転生前の俺は天使推し
プロローグ(その1)
「ふぉおお、キターーーーっ、リリーちゃんルート確定ッ!!」
この雄叫びを上げて縦置きのタブレットと向き合っている男が私である。
リリーこと叢リリーはポン酢そふとの販売する『Angels☆Bell』というエロゲの攻略対象の天使娘である。
つまり、推しの天使っ娘の攻略が確定ルートに入った事で気持ちが昂っている。
「隠しフラグをすべて処理した状態ですべての攻略対象の好感度を最高値にした上でおさわりを我慢しなければならないという高難度なルートにようやく到達できたぞッ!」
このゲームには攻略対象の娘が5人(天使娘含む)、男友達が2人いる。
これらすべての好感度をすべてを最高値にするためには選択肢のミスはもちろんフラグをすべて踏んだ上でおさわりの誘惑に打ち勝つ必要がある。
おさわりシステムについて触れておこう。
おさわりシステムとは画面上のキャラクターにタッチするとタッチした箇所や触り方によってリアルタイムにリアクションをしてくれるというものである。
さらにLive2Dを用いたアニメーションによってリアルと見紛うほどのリアクションを取ってくれる。
作品のプロモーションでも大々的に宣伝されていたことから、おわさりシステム目当てで買った人も多い事だろう。
しかし、おさわりをするとフラグ進行が変わったり好感度にも変化が起こってしまう。
このおさわりを我慢することがリリールートへ入るための最も難儀な関門である。
それ故に発売から3日経つ現在、リリールートに入った者は未だいなかった。
すなわち。
「前人未到のリリーちゃんルートぉおおお」
これが昂らずにいられるだろうか、否。
「ここから先は未知の領域、おさわり解禁?否、まだ我慢の段階かもしれん」
そう言いつつ会話を進める部分をタッチする、そして。
「天推君なら……手を繋ぐくらいなら……良いよ」
修行のような苦難を乗り越えた瞬間であった。
しばらくの嗚咽の後に小声で呟く。
「ついに、ついにリリーちゃんとのおさわりが……」
画面には胸の前に左手を差し出すリリーちゃんがいた。
手をタッチしようと指を伸ばす。
しかし、ふと冷静になってしまった。
そう、手のすぐ隣に胸があるのである。
このゲームはオートセーブであり、すべての行動に対してやり直しが利かない。
「これはなんと巧妙な罠、手を触るようにタッチするとうっかり胸に手が触れてしまうように作られている」
右手首を捕まえて抑え込むように震えて悶える。
「覚悟を決めろ、選択肢も無く画面に触れる場所は手以外にありえない」
それでも安全を取って掌の中心へ指で触れる。
「ふふふ、天推君って意外に初心なんだね」
心臓を貫かれたような気がした。
呆気に取られていると急に距離が近付く。
「じゃ、行こっか」
どこに!?と確定ルートに入った嬉しさで今までの話の流れを忘れてしまっていた。
そういえばと思い返してみれば、これから攻略メンバー全員と待ち合わせするイベントの前にこのルートに入るイベントが挿し込まれていることを思い出す。
「これは……まだ試練は終わっていないということか」
ルート確定といっても他の攻略対象との絡みがあるとなればフラグが上書きされてしまうリスクがある。
おのれ、すべての罠を乗り越えてリリーちゃんと結ばれるんだっ!
そう覚悟を決めるとシーンを切り替える部分をタッチする。
結論から言えばリリールートの攻略には成功していた。
つまり、リリールートの最初の攻略者となった。
本番シーンまで完遂し、すっかり賢者モードになっていた。
ふぅと息を吐くと椅子に深くもたれた。
「リリーちゃん尊い、もはや悔いはない」
そう呟くとそのまま深い眠りに誘われた。
更新:天推にルビを追加しました。
ちなみに彼の本名は高原竜成です。
高天原ではなく高原です。