その手をとって。
「どうして・・・?」
見上げると、雨が、降り出していた。真理は、ずーっと、上を見上げていた。場所は、変らない河川敷の花火の会場だった。もう、花火の時期は、終ってしまったのだろう。河川敷には、枯れてしまった草木が、天から、降り注ぐ雨に、濡れそぼっていた。
「ごめん・・。」
声の、する方を見ると、一人の青年が、立っていた。始めてみる青年。否・・・。初めてではない。初めて見るには、懐かしい思いのする人。
「どうして?」
口をついで、出た言葉は、真理の言葉ではなかった。
「どうして・・・。離れなきゃ、いけないの?」
認めたくない別れの言葉。
「ごめん・・・。いろいろ考えた。言いたい事は、たくさんあると思う。それでも、考えて出した答えなんだ」
「樹・・・。」
真理は、相手の青年を、樹と、よんだ。大切な人なんだ。真理は、心の中で、そう叫んでいた。この人が、自分にとって、大切な人である事が、よくわかっていた。今、自分は、真理では、なく。この樹という人の、親しい間である事が、理解できた。
「離れたくない。」
「遅いんだ」
樹は、声を落とした。
「ほんの、1週間の違いだった。」
「そんな・・・。」
樹は、切なさそうに、真理を見つめた。その目は、愛おしく、そして、深い悲しみに、満ちていた。
「できれば、一緒にいたかった。でも、本当に、すまない」
うっすらと、涙が滲んでいた。
「幸せになるから・・・。」
そういうと、樹は、真理に背をむけた。
・・・もう、あえない・・・
真理は、もう、憑依された女の気持ちになっていた。狂おしく哀しく、彼に追いすがりたかった。それでも、どうしても、一緒になれないと、悔やんだ彼の葛藤を、理解すると、追う事もできず、彼を理解する大人の女を演じる事で、自分のプライドを守った。
・・・樹・・・
樹に後ろ姿を、遠く見送った。後ろに、少しクセ毛のある髪。肩幅は、広く、そして、少し、左足を、ひきずるように、歩く癖。もう、見ることは、ない。もう、逢うことは、ない。終ったのだ・・・。
「それで・・・。あたしは・・・」
女は、真理の前に居た。毛先に、ゆるく、ウエーブのかかった明るい茶の髪を持つ、色の白い細い女性だった。目だけが、異様に大きく、そして、黒く、悲しみに満ちていた。
「ただ・・・。別れただけじゃ、ないいんでしょ?」
真理は、話しかけた。
「死んだの・・・。」
「そう・・。」
そう言って、現れる霊は、今まで、何回か、あった。だいたいの場合、真理に、心残りを、依頼にくるのだった。今回も、彼への未練であろう。
「すぐ、樹と別れた後、事故で・・・。」
よく、ある話だった。
「一緒に、なれる筈だった。けど、彼との約束の時間が、行き違いになっていて・・。」
女は、真理に語りかけていた。
「覚えてないの?」
「私が?」
真理は、顔を上げた。
「これは、あなたの事でしょう?」
女は、笑った。
「私?そう・・。私でもあるわ。でもね。」
「あなたでも、あるのよ。」
雨は、次第に強く、振り出していった。真理に見せた幻視の、中でも、雨は、次第に強くなっていく。