1-1.出迎え
その日二便目の高速船が島に到着したのは、定刻通りの正午前だった。ゆったりしたワンピースの下に、傍目にも見て取れる膨らんだ腹を抱えた彼女は、スーツケースを引きずって、桟橋に降り立った。
海面が岸壁をなでる水音が足下から聞こえ、雲のほとんどない秋の青空が、頭上に広がっている。少しの時間を隔てるだけで、この場所のそういうものが、決まって彼女にはまるで初めて目にし耳にするように思われた。しかしそれに長々と感じ入る間もなく、彼女は出迎えを受けた。カーキ色のズボンに白のパーカー、束ねた髪という格好の見知った姿に近づいていくと、相手は満面の笑みを浮かべる。
――お迎えに上がりました。
――えーっと……ご苦労様?
――長旅のご足労のほど、お察しいたします。お車はあちらに回しております。
――いや……もういいから。
――ごめんごめん、しつこかった?
相手は笑いながら、スーツケースを自然な手つきで奪い取り、先を歩いていった。そして路肩に停めてあった軽自動車のトランクに軽々とその荷物を入れると、後部座席のドアを開け、恭しく、そしてわざとらしく手を伸ばして、彼女を中に導いた。
――純くんは?
運転席からの問いかけに、シートベルトを締めながら、彼女が答える。
――向こうの港まで送ってくれた。すっごい深刻な顔してたから、困っちゃったよ。
――しばらくお別れだもんねぇ。
――それもあるけど、彼、心配性だからさ。連絡しとく。
彼女は肩に提げていたバッグから、携帯電話を取り出した。文章を打ち込み、長すぎると思っては消して直し、と何度か繰り返してふと顔を上げると、車は埠頭から商店街と市街地を経て、海に面した道路に出るところだった。視界が開け、水色の空よりも青い海が、延々と続いている。陽光で輝く海面にはいくつもの波が浮かび、それが打ち寄せ、窓の隙間を通り、エンジンやタイヤの音をかき分けて、彼女の感覚にまで届いていた。そして、バックミラー越しの視線と言葉も。
――停める?
――うん、お願い。
ちょうどさしかかった展望のためのスペースにゆっくりと滑り込んで車が停まると、彼女は慎重に体を持ち上げて、外に出た。そして存外に暖かかった風を受け、ずっとはっきりと聞こえるようになった波の音に包まれるのを感じる。防波堤の向こう側をのぞき込むと、間近の水音とともに、波が岩場で砕かれ、飛沫になって舞い上がっていた。右手には通ってきた海岸線が伸び、視界から途切れるところで、水平線に溶け込んでいた。
――ご感想は?
背後の東屋に腰を下ろした運転手が、微笑みながら問いかける。彼女は目の前の光景から離れるのを惜しんだ末に、振り返って答えた。
――やっぱり落ち着くなぁ……帰ってきたって感じ。
――いいよ、いくらでも、存分に堪能してくれて。
――今はもうやめとく。しばらくは、見放題なんだから。
笑い合って、二人はまた車に戻った。