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Episode19 救済の、福音を。

 ―――白香を、安全な場所まで避難させた直後。

 すぐさま元の場所へ戻り、私も戦う準備をしようとした、その時であった。否、その時には、すでに終わっていたのである。

 血まみれで横たわる姫様、腹にはきれいな円形が空いている。そして、ギリギリの状態で耐えているゆうかりんは、もう限界である。手に剣を持つ力にさえ、もう、割くリソースがなく、力なく剣をウボ=サスラの拳に合わせ、弾いていた。

 そう、拳である。我々は、完全にこの事を忘れていた。今のウボ=サスラは、肉体面でさえも、この地球上で一番強いと言わざるを得ない。認めたくはないが、恐らく切り札の“純聖剣”最果てよりの希望(エクスカリバー)を捨ててでも、この強さなのである。私は、ゆうかりんの補助に入ろうとしたが……一向に付け入る隙がない。それどころか、ウボ=サスラの拳の速度は速くなっていき、最早その拳の密度がえげつない。

「グッ―――」

「終わりです!」

 恐らく私達の中で最大火力を誇る、ゆうかりんの『七つの王の墓にて(セプティモンティウム)』―――特殊形態(モード・)金色と浪漫の大火フレイム・オブ・ローマ』がウボ=サスラの右アッパーで吹き飛ばされる。その隙、空いた脇腹に、ウボ=サスラが左ジャブを叩き込む―――と、思われた瞬間であった。

『今だ、飛び込め! 慧宙ちゃん!』

 智香の声が響く。これは―――“藍色の使者(スロウス)”のものではない。本来の、この世界線の―――オリジナルの智香のものであった。私は、その言葉を信じ―――意を決してゆうかりんの懐に潜り込み、“呪啜剃刀”妖魔封印刀・蠅(バアル=ゼブブ)でウボ=サスラの拳に立ち向かう。

真の名を明かす(トゥルー・ネーム)―――『邪神・悪食(ツァトーグア)』!!!!!」

 私の渾身の防御は、ついにウボ=サスラの拳を防いだ。しかし、その反動は大きく、私の身体は大きく吹き飛ばされ―――その瞬間、ゆうかりんの身体を、ウボ=サスラの拳が貫いた。

 守れなかった悔しさと、仲間を失う悲しさで、私は受け身を取ることを忘れていた。そして反動で吹き飛ばされた私の身体はそのまま地面へ強く叩きつけられ―――そのまま、気を失ってしまったのであった。

『慧宙ちゃん、慧宙ちゃん!』

『えーちゃん? えーちゃん! 応答しろ!』

 (かす)かに『疑似思念会話(エルザッツテレパシー)』を通して聞こえるその声も、段々と遠くなっていき―――最後には、完全に、私の意識は精神世界の深い水底へと、墜ちていった。


 ―――深い水底。その最奥。私の意識は、そこで浮かんでいた。水底は、光の届かないところなので暗くて暗くて、もうよく見えない。

 しかし、漂い続けていると、一筋の光が見えてきた。そこまで泳いてみると―――そこには、小さな劇場があった。何を言っているかと思うが、私にもさっぱりである。

 そこを覗いてみると、小さいながらも劇をやっていた。……と、思いきや私は、いつの間にか観客席へと座っていた。その間、わずか数秒に足らず。先程から、何がなんだか分からない状況になっている。今や、この私の精神世界はごちゃごちゃに。

 すると、劇が始まった。先程までやっていたのではないか? と思ったが、それとはまた別らしいということが分かった。そして、いつの間にか手にパンフレットを握っていたのでそれを恐る恐るめくってみる。そこには、この劇のタイトルとあらすじが書いてあった。その内容は、こうである。

『タイトル:大罪の歌唱偶像(アイドル)(未定)

 あらすじ:トップアイドルを目指すある女の子たちが、異能力が当たり前になった世界で、活躍していくお話。彼女たちは、あらたなる【幕】を開けるのか―――?』

 なんとも粗末な内容であり、タイトルに至っては決まっていないのである。そして、劇がビーッというブザーを合図に始まっていく。第一章でデビューし、最初の敵と戦う。第二章で自称ライバルと戦い、ラスボスが現れる。最終章で……と、いうところで話は途切れていた。

 ところで、段々と見ていて思った。この物語、この劇は―――

「私達の、今までの軌跡(きせき)……!」

 おそらくは、今の状況が、最終章なのだろう。それは、まだ終わっていない、ということだ。と、思った矢先、最終章が再開した。それは―――私が倒れたところで幕を閉じた。堂々と、電球で作られた文字で、『最終章、fin.』と。

 なんだか、納得がいかなかったが、劇を作った張本人がそう言っているのだから仕方がない。―――そう思って劇場に背を向けた瞬間であった。私は、ふと、あることを思い出す。それは、いつか父が言っていた言葉―――

『今回ダメだな。って思った時に限って成功するし、ヒットする!って思った時に失敗するんだ。要は確信しないこと。失敗するとも、成功するとも信じない。どんな結果になっても諦めない。これが重要だと思うんだよ』 

『罪の意識というのは、自らの存在証明だ。私は、僕はここにいるぞ、生きているぞ、っていう証なんだ。だから、慧宙。僕のことを、忘れないで』

 それを皮切りに、だんだんと溢れ出す大切な人たちの言葉―――ただいま、おかえり、いただきます、何やってんの、そうなんだ―――日常であるはずの、何の変哲もない、つまらない言葉が、こんなにも大きく聞こえるなんて。

「あれ? 何でかな、目から涙が―――止まんない。何で、どうして……」

 本当に―――

「終わりだって、知っていたじゃないか」

 あの劇の幕が下ろされた時点で、もう私達の物語は終わった。それで良いじゃないか。でも、それでも、私は―――

「まだ、この結末に納得がいっていない!」

 そう言って、私はパンフレットをめくった。その中に、なにか記述があるのではないか、と。案の定、見つかった。新たなる【幕】―――それを、私達は開けるのか。そうだ、開けるんだ。そう思って、私はいつの間にか劇場へ足を戻していた。自信ある足取りで、ブロードウェイを闊歩(かっぽ)する。そして、こういったのだ!

「さあ、再演(アンコール)を始めよう! 終演(カーテンコール)にはまだ早い!」

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