Episode20 異能再演地底劇場《クン=ヤン》②
「我が心の内は、『影の裏の“かなしき女王”』の名にあらず! 私の心の内は―――『降臨せし禁忌の都:異能再演地底劇場』―――! 新たなる境地―――〈フェーズ:アンコール〉を切り開いた新世界の管理者にのみ開ける、“世界”よりの特権である!」
叫ぶは、新たなる―――否、真なる私の心の内側の世界の名前。私の、視点を変えた私を見つめる私。その私が見る世界。ただ暗然とした何者か―――ツァトーグァの親族であるという邪神・フジウルクォイグムンズハーが我が物顔で佇んでいる地底ではなく、その景色は大穴。大穴を越えた先には大いなる宇宙が広がり、辺りを見渡してみると、そこにはゴツゴツとした岩の塊が不規則に並んでいる。
「くっ、ならば私も顕界させなければいけないみたいですね―――! 来たれ、心象風景―――『無限の偽善院』!」
私の真なる心の内―――名付けるとするならば、『真象風景』と言うべきか―――に、ウボ=サスラが自らの心象風景を顕界させる。
小さなビー玉大の球状からどんどんと広がり、それは私をも飲み込むほどの巨大さとなり―――広がる景色は宇宙のようだった。どこか、大切な人を思い出させるような景色。無限に広がる愛を持つ私の大叔母―――会長の気配。だが、違う。この景色はあの人の心の中に広がるモノに似て非なるモノ。
そう気づいた私は、とっさに防御態勢をとる。と、同時にウボ=サスラが何か石のようなものを投げると―――そこには、巨大な質量を誇る真っ黒なモヤ―――所謂ブラックホールが浮いていた。強烈な重力に引き寄せられ、私は足の筋肉でなんとか持ちこたえる。おそらくは、この心象風景の性質は―――
「あらゆる物質に、無限大の速度を付与する―――!」
「その通り! これにより無限大の速度―――光速を超えるには無限のエネルギーが必要という“世界”の修正力によって無限のエネルギー、つまりは質量が付与され結果的にブラックホールとなるのよ! さあ、恐怖で震えなさい!」
そうして『無限の偽善院』にできたブラックホールが私を飲み込もうとした瞬間―――何かが飛んできた。
それは鈍く光る鉛の塊―――否、何か膨大なエネルギーを保有する金属片であった。しかし、それは今にも消えてしまいそうで。
その金属片を握ると、どこか懐かしい、温かさが感じられる。これは―――
「そうなんだ、会長……ここにいたんだね……!」
うん、行こう。会長の形見と思わしきその金属片を握りしめ、もう片方の手を前に出し、握りしめる。すると、ペキペキと心象風景の外殻に亀裂ができて―――遂に割れる。パリンッといういつものガラスが割れるような音を立てて―――ガラスのように儚く割れる。
「な―――ッ!」
その様子に、ウボ=サスラはただ見ていることしかできない。
私がウボ=サスラの心象風景を割った原理はこうである。
まず、このウボ=サスラの心象風景は、私の真象風景の中に内包する形で顕界している。そして、会長から前に聞いた話だと、心象風景は長く維持することが難しい。その解説に加えて“金色の使者”が語った通りならば、この“世界”からの圧力を受けて、心象風景は崩壊するのではないだろうか、と考えた。そして、それは外界からの圧力に負けてガラス瓶が割れるのと同じ原理であり、ならば私の真象風景も同じことができるのではないか、という仮説の下にやった結果、である。
私の予想通り、割れた―――否、崩壊した。
そうして、もう一度私の真象風景があらわになる。宇宙、そこに浮かぶ星々たちが放つ光だけが、この空間を照らしている。今ちょうど頭上に見えるのは土星、サイクラノーシュ、サターンとか呼ばれる惑星か。
この真象風景は、いくらかステージに似た雰囲気を感じる。中央―――私達が今立っている場所は、他の所よりも若干高い丘になっており、その真上から星の光が降り注ぐ。中央の円台はステージ、降り注ぐ星の光はステージライト。それぞれがステージの様子を表しているように感じて―――。
「な、何をしたんですの……?」
その問いかけで私は、やっと現実に戻ってきた。
「何をしたのって……ああ、そういうことね。割ったんだよ。上から押し付けられたガラス瓶が、割れるみたいに。それをただ大きくやっただけで……」
「ふっざけないで!」
シーンと、そのウボ=サスラの幼稚な叫びで一気に場が静まり返る。見ると、先程までの高校生並みの体格の大きさではなく、華奢な小学生くらいの大きさに戻っていた。
「どうして、私の道を塞ぐの? せっかく『概念』から『存在』に降りてきたのに! あなた、この難しさがわからないでしょう?! 『概念』が『存在』に移り変わるには、無限回の存在証明が必要なの!
無限回の鼓動。私はここにいるよ、早く気づいて、っていう存在証明。モールス信号から放たれるSOS。『概念』が『存在』に移り変わるには、そうして知的存在に気づいて貰う必要があるの。いくら鈍くても、無限回も鼓動の音が聞こえれば、いい加減気づくから。
でも! ―――どうして、あなたは私の邪魔をするの? 私の苦労を、無に返そうとするの?」
私は、ウボ=サスラが必死に訴えかけようとするのを横目に、拾った金属片を見ていた。
燦々と輝く太陽でもない。でも、一切の星の神秘を感じないわけでもない。どちらかと言うと―――星に似て非なるもの。それはそう、例えば原初の始まりたるビッグバンのような―――。
と、その時であった。唐突に、私の頭の中にこの〈フェーズ:アンコール〉の具体的な能力が降りてきたのである。それは―――“世界”の再創造。今ある“世界”を、新しい“世界”に塗り替える。まさに天地創造。その神の如き力を、私は今、持っている。
私は、一つだけ願った。皆の幸せの世界。それは―――“想像力”がない世界。言えば、この騒動の発端は旧社会の常識の外にあったファンタジー的能力たる“想像力”が原因ではないか。ならば、その“想像力”さえ無くなってしまえば、この世界は、今よりかは幾分か幸せになる。そう考えて、祈った。