界の魔法は加算よりも乗算の方が効率が良い。
さらにキリの良い倍率だとなお良くなる。
「??????」
一夜明けて。
とりあえず、原理は理解されなかったけど感覚を体験してもらう事になった。
「じゃぁまずは院長さんの武器が必要ですよね」
なので戦槌を質量魔法と聖力を活用して作る、原料は昨日の襲撃で壊れた建物の瓦礫である。
「あなたぁ、武器を作る事もできるのぉ!?」
まぁ形だけはね、ただの重い塊であって武器として扱うには無理がある代物である。
という訳でそのまま手渡す。
「はい、練習にはこれを使ってください」
「ありがとっんぉお、おっもぉぉぉい」
それはそうだ、身体強化魔法の練習用にかなり重く作った。
従来の500kgではなく10t、つまり20倍の重さだ。
「これを持ち上げていただきます、なんならこの重さでも武器としての振る舞いができるくらいになっていただきたいです」
「無理無理むりよぉぉおお、これは持ちあがらないわよぉお」
早速の弱音ではあるが、ボクでも持ちあげられるんだ、院長さんならすぐだろう。
「では、ボクが院長さんに身体強化魔法をかけますのでそれを持ちあげてみてください」
シンプルに加算方式の強化を施す。
持ち上げる時、持ち上げてから支える時、さらに上段の構えに遷移する時に必要な部分にだけ強化をかける。
「!!」
絶句。
否、これは喜びの色が見える。
「軽い、軽いわよぉお、かつての相棒よりも軽いわぁ」
「うんうん、持ちあがりましたね、じゃぁ一旦下ろしてください」
ドゴォと轟音を立てて槌は地面に下ろされた。
「では今度は先ほどの感覚を思い出しながら自分で身体強化魔法をかけてみてください」
「あれだけ軽くなるんだったらぁ私にもできるでしょぉかぁ」
そうして始まった身体強化魔法の練習もとい教練だけども―――――。
―――――――。
―――。
実はさっきから5cm以上持ち上がっていないのだ。
「はぁはぁぁはぁぁ」
魔力の消費量は問題ない、先に伝えた通りに使いすぎない範囲で無理をしていない。
しかし、強化の強度を遷移に合わせて切り替えるのが上手く行っていないのだ。
「もう一度ボクがやってみます?」
「いや良いわぁ、私だけの力でまだ頑張ってみるのよぉ」
自分でやるって言ってるし今は見守るとしよう。
――――――――。
――――――――――――。
おっ腰辺りまでは持ち上がるようになったか。
しかし、長い時間持ち上げ続ける事ができていない。
――――――――――――。
―――――。
―――――――――。
何度か手伝いを提案して断られる事十数回。
遂に。
「うおおおおおおおおおお」
おおおおおおおおお。
雄叫びを上げて10tの槌を高々と掲げた。
緩くないガチの雄叫びだった、院長さんそんな声出せたんだ。
それから2時間くらい後。
「ふんぬっふんぬっふんぬっ」
そこには10tハンマーをピコハンを扱うが如く振り回す院長さんがいた。
『テンテレテッテ テンテンッテンテンッ』なんか聞こえない。
一振りする毎に地面が深く削れていく。
ここまで扱えるようになってもまだ移動はできないらしい。
さて、そろそろ次の段階かな。
「院長さん、次に進めましょうか」
「えぇええ、まだぁこれの練習をぉしたいわぁ」
余裕が戻ったのか緩い口調が戻っている。
うん、もう良いだろう。
「まぁまぁ、今の身体強化魔法で癖を付けて欲しくないので進めますよ」
「はぁあい」
すとん、バグォオオ。
地面で寸止めされた事から身体強化が制御できている事が判る。
さすが10tハンマー、わずか1cmの落下で凄い音しよる。
そもそも、この技術って無経験からこんな早く修得できたっけな……。
…………細かい事は考えないようにしよう。
「次も身体強化魔法ではありますが、理屈が異なりますので感覚も全然変わると思います、でも力の調整の感覚は同じなので先ほどのよりも早く身に付くはずです」
今度は倍率方式の身体強化魔法を施す。
院長さんが好き勝手、奔放無尽に動こうがクロック下では対応可能だ。
「そろそろ強化切りますよ」
「はぁい」
槌を地面に置いたのを確認してから強化を解除する。
「なんかすごいわねぇ、軽いとか通り越して気持ち良いわぁ」
随分気に入っていただけたようである。
30分後。
「あーーーはっはははは」
この人は誰??
奇声を上げて10tハンマーを木の枝でも振るように右手左手と持ち替えながら縦横無尽に駆け回っているのは院長さんだ。
本当に院長さんだよね?
MP消費も監視しているけども30分間で1割の消耗も見られない。
素のステータスが高い分、目標のステータス相当に至るまでの倍率が低いのもある。
ドラムコングとの戦闘ではわずか5分で息が上がっていたけども、その面影はない。
何時間でも最高パフォーマンスで暴れ回りそうだ。
実践して体験させたのはSTR強化のみであるが、どうもARG強化やDEX強化辺りも勝手に修得してそうだ。
さて、10tの戦槌なんてものどうやって用意させよう。
今、渡している瓦礫素材の戦槌は本気で叩きつけたらその破壊力を発揮する事無く自壊するだろう。
とりあえず院長さんはもう大丈夫だろう。放っておいても勝手に強くなって行きそうだ。
とかく、武器の製造は急務だろう。
ゴロロ。
あっ……。
遂に振り回す時の空気抵抗で自壊してしまった。
「ねぇぇえ、壊れたわよぉおお」
壊れたのは4代目だ。
練習のために何本も作るのはめんどい。
「あの……何故でアルマディアさんが暴れ回ってるんですか?」
おや、お客人みたいだ。
昨日、孤児院までの道案内をしてくれた衛兵さんである。
「昨日のドラムコングとの戦闘での鈍りを気にしていたようで、訓練するわよぉお、ってテンションであぁいう感じです」
「アルマディアさんってあんなに動けたっけなぁ……」
「はははっ……」
おっと、うっかりしてた。あのパフォーマンスで憧れたって設定で誤魔化してたんだ。
「き、昨日もあんな感じでしたよ」
「そ、そうだったか」
うん、、ちょっと苦しいけど誤魔化せたかな?
「そういえば、昨日のドラムコングみたいなのって頻繁に侵入してくるんですか?」
「いや、そもそもA級の魔物はスタンピードの群れにいないものなんだ」
そうだったんだ。
「数が多かったのもそうだけど、どうも東の方で流星が落ちたとかの影響があるんじゃないかって噂されているけどね、そこは調査中さ」
「なるほど」
そういう事か、流星に刺激された魔物が群れに参加して規模が大きくなっていた訳か。
次のスタンピードでは規模が小さくなっているだろうと仮定しておこうか。
「ところで、アルマディアさんが振り回してるアレって何ですかね?」
「瓦礫から作った10tの槌ですね」
「そうか、10tの槌か…………10tっ!!」
衛兵さんは信じられないと数度見た。
「いやいや、さすがに10tな訳……あんなに振り回せないって」
うんうん解るよ、ボクもあんな風になると思って無かったし。
「そういえば作ったって言ったかい?」
「はい、あの槌はボクが作ったものです」
「じゃぁ10tっていうのは?」
「そうです、10t相当の瓦礫で作りましたので」
「本当なのか……」
「ところであれと同じくらいの重さの戦槌を作れる職人を知りませんか?」
ダメもとで衛兵さんに聞いてみる。
「無理だと思うなぁ……」
「うーん、やっぱり無理ですかぁ」
「いや、そもそもですね、元々アルマディアさんが使っていた戦槌は地竜の角を素材にしたものでユニークだったものなんです」
ドラゴン素材……そんなものを使った武器でさえあんなに脆いのか……。
職人以前に素材の問題も解決しなければならなそうだ。
「というよりアルマディアさんの武器が無いって事かな、同じものは用意できそうにないが腕の良い鍛冶師の紹介くらいはできそうかな」
「そうそう院長さんの戦槌が砕けてしまいましたので、新しい武器が必要なんです」
とはいえ、暫定の武器を用意しても今の院長さんの攻撃力を受け止められるとは思えない。
でも、無手のままには出来な――無手のままでも良くないかな?
否、ダメだろう。武器は必要だ。
昼休憩を挟んで――。
衛兵さんが紹介してくれた鍛冶屋を尋ねて院長さんと共に冒険者区に来ていた。
ちなみに院長さんにも鍛冶屋に心当たり無いかと伺ったものの、引退した後にグランマルクに来る以前から武器のメンテすらしていないとの事だった。
「大通りの黄色看板の宿を曲がって、3本目の十字路を右、魔道具屋を右の突き当り」
まぁ衛兵さんから頂いたメモをそのまま読むとこんな感じだったが、実際は道順通りに進んでも目印が見つからなかったので、何度か道に迷った。
「鍛冶屋にはぁ行っていた時がぁあったけどぉ……」
「まぁ……うん、気持ちは解りますよ、気持ちは」
鍛冶場というものは元来から煤臭いイメージがあるので、ある程度は予想していた。
しかし、しかしだよ、あまりにも、あんまりにも――。
「「汚い」わぁ」
形容しがたいが、一つずつ描写すると――。
屋外に積みあがったジャンクの山、8幅員程の通路を完全に塞いで溢れかえっており、周囲の建物の壁を歪ませている。
さらに血液の匂いというか鉄臭いというか異臭が鼻を突く。
建物は漁師町のような奥長の2階建てで、何故で形を保っているのかと不思議なくらい壁や柱が割れている。
床には謎の液体が漏れ流れており、発酵しているのだろうか粘性の高い液体の中から大き目の泡が吹き続けている。
謎の液体が金属や魔物素材、特に毛皮、と絡んで掃除するのを諦めたいくらいに汚れ散らかしている。
外がこんな様子だと中は――と思ったが案の定だった。
ジャンクの他にも生活用品どころか調理器具らしきものに至るまで謎の液体に侵されていた。
さすがにここまでになると自身の顔が引き攣っているのが自覚できる。
「よし、帰りましょ――」
「CHHOOOAAAAHHHH」
「魔物!?」
突然、当の鍛冶屋?から獣の叫びが響いてきた。
どたどたと慌ただしい音が屋内から聞こえてくる。
音の主が入口から這い出て来た…………這い出て?
どうも人が通れる場所は立って通れる空間が無いらしい。
「ちょぉおっっっとおお、待っておくれ」
地の奥から響くようなハスキーボイスの叫びが呼び止めてくる。
外の様子など判りようもない屋内の状況からどうやってボクたちの気配を知りようものか。
とかく、ゴミ屋……じゃなかった、鍛冶屋(?)から出てきたのは小柄……というには横に広い四角いシルエットのヒゲ爺だ。
おそらく……というか鑑定によるとドワーフみたいだ。
ドワーフというだけあって腕は確かに期待できるだろう、腕はな。
身の回りの状況からとてもすぐに仕事に取り掛かれるようには見えないが……。
「わざわざ此処まで来たという事は儂に用であろう」
「いやぁあのぉお……」
「ん?どうした?歯切れわるいのぅ」
「…………」
「HAHAHAHAHHHH、悪かったのぅ、お子様が武器を求めてる訳ではないか」
「あらぁ、バルク爺じゃないぃ?」
「おぅアディアか息災か」
「そうねぇ、昨日のスタンピードで武器が壊れちゃってねぇ、そんな事よりバルク爺が何故で此処に?」
「5年前には此処に移っておったぞ、てかよぉ武器壊れたってメンテはしてなかったんかよ」
「戦うつもりなんてなかったしメンテはしてなかったわぁ」
「はぁあ」
「そもそも、貴方には――」
ジャンクの山を一瞥。
「――言われたくないわぁ」
「けっ、まぁ仕方ねぇ」
ヒゲをいじりジャンクの山の一瞥。
「で、どんな武器を望んでんだ?」
「10t相当の重さがある戦槌ねぇ」
「10tだと!?アディア、おめぇそんなもん扱えんのか?」
「当然よぉ」
「まぁいいや、それじゃぁそれを作るとして――」
再びジャンクの山を一瞥。
「――どの素材をベースにするか、現役じゃないなら素材持ってないだろ、あそこから選んでくれるか?」
ジャンクの山を一瞥。
「あれゴミじゃないの?」
「あぁそうねぇ、バルク爺の場合は使える物でも使えない物でも積み上げちゃうのよねぇ」
「マジ?」
「マジよぉ」
あの山、漁るの?嫌だなぁ触りたくないなぁ……。
「それよりも、どうやって鍛造るんです?」
「ん?あぁ地下に工房があるでなぁ、さすがに工房までこんな風にしてねぇよ」
「さいですかぁ……」
こんなでも仕事場は綺麗と……。
オフィスの机は整理整頓されてるのに家を尋ねるとゴミ屋敷になってる同僚の事を思い出した。
探索中…………。
ズーーーーーン と聞こえてきそうな重い雰囲気になって来た。
「目星い物がないのですが……」
「ないわねぇ」
まぁ何も無いって訳ではない。
暫定の、それも1日2日で壊れるくらいの物で良ければ、くらいの素材ならばいくらでも見つかった。
しかし必要な物は10tの自重に耐えかつ院長さんのフルパワーを受けて壊れない素材だ。
別に攻撃力や特殊効果を期待している訳ではない、ただ純粋に耐久力だけを欲している。
魔猪の威牙:特殊効果なし、900kg
野火竜の頭蓋:火噴付与、770kg
下翼象の戦角:特殊効果なし、200kg
地王猿の毛皮:耐久強化、100kg
あぁそうか、耐久の補強は他の素材で補っても良いのか。
地王牛の頭蓋:硬化付与、2200kg
これが一番惜しいか、2tと軽めだし槌にするには構造的に行けるのか不安だ。
このドラムブル、全身で合わせて20tあってその全体重を頭部で受け止める。
つまり衝撃に対しての耐久性では条件を満たしている。
ただ目標に対して軽すぎるのだ。
っていうか、これゴミみたいに積まれてるけど良いのか?
そういえば、鍛造の過程で質量を上げられるかを聞いてみるか。
「バルクさん、武器の最終的な重さって増やせたりしますか?」
「んん?あぁそういうのはこっちに任せておけ、言ってもさすがに3倍以上に増やすのは無理だぞ」
「3倍以上にならないか……ちなみにコレって10tに出来ます?」
「それだったら、骨の中に金属詰めたら10tにまで行けるんだが今は詰める金属が無いんだよなぁ」
ダメ元で聞いてみたけどどうも3倍という部分は素材の形状によっては例外があったらしい。
というか、こちらでアレコレ考えるよりもこの人に任せても良いのでは……否、ゴミ屋敷の主だ、信用して良いものか。
うーん………………。
ぬーーーんーー…………………。
うん、考えるの止めた、ボクの武器じゃないし。
「その金属がアレば出来るんですね?」
「出来はするがの……いや、アディアがおれば大丈夫か、ちょっと待っとれ」
その後、屋内に這い戻っていき――。
『DON-GARRRA-GACHAAANN』
――ボク、アホ面になってないだろうか、なってないよね?
バルクさんが何かを持って戻って来た。
鶴嘴と戦槌を持ってきた。
「採掘の道具と暫定でも武器が必要だろう?持っていけ」
「あ、ありがとうございます」
「あ、すまん……?」
あ、そうか戦槌は院長さんのか。受け取ってしまった。
「嬢ちゃん、もしかしてドワーフかノームだったりするかの?」
「いえいえ、そんな訳ないじゃないですか」
「だってそれ、600kgあるんじゃぞ?」
「まぁまぁ、ミーティアちゃんは特別よぉ、力持ちなのよねぇ」
「そうか……?まぁええわい、でなぁ必要な金属素材はそこらの店じゃ取り扱って無いからのぉ、取りに行ってもらわないかん」
―――――という訳で。
冒険者ギルドへやってきた。
「依頼を出しても良いんだけど手持ちが無いからねぇ、まずはミーティアちゃんを登録しちゃいましょう」
何故かボクも同伴して取りに行くことに――――いつの間にかされていた。
元々、孤児院での経済活動の一つに野外採取があって昨日の時点で冒険者登録自体はするつもりがあったらしい。
「そもそもボクみたいな子供でも登録って出来るのでしょうか?」
「登録自体は出来るのよぉ、でもぉ実力は示さないといけないけどねぇ」
「実力?」
「そうよぉ、じ・つ・りょ・く――」
すでに窓口前、なんなら登録書類を書き終えている。
「――頑張っておいでぇ」
――いきなり闘技場……じゃなかった訓練場かな、直径40mほどの円形の壁に囲われた平坦な空間にいる。
そこにはボクと大柄な……鬼?たぶん試験を評価する人だ、あとは試験官の……身形はスカウトか軽戦士だろうか、刃渡り40cmほどのショートソードを模した木刀を持っている人の3人が向かい合っていた。
「おいおい嬢ちゃん、悪い事言わないから止めときな」
「お姫様かなぁ、戦えっこないだろう」
「カマセイ!お嬢ちゃんを怪我させんじゃないぞお!」
「子供!?いやいや、武器すら……おいおい無手とか素人かよ!」
「素人も何も子供だろ?何も知らなくても仕方ないさ」
野次馬が喧しい。
「ミーティアちゃぁああん、殺しちゃダメよぉおお」
こらそこ、余計な事言わない。
嘲笑、戸惑い、侮り、野次馬の喧騒は止まない。
「本当にこんなガキが戦れるってのかい?」
「アルマディアさんの紹介じゃ仕方ないでしょ」
「適当に無力化して終わらせてやる」
ゴゴゴゴゴ。
また院長さんが謎の圧力を発していらっしゃる。
「はぁ、まぁ嬢ちゃん悪く思わないでくれ」
「それではっ、始めぃ!」
大柄な鬼の人が大声で合図した。
とりあえず、受け身での対応をしてみようと動くのを待ってみた。
…………。
………………………。
「嬢ちゃん、来ないならこっちから行くぜぃ」
「良いから来なよ」
軽戦士の男、カマセイとか言ったか、が姿勢を低くし水平に跳躍し接近してくる。
腰の高さも角度も変えずに上半身の構えを固定して忙しなく脚を前後している。
武器を構えてはいるけど、おそらく使う事はないだろう、武器の方の構えは前のめりで攻撃にはワンテンポ遅くなるだろう。狙いは無手を使っての捕縛辺りだろう。舐めてかかられているか?
ナイフほどの間合いに入ると剣の構えを引く、え?その構えで剣を使うの?まぁ良いや、右足を前へ剣筋を背中側に通して躱す。そのまま身体がすれ違う際に左手で重心を加圧する。
「のわぁっ」
走る勢いそのままにすっ転んだ。
ちなみにボクは元の位置に戻り姿勢も戻している。周りからは一歩も動いていないように見えたはずだ。
「はははは、間抜けな奴め」
「カマセイっ、遊んでんじゃねぇぞぉ」
「あの嬢ちゃん、何かしたか?」
「見間違いだろ」
お、やっと起きたか。
「今のは油断しただけだ、次はっ」
今度は姿勢を低くせずに下段に剣を構えて突っ込んできた。勢いを殺し中段を横に薙いで来そうだ。僕は下方向に加速して剣筋の下に潜り込み踏み込みの足を手前に引くように払った。
「ふべらぁ」
短剣を振る勢いと慣性を受ける脚を失ったカマセイは引っくり返って背中から地面に落ちた。
「「「「………………………」」」」
今度は野次馬が静かだ。
まぁ確かに今度のは明らかに転がしにかかったしな。目が良い奴には見えていただろう。
さすがにもう良いだろうか。
「くそがぁあ」
この人、口が悪い。
三度突っ込んできた。もはや形振り構っていないといった具合だ。
上段に片手で持つ剣を両手で構えている。剣先が完全に真上を向いてしまっている、これでは本来の上段の構えと異なり威力も早さも無いだろうに、相手を舐めてかかったり腹を立てて取り乱したり、ここまで来ると技術以前の問題だ。
相手の間合いになるより前に潜り込み両手を揃えて突き出し停止する、後ろ足から両手までを一直線で繋いだだけだが、こいつならこれで充分だろう。質量魔法すら必要ない。
「う………くっ……」
カマセイは自身の慣性のすべてを腹で受け停止、そのまま崩れ落ちた。
弱い、あまりにも弱すぎる。
まぁこのカマセイという人物がどのランクなのかは知らないが入会試験としてのレベルはこれで大丈夫なのだろうか、人柄や立ち回りを見るに手加減した結果と言う訳ではなさそうだ。
静かだった場に喧騒が戻る。
「実力は示しましたよ」
「あ、あぁ戦闘技能はもう十分だ」
よし、これで冒険者になれる、元々予定していた経路とは異なるが目標としていた冒険者の身分が――。
「次は火力評価だ、こっちにおいで」
「っ……はい」
しまった、火力か……少し困った。
まぁここの冒険者が戦う相手は人間だけではないのだ。
「待てやごらぁあ」
あぁ口が悪い人は試験官だった人だ。というかこの人間性で試験官なんてさせるんじゃない。
「てめぇ――おぐばぁあ」
煩いので黙らせた。喉仏を薬指で潰すように、いわゆる地獄突きというものだ。
そのまま裏拳で顎を揺らしてノックアウトした。
「あらあらぁ、殺すなって言ったのにぃ」
「殺してませんよ、静かになっていただいただけです」
ニマァと笑っておく、別に目に影を落としてなんか無いよ。
「すまんな、実力は丁度良かったんだがさすがに素行が悪すぎたな、次からは別の人を試験官に当てるとしよう」
うーん、どうも試験官を選ぶにあたり経験の蓄積が少なそうな気配がある。改善しようという心意気がある分まだマシか。
先ほどの訓練場から歩いて7分、金属の杭に魔物素材で作った鎧らしきものを被った的が並ぶ場所に来た。
「好きな的を選んで攻撃しなさい、的に傷を付けられたら合格とします。左が最も脆く右に行くほど強力な素材になります。まぁ余程の事情が無い限りは一番左の的にしておきなさい」
素材を鑑定すると左から下長蛇の鱗皮、野猪の毛皮、野蜥蜴の鱗、魔長蛇の鎧鱗、風王飛竜の鎧皮となっていた。
もちろん一番右の的に立った。
ドラムコングと同程度のランクならばと少し気になったのもある。
「いやいや、子供がわざわざそんな高ランクなの選ばなくても良いんだぞ?」
「少しだけ試させてください、ダメだったら低いランクので我慢しますので」
「我慢って……うーん、一回だけだぞ」
「ありがとうございます」
あぁたぶんこれあれだな、子供だから全く通用しないって考えと先ほどの戦闘技術があればもしかしてという期待で天秤してたな。
試すのはアレだ、シンプルに一足で踏み込んで加速した分だけの慣性で殴るだけである。
「すぅーーーふっ」
一息で集中力を高め、そのまま踏み込み重心を落とす、全身に対して下向きの加速をかけて地面への抵抗を高める、そして重心を前に流しながら両足が離れる時に一気に加速を横向きにする。速度が乗ったところで質量魔法で体重を100倍にして真横に跳躍した。あえて的の直前で着地するように下に加速し軸足から前足の順で踏み込む。流れるように軸足からのエネルギーを慣性に加えて中段に引いた右腕を上段に向けて突き出す。
『PPPDDDAAAMMMBBBBB』
20mほどの距離を0.3秒ほどで詰め正拳突きを撃った姿勢で残心する。
腕の先には無傷の鎧が遥か先に転がっていた。
どうも慣性力を受けた軸の方が壊れてしまい鎧の方にはダメージが通らなかったらしい。
「あちゃぁダメでしたか、では左の的でもう一度……」
「合格だよ」
「?」
「軸もタングステン性でそう簡単に折れないはずなんだがね、それが折れるだけの威力があるなら十分さ」
なるほどね、ていうかタングステンってそこまで硬度高かったかな?熱に強く柔らかいってイメージなんだが……用途もフィラメントとかだし……あぁ違うな、たぶん力を受けても曲なるくらいで折れるようなことが無いって意味だろうな。
「え?あ、承知しました」
とりあえず冒険者に成る事はできそうなので良しとしよう。
………………。
……あ、良くない。
興味本位とはいえ一番強固な的を選んでしまったのは悪目立ちしてしまったかもしれない。
―――――
私は冒険者ギルド・グランマルク支部のギルドマスターだ。
アルマディアさんがとんでもない娘を連れて来た。
4歳くらいだろうか、それくらいの子供を冒険者にすると言い出した。
まぁ別に年齢を問わないから別に良いんだがな、獣人の子供なら3歳で登録した前例がある。
とはいえ、さすがに幼すぎるので登録試験を課した。
思い上がった子供に現実を突き付ける通過儀礼だ。
そもそもアルマディアさんは解っていたようである。
この娘の戦闘技術がヤバイ、噛ませ犬……ではないな、カマセイが手も足も出ない。
初めはカマセイがドジをしたかと思っていたが、明らかに攻撃を見切った上で相手を的確に転がすのだ。
最後はカマセイの勢いだけを利用して悶絶させていた。
いや、本当の最後には喉を潰した上で顎を抜いて昏倒させていた、これ暗殺者の技術なのでは?
試験官をスカウトではなく重戦士や騎士にしていたら結果は変わっただろうか?
前言撤回、もし重戦士や騎士みたいに鎧で固めた奴を試験官にしていたら死人が出ていただろう。
素手で恐ろしい威力の突きを繰り出しよる。
わざわざ、一番堅牢な的を選んだ時は無謀な少女と疑ったものだが、その的を見事破壊してみせた。
その一撃は間違いなくストームワイバーンを屠るだけの威力を秘めているだろう。
鎧皮で作った鎧そのものに傷は無かったが、鎧の内側にあった部分は砂のように粉々になっていた。
ストームワイバーンは鎧のような皮があらゆる物理攻撃を無力化し魔法に対して高い耐性を持つ、さらに上空から暴風のような嵐で阻んでくるS級に相当する魔物だ。
普通の攻略では皮の無い弱点の露出箇所を攻撃して長い時間をかけて消耗させるものだが、そのような相手に対して正攻法で倒しうる攻撃力を持っている。
一体どのような人生を送れば幼い身でこれほどの破壊力の拳を繰り出せようものか。
もしかしたら、この娘は勇者なのかもしれない。
近頃、近隣の国ではありえない強さの子供が産まれたという報告があった。
この娘について今後は監視をしつつ、背景を探らせるとしよう。
誤字報告恐れ入ります、ありがとうございます。
今話の実績
・アルマディアさん(院長さん)に認められる
・アルマディアさん強化計画(済)
・アルマディアさんの武器作成(未)
・素材収集依頼受注(口伝)
・冒険者登録(済)
登場人物覚書き
・ディオネ
孤児院の世話役、事務の一部と家事を請け負う
エプロンスーツ、栗毛ストレート(勤務中はゴムでまとめる)
・バルク
ゴミ屋敷……ではなくて鍛冶屋のドワーフ爺さん
オーバーオールにシャツ、白の野菜人ヘア
・ギルマス(名前未定)
冒険者ギルド・グランマルク支部のギルドマスター
大柄スキンヘッド、黒肌(色イメージは炭)、鬼人
・カマセイ
噛ませ犬、軽戦士
今後二度と出ない、たぶん
Tips:素材の名前
モンスター名がカナで表記されるのに素材の方は漢字で表記されるのは何故かって思う方がいるかもしれませんので……
命名規則はカフ〇コンのモ〇ハンと同じです。ディ〇ブ〇スの素材名が角竜のナントカみたいになってるのとルールは同じです。
ちなみに王種だけは少し命名の規則が別にあって下記のようになっています。
・地王:ドラム
・風王:ストーム
・水王:アトラ
・火王:ラヴァル
・大王:ジャイアント
・雷王:ボルテクス
・星王:ステラ
・王*:例外としてフェンリルなど上記のルールで命名されない個体もいます
Tips:孤児院の立ち位置
孤児院は住居であり戸籍、身分証明の際の信用です。
身分が無い場合は街の出入りに制限がかかります。
・身分が無い者が出入りする際は通行税を徴収する事
・身分が無い者が街内を行動する際は衛兵を同伴する事
それに加えて子供の場合は別の条件で出入りに制限がかかります。
・子供が街外に出る時は保護者同伴とする事
・孤児院籍の場合は孤児院の責任者が同伴する事
・冒険者登録がある場合は例外として子供単独での街外行動を許可する
孤児院は成人するまでの期間における教育機関かつ養成機関です。
子供の希望あるいは世間のニーズにより必要な職業の教育および訓練を行います。
衛兵・冒険者、宿屋・侍従、鍛冶師・土方・大工、役員・ギルド受付・経理、農業、商業など多岐に渡ります。
訓練期間中は下記を免除します
・食費、光熱費含む生活経費負担
・住民税負担
・通行税滞在税負担
身分も保証するしお金がかかる部分は自治体がなんとかするしなんなら職業訓練もするよ、って感じの子供向けハ口ワみたいなものです。
ちなみにスラムみたいな無法地帯はグランマルク内にはありません。
身寄りの無い子供は大体孤児院で回収して街の労働力として運用しています。
なお、大人でお金無い人向けには別のシステムがあるけど……まぁそこら辺は無法者絶対許さないって思想なので割と簡単に見捨てられてるって思っていただきたいです。