砂粒の恋。
白い砂浜が、何処までも続いていた。海を渡る風は、日差しとは、違い冷たく、少女の髪を乱していった。海は、荒れていた。遠く蒼い水平線からは、淡い水色の泡を、載せた波が、いくつも、岸へと押し寄せ、白く砂の中へと消えていった。風が強い・・・。
「紗妃・・・。」
そうよばれ少女は、振向いた。いや・・・。紗妃ではなく、悠と呼ぶべきだろうか・・・。
「どうしても、行くの」
紗妃は、認めたくなかった。もう、ここで、別れる事はできない。
「それが、約束なんだ」
紗妃の前には、背の高い、細身の男性が、いた。髪を後ろで、束ねた少し、色の黒い男性は、薄い緑色の、着物を着ていた。時代は、平安時代ぐらいだろうか。
「もう、逢っちゃ行けないって」
白い馬の、鼻緒をとり、首筋を撫でながら、哀しげに呟いた。
「紗妃様も、もう戻らねば・・。」
羽衣のような笠を、差し出したが、紗妃は、無視をした。
「帰らない。もっと、一緒にいる」
「無理だ!」
紗妃は、相手の興奮した態度に、驚いた。
「もう、これ以上、一緒にいたら、余計に話されてしまう・・・。だから、ここは、大人しく、私を、行かせて下さい。」
「そんな・・・。」
自分達が、思いを寄せ合ってる事が、周りにばれてしまってる。そう、気付いたのは、最近の事である。だが、実際、周りが、気付いていたのは、ずっと、前の事で、紗妃の、両親も、2人の事を、考え悩んだ上で、引き離す事にした。まだ、身分違いの恋なんて、認められない時代の事である。それに、紗妃は、小さいとは、いえ、領主の、姫君でもあった。お供の、樹朗汰と一緒になる事なんて、考えられなかった。
「だって、お父様も、お母様も、樹朗汰は、離したくないと、いつも、仰っていたのに・・。」
理屈は、わかってる、そんなに、簡単に自分達の、思いどうりにいかない事は。
「あなたの為です。」
樹朗汰は、紗妃を、みつめた。温かい愛情に、満ちた瞳である。いつも、自分を見つめる眼差しが、好きだった。光のない闇の夜も、彼が、守っていてくれると思うと、安心して、眠れた。
「居なくなると・・・。怖い」
「大丈夫です。すぐ、代わりの者が、来ます。」
「ダメなの。」
「こんなの、いけない。」
すがろうとする紗妃を、彼は、とめた。
「人目が、ありますから・・・。さっ・・。帰りましょう」
無理矢理、笠を、被せると、馬上へと、促し、馬の鼻緒をとった。樹朗汰の、首もとには、紗妃が、初めて縫ったというお守りが、縫い付けてあった。
「それを、持っていてくれるのですか。」
「姫さんが、初めて、くださったものですから・・。」
「下手なので、恥ずかしいです。」
紗妃は、照れ笑いした。樹朗汰の、身を案じ、紗妃が、願いをこめて、作ったお守り・・。そして、いつまでも、一緒にいたいという、思いも・・。
「少しだけ・・。少しだけ、時間を下さいませんか?」
紗妃は、言った。
「どういう事ですか?」
驚いて、樹朗汰は、馬上を、見上げた。
「言葉のとおりです。」
そっと、優しく微笑みながら、紗妃は、応えた。海からの風が、白い砂粒を、巻き上げていった。