Episode13:Chapter5 霊の戦い・第五節―――夢の終わり、それは現実の始まり④
2000pvに、感謝を込めて。
「―――さぁ、お殺りなさい」
声なき声が、その命に従うように響く。ゴポゴポと沸きだつ無形の怪物は、まるで地底世界から低く響く大地の動きの轟音のように、のそりのそり、と動き出した。しかし、その瞬間である。無形の怪物は、自らの身体を意図的に変化させ―――遂にはヒト型を取った。それは、前にいる男性―――父さんの姿ではなく、その前に挟まれている女性―――会長の姿を忠実に真似していた。
口を持ち、発生器官を持ち、ようやく自らの意思を言葉で伝えることができるようになった無形の怪物―――ウボ=サスラの仔は、ゆっくりと話しだした。
「ワタシ、アブホース。キサマヲ、コロス」
それは機械的な喋り方であったが、それと同じく機械的で、ひどく冷酷な―――人命に対して、なんの尊敬も貴いと思う気持ちも感じられない―――殺意が籠められている。灰色の元アメーバ状の巨大生物―――現・アブホースは、ヒト型になっても失われないその肉体の自由度を駆使し、一般的に弓と呼ばれるようなナニカ―――言うなれば「名状しがたき弓のようなもの」を作り出し、矢をかけぬまま、発射する構えを取る。これには、父さんも失笑し、
「―――クッ、ハハハハ! 何だいそれは。……まさか、まさかとは思うが―――何かのアニメキャラの真似か?! ハッハッハハッハッハッ! ヒー……ヒー……クッ! こりゃぁ、傑作。まさに傑作だよ! こんなジョーク、誰にもできるはずがない!」
と、煽りながら腹を抱える始末である。だがしかし、それを全く理解していないのか、アブホースは弓を引く動作をする。そこで、初めて気づく。―――その「名状しがたき弓のようなもの」には、確かにエネルギーが纏われていることが。バチバチと静電気が放電するかのような音を出しながらその矢は、やがて全身を顕す。
灰色に、くすんだ銀のような色をした金属製の矢。それは確かに、先程の神―――ウボ=サスラと同じような力を纏っており、まさに神代の代物。それが、高威力の光の粒子を伴い、この辺り一帯を焼き尽くすかのように放たれる!
「―――ウチヌケ、『落とし子、空を征く』!」
一点に集中されたエネルギーの塊が、とてつもない威力を放ちながら直進する。恐らく光と同等の速さを持つであろうその灰色の矢は、今、物理法則をも超越し、強大な重力を発生させながら父さんへ向かう。死の直前―――そんな状況であろうと、父さんはいつもの飄々とした態度を崩さず、避けるような動作もせず、ただ手を前にかざすだけ。
「良い矢筋だ。―――だが、まだ遅い! ―――“想像力”『邪神・閃風雷轟』……『人よ、黄の印を掲げよ』!」
瞬間、ハテナマークを逆向きにしたものを三つ置いたような今までに見たことのない文様が浮かび上がる。それは黄色く、怪しく輝き、やがてその文様が浮かび上がった平面を金色に染めあげる。『落とし子、空を征く』が文様と平面に近づき、あわや弾け飛ぶのではないか、と思ったその時であった。
キィィィン、という金属音を上げ、『落とし子、空を征く』が『人よ、黄の印を掲げよ』に回転しながらめり込んでいる。なんと、『人よ、黄の印を掲げよ』は、光速と同等の速さで飛んでくる矢を、完璧なまでに防いだのである。そして、数秒の時の果てに力なく金属音を立てて地に落ちた『落とし子、空を征く』を見て、父さんはニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。
「やっぱり、まだまだだったね。―――確かに、理沙の予知はよく当たる。『土壇場で、光落つる』―――か。まさにその通りだ。残念だったな、アメーバ状の巨大生物」
言うと、父さんはサッとまた身構える。しかし、私は、一つの巨大な物体に目が行った。父さんが戦っているそのすぐ横―――挟まれるような形でいた会長が、空間に謎の巨大な綻びを生じさせている。ゆらり、と黒い陽炎のように歪む空間からは、単純、しかし複雑怪奇な模様が刻まれた一本の槍が。それは、どこか錆びを纏っており、赤くくすんでいる。会長は、その槍を掴み、
「飛び給え! 『鏡写し、空高き神子へ』!」
―――ウボ=サスラへと投擲した。
「あら? 何かしら……って、きゃっ!」
その槍は、真っ直ぐとウボ=サスラへと向かい、ウボ=サスラの脇腹を貫く。そして、刃についた返しに引っかかるように、どこか、空の果てへと飛び去っていく。その様子を見ながら、会長は言う。
「……助かった。我が友―――前藤よ。貴様があれを―――『鏡写し、空高き神子へ』を、私に遺してくれなければ、今頃私は、この世にはいなかっただろう。―――追悼を。ありがとう、前藤。そして、さらばだ。我が唯一の生涯の友よ」
会長がウボ=サスラ―――ひいては『鏡写し、空高き神子へ』が飛んでいった方向を見つめる目は、どこか悲しげで。否―――どこか、スッとしたような。憑き物が落ちたような。後悔の念、感謝の念など今まで会長が引きずっていた“友の死”という事実を、今この瞬間で、受け入れたような―――そんな感情がこもっていた。