小さな魔王。
どうも、空が騒がしい。海樹は、空を見上げた。この頃、身の周りが騒がしい。周りの空気もそうだが、誰かに見られている気がしてならないのだ。
「パパ。どうしたの?」
ハンバーガーショップで、息子の紫苑が、見上げていった。子供は、親の様子に敏感である。
「うん・・。疲れているのかな?」
海樹は、話をそらした。日に日に、紫苑は、大きくなってきている。昔の事を思い出していた。真理とは、もう、上手くいっていなかった。別れるしかなかった。最初、出逢たばかりの頃は、前世からの縁かと思える程、盛り上がっていった。だが、長くは、続かなかった。何かが、邪魔をしていた。不思議な事に、他の女性と付き合いだして、あれよあれよという間に結婚する事になった。これも、縁だと思った。真理といても、寛げない。真理と出逢う前には、悠という女と、出逢っていた。不思議な女だった。海樹は、すごく魅かれたが、彼女は、深く付き合う前に、居なくなっていた。振り返ると、不思議な事ばかりだ。子供が、生まれて静かに暮らせるように、なった。
「そうだよ・・。」
ショウウインドウに、紫苑と自分の姿が映っていた。
「これでいいんだよ。」
真理の事をいくら、思っても、うまくいくわけがない・・・。
「それで、いいのか?」
声が、聞えてきた。
「誰?」
人の声ともない。鳥達の声が、重なってきた。
「全てを、手に入れるのでは、なかったのか?」
鳥の声が次第に、大きくなってきている。
「誰だ?」
海樹は、振向いた。
「パパ!」
紫苑が、恐がった。海樹の反応が、普通では、ない。鳥の声も何も聞えないのだ。父親である海樹の、様子がおかしい。
「パパ・・。誰もいないよぉ・・。」
「静かに!」
一瞬、街中から、人々の姿が消えた。地面に、空が開いた。底から、飛び出すように、線の細い、被衣をまとった女が現れた。
「ここにいたのか・・。」
いくぶん、疲れ果てている顔をしている。海樹の前をふさいだ。
「お前は、誰だ?何処から、来た?」
顔を上げた女が、笑った。
「見事に忘れているようだな・・。」
「忘れる?」
怪訝な顔をした。この女と自分は、何か関係があるのか?地下から、現れた?
「自分は、関係ないとでもうような顔だな・・。」
女は、怪我をしているようだった。血の匂いがした。
「いい加減、お前も目を覚ましたらどうだ・・。」
「パパ・・。」
紫苑が、海樹にしがみついていた。
「これは?」
女は、紫苑を見下ろした。
「子供か?」
海樹と紫苑を見比べていた。
「そういう事か・・。」
女は、地面にがっくりと、膝をついていた。
「もう・・。飛べぬ。」
「パパ・・。この女の人、怪我しているよ・・。大丈夫なの?」
紫苑は、女に駆け寄った。
「紫苑!恐くないのか?」
「恐くないよ・・。」
紫苑は、女の体を支えていた。
「だって・・。鷺宮は、僕の下僕なんだもん。」
「紫苑!」
「パパ?しっかりしてね・・。もう、始まっているんだから。全ては、計画どうりなんだから。」
海樹の頭の中で、意識が朦朧とし始めていた。ガラスに映った海樹と紫苑の姿が、変化し始めていた。何らかの形を変えようとした時、細かいヒビが走った。
「ガラスが・・。」
息を呑んだ。
「いいんだよ。形あるのは、壊れてしまうんだ・・。」
紫苑が笑った。それと同時に、ガラスは、四方に飛び散っていった。世界の空気が変わっていた。冷たく白い光達が横に走っていった。山々の木々が、草花が一瞬に生気を失った。社のご神木に変化が訪れた。
「割れてしまった。・・・」
「こんなもんじゃないよ。パパ」
紫苑の顔が変っていた。
「パパ。鷺宮は、蒼剣を奪い損ねたそうだよ。どうする?」
力なく、項垂れる鷺宮の姿があった。
「好きにするがいい。復讐できるかと、お前達の手にのったが・・。」
多くの鳥達が、三人の頭上に舞っていた。
「それなら・・。まだまだ、役に立つよね?」
紫苑が、印を結ぶと、手の平に、鷺宮は、消え入った。
「これでいいね?」
ちいさな鷺草が、そこにあった。
「紫苑・・。いつの間に・・。お前・・。」
我が子の姿に、呆然とする海樹の姿があった。
「もう、忘れたの?パパが教えてくれたんだよ。封印が解けないから・・。僕にやれって・・。」
「何の・・。事だ?」
「時間だよ。次の器を探さなきゃ。」
紫苑は、海樹の手をとった。
「あの人に、もうすぐ逢えるよ・・。」
「あの人?」
「パパの・・。恋人だよ。すぐ、思い出せるよ。」
紫苑は、見上げた。
「でも・・。その人、パパに逢ったら、生きているかな?」
楽しそうだ。まるで、楽しみにしているテレビの話をしている様子にも見える。
「パパは、きっと、その人の事、殺しちゃうかもね。」
「殺す?」
子供の使う言葉ではない。
「だって・・。パパの夢が、その人とあるんでしょう?」
自分はいったい・・・?頭上を舞っていた鳥達が、少しずつ、遠くへ散り始めていた。