1-2.変わるものと変わらないもの
――今、あんなふうになってるんだね。
通り過ぎていった校舎を見送りながら、彼女がつぶやいた。閉じられた校門には太い字で「立入禁止」と書かれた無機質な看板が掛けられ、錆が目立つ。花壇だった場所には、無遠慮に草が生い茂っていた。
――ほったらかしだからね。何かに使おうって話もあるみたいだけど。
――へえ……通ってた頃は、いつかなくなるとか別物になるとか、考えもしなかったなあ。
――美由紀が、お腹を大きくして帰ってくるくらいだもん。いろいろ変わるところもあるよ。
――あはは、そっか。恭子はいつ会っても全然変わらないから、安心しちゃってた。
――お褒めにあずかり光栄でーす!
冗談めかした運転席からの言葉と、手元の携帯電話の画面に映る、迅速すぎる返信の神妙な文面に苦笑しながら、見慣れたはずの景色の中に、いくつも違っているところがあるのを、美由紀は感心しながら眺めた。見覚えのない政治家の顔の看板、店があったはずのところにぽっかりと開いた空き地、新しすぎて周囲から浮いている大きな店、海岸を表す波などの図像付きの道路の案内といったものが、ひどく印象に残る。
――昔の感じしか見たことないってわけじゃないのにさあ、なんか、変わっちゃったなって思うなあ。
――たまに戻るだけなんだし、そういうものじゃない? 私も、もう見慣れてるけど、昔のことはちゃんと覚えてるから、変わったっていうのは感じるよ。いろんなところに、思い出もたくさんあったし。
――私が出たのも、もうかなり前なんだよね。何年経ったとか考えると、怖くなっちゃうよ。
――みんな仲良かったよねえ。美由紀は特に、美佳とさ。
信号待ちで止まったところで、運転席から恭子が振り向いた。目を細めて、曖昧に笑みを浮かべながら。どきりとした美由紀が言葉を失っていると、やがてまた車は走り出した。
――そうそう、あそこ寄ってみる? 昔使ってた練習場所。懐かしいでしょ。
――あー……いいね。ちょっとだけ、お願いしていい?
――はーい、了解!
元気よく答えた恭子がハンドルを切り、車は海岸の方面へと向かった。高校の前を通る道路からわずかな住宅街の合間を抜け、延々と広がる農地の脇の道をいくらか下り、しばらく登って、眼下に田畑やその向こうのささやかな市街地の広がる中を横切っていく。やがて人の手が加えられたのはずっと昔でしかない場所に至り、到着した。
駐車場として作られていたらしいスペースにも、今ではそれを示す記号も表示も線も見えなくなっている。そこから降りていった先には、運動場が広がっていた。美由紀は所々に草が生えている中を横切るように歩いていき、端に置かれたベンチの向こう側を見下ろした。
海があった。足下には茅に覆われた斜面が延々と続き、遠くで途切れて海岸につながっている。左右にはいくらか離れたところで山陰や茂みが迫って、その光景を切り取っていた。波の音は届かず、風に揺らされた草の囁きだけが聞こえる。
追いついてきた恭子の方に振り向き、微笑みながら、美由紀は言った。
――ここは変わらないね、全然……本当に。
――私たちしか知らないところだからじゃない?
そう答えた恭子の笑顔は、美由紀にとって、確かにそこで過ごした頃から、何も変わっていないように見えた。