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Episode15 双星、乖離の杯②

「―――心象風景―――『夢幻の万魔殿(パンデモニウム)』!」

 個人(こころ)が、“世界”を塗りつぶす。どんどんと黒く黒く……濃密な“闇”が支配する空間へと置き換わっていく。最初は極小の玉だったのが、いまや新たな世界を生み出そうとしている。ベタベタと、不規則に置き換えられていく曇り空。そこに現れるは黒き絵画。それは、段々と輝きを取り戻して―――完璧な宇宙空間へと。眩しき恒星の明かりさえ、その中では黒に呑まれる。

 宇宙空間―――虚空の塊。人類未踏の未知なる器。それは満たされていない、この世で一番大きな(から)(さかづき)。それが意味することは、つまり―――

「私の心はガランドウ。一切の密度なく、平等に全てが空虚。始まりの一として孤独。空の器に入れるものは、それ相応のものでなくてはならない。だが、それは皮肉にも世に溢れすぎている。私の心はガランドウ。それを満たすもの―――それは、“愛”だ。全てが平等に空虚ならば、私は全てを受け入れる事ができる。全てを、愛している。

 ならば、それを滅しようとする破壊者には、当然な罰を与えなければならない。単刀直入に言う―――死ね」

 パチン、と指を鳴らす。指を鳴らしてから間もない時に、それは起こった。

 エネルギーの塊が、出現する。それは、前の『鏡写し、空高き神子へ(アナザー・ロンギヌス)』や『海神の威厳剣アメノムラクモノツルギ』と勝るとも劣らないエネルギー密度を有する。そのようなモノが―――数えるだけでも数十個以上。恐怖でしかない。

 瞬間、そのエネルギーの塊が土砂降りの雨のように無造作に降り注ぐ。一発当たれば、致命傷は免れない。ウボ=サスラは最大の警戒をしてそれら一発一発を慎重に避けていく。そして、その間にウボ=サスラはこの心象風景の特性を掴んでいた。それは―――

「この心象風景の特殊性は、あらゆるエネルギーの無限発生……!」

「そうだ。私の心象風景である『夢幻の万魔殿(パンデモニウム)』は、私の“想像力”に由来する際限なく湧き続ける虚無―――及び、『無銘のエネルギー』をあらゆるエネルギーに変換する、という特殊性を持つ。全ての物質は、もとを辿ればエネルギーだ。質量あるもの、それら全てに変換できる。前に持ち出した貴様にとって忌々しいあの武器―――『鏡写し、空高き神子へ(アナザー・ロンギヌス)』だって、貴様の子を鏖殺(おうさつ)した『海神の威厳剣アメノムラクモノツルギ』だって、質量があるならばそれはエネルギーに変換できる。

 エネルギーの変換は、いつでも一方通行というわけではない。まあ、エネルギーはエネルギーのままにしたほうが、効率は良いがな。さて、まだ序の口―――貴様は、どこまで耐えられる?」

 それからも際限なく降り続けるエネルギーの塊は、ウボ=サスラを容赦なく追い詰める。当のウボ=サスラは、未だ防戦一方である。反撃に出るチャンスが、まるでない。

 それもそのはずであり、この心象風景という特殊空間で下手に反撃に出ようものなら、心象風景の主にことごとく抹消されるからである。心象風景とは、その主が持つ心の風景であり、その性質はその主の性格に由来することが多い。だが、精神や主の思考に強く影響され、激怒している状態なら、とてもではないがその時は使うべきではない、とされる。暴走した心象風景が、主もろとも心象風景内にある物質全てを抹消する。逆に、落ち着いている時は、とてもスムーズに操作ができ、まるで水面の上に立っているかのような全能感に満ちあふれている、と言われている。

 思考についても同様であり、しかも思考については精神の状態よりも遥かに自由度が高い。そう念じただけで、そうなるからである。だが、それを使えば心象風景は“世界”からの圧力で瞬時に潰れる。人の祈りが、人自身の力で叶えられてはならないのである。

「……なんて、デタラメな奴なのかしら」

「お褒めに預かり光栄だ、自称片割れ」

 ウボ=サスラが、思わず悪態をつく。それに軽快に応える無垢美であったが、この先の激動を、まだ彼女たちは知らない。

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