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Episode02.14 あの偶像《アイドル》

バレンタイン番外編。遅れてすみませんでした。

 ―――ライブよりもずっと前の話である。時は二月。立春を過ぎたというのに、未だに春の兆しは一向に現れない日々が続き、それは、この亜空間「モルグ街」においても例外ではない。この空間の気候は、外の世界とリンクしており、外が寒ければ中も寒いのである。なんでここだけ無駄な設定を付け足したんだ、あの理事長は。

 しかし、アイドルにとっては、この二月という月は重要な月でもある。特に十四日は。私が何を言いたいか、分かるだろうか。―――それは、聖ヴァレンタインの日―――もとい「バレンタインデー」である。この月に大体人気投票・チョコ数の競い合いが始まる。それは、まだ国民的ではないとはいえ、大手からデビューした私達も例外ではない。二月に入ってからというもの、事務所では「〇〇ちゃんへ♡」と書かれた紙と一緒にひっきりなしに送られてくるチョコを捌くのに人手が足りないと、会長とプロデューサーが言っていた。探ってみれば、先輩アイドルの方が数は比較的多いが、その中でも戦えているメンバーもいた。それは―――

「白香さん!これ、もし良ければ、受け取ってください!」

「あれ〜?!ありがとう!大事に食べるね!」

 そう、浦色である。何を隠そう彼女は“想像力”『化身・色欲(アスモデウス)』を持ち、その権能で、ある程度人の好感度を自由自在に操ることができるのである。それに加え、元々の容姿が私以上に整っており、公の場では人懐っこい、人から愛されるような性格の面を表に出しているので、どうあがいても人気になるのは間違いないのである。

 その様子を見ながら、一言。

「……浦色だけ、チョコ貰った量バグってない?」―――ギャーギャー!

「それには同感。なにせ、一人だけ桁がゼロ一個多いもん」―――ジージー!

 偶然、廊下で話し込んでいた智香とそのような会話を繰り広げる。その通り、彼女は私達が貰った量よりも一桁多いのである。貰った数は、私が七十一、智香が六十九と、平均して大体七十ぐらいなのに、彼女一人だけ、二百九十一とか言うとんでもない数字を叩き出しているのである。……だが、本物はこんなものではない。

「けど、君は良いじゃん」―――ピーピー!

「なんで?」―――ガーガー!

「いや、だって……」

 そう言って、智香は視線をすぐ横隣に向けた。

「こんなにも、君に必死になって渡そうとする人がいるんだからさ」

 その視線の先には、(自称)婚約者二人組―――不止と炎楽が手にチョコをがっしりと握りしめ、先にどちらが私に渡すかという勝負をしていた。先程から聞こえていた叫び声―――もとい騒音は、彼らの声である。

「お前、私が先だ!」

「いいや、我が先だね!お前は自分の花嫁だと思っていた女が取られる瞬間をそこで指をくわえながら見ていれば良いのさ!」

「何を言うか!」

『ぐぬぬぬぬ……!』

 両者、にらみ合う。私にとってはどうでもいいその醜い争いは、彼らにとっては一世一代の大勝負なのだろう。その神経が私にはわからない。

「貰ってあげたら?」

「いや、別にそれは良いんだけど。こいつらが止めないから」

 ここまで、私のすぐとなりで繰り広げられる醜い大乱闘を見てきたが、そこで疑問に思った事があるだろう。学園内で一番多くのチョコを貰っているのは誰か―――というものだ。どうせ、白香が一位なんだろう? そう思ってはいないだろうか。実は白香ではない。白香は、驚くべきことに第二位である。約三百を超える強者が、まだこの学園には残っているのである。それは、この学園を治める長であり、この亜空間「モルグ街」を構築している“想像力”の持ち主―――


「え、あっ、ああ……貰う! 貰うから全員一列に並んでェェェェ!」


 エドガー・アラン・ポーである。彼は中々に容姿が整っており、なおかつ、知識豊富で探偵事務所を運営しているから資金もそれなりにある。それ故、結構モテているのだ。だが、私はそんなに興味はない。……価値観がバグっているのだろうか? 誰か教えてほしい。……しかし、それにしても多い。周りが女子生徒のセーラー服で埋もれていて、こちらからはあまり見えない状況である。

「……あの様子、見ていてもあまり面白くないなぁ。どっか行く?」

「……そうだね。何と言うか、チョコの量で嫉妬してしまいそう。あいつがいたら、絶対暴走してるだろうね」

「確かに」


 ―――別教室にて。

「くちゅん!」

「……どうしたの? 風邪気味? ……でもあまり風邪に当たる症状は見当たらないね」

 不思議と、瞬間的に出たくしゃみの理由を考える二人―――こころと千明。同じクラスである彼女らは、こちらも話し込んでいた。

「う〜ん……誰かが私のことを噂してるのかしら? 私を抜きにして話しているなんて、妬ましいわ!」

 彼女は、いつも通りであった。


 ―――閑話休題。別に何も用事はないが、ブラブラと話しながら学校中を歩く。そして、話している間に、何の流れかは忘れたが、ラヴクラフト先生のところに行こうという話になった。そうして、着いたのは文化部棟にある文芸部の執筆室であった。

 ノック三回で、呼びかける。

「すみませ〜ん、ラヴクラフト先生いらっしゃいますか?」

 しーん、とした廊下にはそれに応える声はない。幾秒待てども彼が現れることはなかったので、私達は仕方なく、その部屋に入ることにした。すると……衝撃の光景がそこには広がっていた。

 その無駄に重い扉を開け、中に入ると、そこは宵闇と言っても足りない超高濃度の凝縮された闇が広がっていた。まるで、そこだけが人の過ごす場所ではないかのような、そんな雰囲気が漂っていた。恐る恐る少しずつ少しずつ、足を進めていくと、奥には少しだけだが、この闇を照らす炎の放つ光が見えた。それに向かってまたもや進むと、そこには―――

『いあ! いあ! らゔくらふと!』

 狂信者の群れが! 嗚呼、アレを、どう表現すればいいかわからない! 唯一つ言えることといえば、その群れは、明らかにラヴクラフト先生を崇拝している何かしらの宗教団体であるということのみだ。しかし、私が注目したのはそちらではない。彼らが、供えているのは肉でも、生贄でも、血液でも―――ましてや、チョコレートですらない。それは……アイスクリームであった。

 そして、その奥には黙々と執筆を進めながら、アイスクリームを頬張るラヴクラフト先生の姿があった。私達は、恐る恐る彼に話しかけてみる。まず手始めにこの狂信者の群れを超えることが先だったが、そんな事は問題ない。私の“想像力”で空間を喰らってしまえばそれで済む話である。そして、彼の前に立つ。彼は、こちらの存在に気づいていないのか、こちらに目線を向けることはない。

「あの〜……ラヴクラフト先生?」

 そう話しかけると、やっとこちらに視線を向けた。

「あぁ……君たちか。どうしたんだ。こんなところで……そもそも、ここにどうやって辿り着いたんだ?」

ラヴクラフト先生は、とても不思議そうな顔をする。……結界か何かでも張られていたのだろうか。

「いや、執筆室の奥から炎の光が見えて……」

 そう説明した。そして、私はふと気になった質問を投げかけてみる。

「そういえば、先生って、何かチョコレートもらいましたか?」

「……それを私に聞くか? 結論から言うと、貰っていない。まあ、チョコレート味のアイスクリームは―――彼らから貰っているが」

 あの狂信者達へ視線を向ける。その目は、自らを崇める者を、まるで下に見るような。そんな神の目線、といえば良いのだろうか。そんな目をしていた。

 その後、私達は早々にその部屋を後にした。……何か、狂気の一端に触れてしまいそうな予感がしたからである。


 ―――その部屋を後にした、その直後、であった。執筆室の廊下を挟んですぐの部屋は、現在は倉庫として使われており、誰も立ち入ることはないのだが、私達が見たときに、異変が一つ。それは……チョコレートが漏れ出ている、ということだ。

『え……なにあれ』

 当然、二人とも絶句した。興味本位で近づいてみると、確かに、有名ブランドのチョコレートから、手作りと見られるチョコレートまで収めてあった。倉庫の中を覗くと、中はチョコレートでぎっしりと詰まっており、そこだけ密度が異常であった。ブラックホールでもできるんじゃないか、そう思えるほどにはパンッパンに詰まっていた。

「と、とにかく! 誰か、先生を呼ばないと……!」


「その必要はない」


 突然聞こえた声に、ビクッとなって振り向くと、そこには囲まれているはずのエドガー・アラン・ポー理事長先生が。

「理事長先生! どうしてここに? 囲まれていたはずでは?!」

「まあ、落ち着き給え。横山くん」

 狼狽える私を、冷静な声で制する。その声は、凛と、真っ直ぐと、私に突き刺さり、背筋を張らせた。

「まず、一から解説しよう。なぜ、私がここにいるのか。―――それは、端的に言うとトリックだ」

『トリック?』

「探偵小説では、犯人が犯人のそっくりさんと入れ替わることは何ら不思議ではない。……では、一体誰が私と入れ替わったのか! それは、校長先生―――江戸川乱歩先生だよ」

 ……そう。この学校、理事長と校長が瓜二つの外見をしているのである。成る程、それをトリックとして使ったわけか。……探偵なのに犯人のやることをしている。

「そして、私が来たわけは、そう! この倉庫のミステリーを解決するためだ!」

『おお〜……』

「さて、早速推理に移ろう」

 そう言うと、理事長先生は、探偵らしい虫眼鏡を取り出し、倉庫に向けた。

「さあ、浮かび上がるのだ。真実よ! ―――“想像力”『文学・祖推理(ポオ)』!」

 すると、理事長先生がむむむむ……と言いながら虫眼鏡を見ている。なんとも、端から見たら間抜けな光景である。

「キターーー! 見つけたぞ、真実を!」

 ―――ここから、推論タイムが始まる。

 曰く、この部屋に収めてあるチョコレートは全てある卒業生のものである。その人物は、横山くん―――つまり私とミトコンドリアが同一である(なんと気色の悪い)。そして、名字は魅咲原。このことから導き出される結論は―――

「このチョコレートは全て、君の母親―――茜くんへのチョコレートだと言うことだ! しかも、芸名のものも入ってる!」

 ……恐らく、もう忘れないだろう。何の変哲もないバレンタインデーが、ただの理事長の推理になるということを。


 ―――ちなみに。帰って母を問いただしてみたところ、そのチョコレートは彼女のもので間違いないようだった。……まさに、伝説の、あの偶像(アイドル)といったところか。

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