二葉の本心
「二葉ぁ〜聴いてる〜?」
「わ、私が見てたのいつから気づいて……!?」
吾妻さんが後ろに振り返り声を出すと、扉の向こうから一葉か二葉の声が聞こえる。吾妻さん的には二葉みたいだし、反応からしてきっと二葉だ。ちゃんと見ないでもどっちかわかってるの凄いなぁ。
「隠れてないで出てきなって。優ちゃんは二葉と話したくて来てるんだよ?」
「うう……」
やがてゆっくりと扉が開いて二葉がリビングに入ってくる。彼女の顔は今にも消えてしまいそうなほど困惑している様子で、いつもの元気な二葉のギャップが凄い。
「よし、主役の二人が揃ったし私は席を外すとしますかね」
そんな二葉を他所に吾妻さんは席を立つと、手をひらひらと振って部屋から出ていった。大人の余裕すら感じられる背中にかっこよさも感じるけど、今はそれどころじゃない。
……なんだけど、急に二人になったからすっごく気まずい! まさかこの私が話す言葉を失うなんて!
とはいえいつまでも沈黙してたら話は進まない。吾妻さんが座ってた場所に二葉が座るのを見て意を決し、頭の中で話す言葉をまとめてから私は口を開く。
「「あの」」
くそう! せっかく覚悟を決めて話題を切り出そうとしたら被ったよ! 何を話そうとしたか忘れたじゃんよ!!
「あ、二葉からいいよ」
「ありがとう……えっとその、今まで距離取ってごめん。気持ちを整理してて……この間までは本当は一葉の為にって。私は一葉が作ったまがい物で、本当の人格者である一葉に残って欲しいって思ってたんだけど……最近楽しそうな一葉を見てると羨ましくて……いいな、羨ましいなって思うほど一葉との壁が強くなって今に至るの。でも、さ。私は一葉が逃げるために作った人格で、将来的には消えなきゃならない。なら時間交代制になったのを機会に優ちゃんと距離を置いた方がいいかなって、それで……」
俯いてもじもじとしながら最近の様子のおかしさの原因を教えてくれた。前は誤魔化されたけど、本当は時間制になった原因を理解しているみたいで、私が予想していた原因とは違っていたみたいだけど、結局は私が原因なのは変わらないみたい。
確かに善は誰かを傷つけることもあるけど、まさかこんな形で、それも友達を追い詰めて苦労させてしまうなんて。
でも二葉の言葉を聞いても私の想いは変わらない。これで想いが変わるのなら吾妻さんの試験には合格してないだろう。
私は二葉の横に座って落ち着きのない手を優しく握って、悲しそうな目を見つめる。
目に見えて悲しそうな顔をしてるんだし、消えなきゃならないって言っていても本当は消えたくないのが駄々漏れだ。
「そんなに悲しい顔しないで。消えなきゃなんて簡単に言わないで。って真っ先にバカげた言葉を言っても、二葉の気持ちは変わらないと思う。だってその辛さは本人しかわからないし同情したところで少し気が軽くなるだけで根本的な解決にはならないんだから。でもそういう辛い時こそ私を頼ってほしい。約束したでしょ? いい思い出をつくるって。その思い出作りは一葉だけのものじゃない。二葉にも楽しい思い出を作ってほしいし、その思い出には誰も欠けちゃだめなんだ。だからさいつも通りに接してよ。一葉もきっとわかってくれるからさ」
そう、私が二葉と約束した現実逃避の一葉へと向けた思い出作りは一葉だけじゃない。二葉も含まれている。だって一葉が現実逃避で消えてしまわないように楽しませたい、いい思い出を作ってあげたいとか、そんなの一葉に生きる意味を見出させて自分はさっさと消えてしまおうって言っているようなものだもん。それに同じ体をしていても意思があるうちは命を持っているようなもの。別人格の二葉が生まれてからずっと支えあってきたのにそんな簡単に消えてしまうなんて悲しすぎる。
「……本当にずるいと思うよ優ちゃんは。馬鹿みたいに優しくて、私たちのことを知っても普通に接してくれて支えてくれて……あーあ、一葉に恋をさせるって言った張本人なのに、まさか私が先に恋をするなんて……」
ん? 待って話が見えないんだけど? あれ、私今二葉を説得してたんだよね? 消える事実はわかってるけど消えてほしくないからって。思い出作りはまだ始まったばかりだし二葉も楽しまないとって。
それが何で急に恋の話に……それに、先に恋をするって。もしやのもしや、二葉って私のこと……いやいやいや、同性相手だよ? ないないない。いくら多様性社会とはいえ……。
なんて思ってると急に立ち上がった二葉が、さっきまでの悲しみの顔から一変して眩しいくらいの笑顔を向けてきた。
情緒不安定とまではいかないけどころっと変わる表情にびっくりしたよ! さすが演劇が好きなだけある……。
「優ちゃん。私もう諦めるのやめたから。全部優ちゃんが悪いんだからね!」
「お、おう……こっちは全く理解できてないけど……」
「え、今ので伝わらないって……実は優ちゃん鈍感? まぁいいや、こうなった以上一葉には申し訳ないけど優ちゃんを振り向かせてみるから」
まさか本当に私のことが好きってコトォ!? 気持ちは嬉しいし、ぶっちゃけ可愛くてかっこいい二人の一之瀬を堪能できるなら良いんだけど、でもやっぱり恋というか私は見ていたい派で、友達のままいたいと思うんだよなぁ。
でもこうやって本心を洗いざらい話してくれたのは凄く嬉しい。
「いや、普通に気づいたけどさ……ありがとう二葉……でも私はやっぱり友達でいたいかな。とはいえ辛い思いも、心からの本心もちゃんと言ってくれてありがとう」
付き合うとかは無理だけど、二葉の想いはちゃんと受け止める。それが今の私にできる彼女を幸せにする方法なのだから。
お読みいただきありがとうございました。
今回は二葉が優を避けていた理由を、二葉の本心をさらけ出す話でした。
百合作品なのに今まで百合っぽくなかったんですけど、漸く百合が咲きそうな雰囲気に。でもまさか優が振るなんて……咲かせろよ百合をぉぉ!
さて次回は今回の話から1ヶ月の時を経た後の話。コメディ強めになってるかと思います。
それにしてもあの一葉がヤキモチを……?
次回をお楽しみに!