全て、解け始める・・・。
桜の花びらが、散っていった。春でもないのに。燕樹が、振り下ろされた龍牙神は、葵い光を放っていた。桜は、後から、後から、ちって行く。恐怖に目を見張る光景だったが、真理には、懐かしくさえ思えた。刀から、迸る葵い光。燕樹は、まるで、熱にあてられた氷のように、跡形もなく、溶け始めていた。葵光だけが、迸っていく。
「綺麗よのう・・。」
鷺姫は、笑っていた。
「お前の婆様も、消えていった。」
「消えていった?」
真理も笑った。
「お祖母様は、消えたりしないわ。」
「何を言うか。この刀の血を見たのか?」
葵光には、もう、血の痕跡すら見えない。
「お前が、その刀の後継者に成り得ない理由が、よくわかるわ・・・。」
そこに、真理の姿は、なかった。紗妃の意識を持つ凛とした姫の姿が、そこにあった。
「紗妃。待っていたわ。」
逢いたがっていた因縁の姫が、そこにいる。
「何代も、超えて、お前を追いかけて来た。この刀の力でな・・。」
「刀の力で?」
紗妃は言った。
「本当に何もしらないのね・・。」
桜吹雪は、収まっていた。
「呼ばれてきたのよ。この時間に・・。どうして、桜が咲くのか・・。わかる?」
「桜が・・?」
鷺姫は、燕樹の姿が、溶けた訳でもないのに、消えてないのに、気付いていた。
「何が起きてる?」
「収めなきゃならないの。」
向けられた龍牙神という刀から、葵い光が消えていた。
「春を支配する青龍。」
ほんの一瞬だった。燕樹が、鷺宮から、刀を奪い取ったのは。刀は、宙を舞い、紗妃の手にする事となった。
「これは、まだ、始まりにすぎない。」
鷺宮は、顔をゆがめた。
「お前こそ、何もしらない。この災いの中心にいる真の姿に、気付いていない。」
「悔し紛れに、何を言う?」
燕樹が、鷺宮と紗妃の間に割って入った。
「お前をここに遅らせたのも・・。全て・・。」
鷺宮な何か言いたげだった。
「私に、この龍牙神を預けたのも・・。お前のお祖母を打たせたのも・・。」
「お祖母様では、ない。」
紗妃は、今まで、隠していた事を告げた。
「実母だ。」
「そうか・・。だからか。紗妃、これだけは・・。」
何かをもっと、伝えたかったのだろう。鷺宮は、言葉を続けようとしていた。龍神の人身御供になる、条件と引き換えに、永遠の力と妻の座を得ようとした。だが、それは、紗妃の母親の存在で、約束が守られる事がなくなってしまった。何かを、予知した龍神が、紗妃を誕生させ、白妃に龍牙神を預けた。事情を知らない鷺宮は、自分が、継承するものとし、白妃を襲った。
「この時代に起こっている事の全ては、お前の生まれた時にある。それは・・。」
「鷺宮!」
足元が、開きかけていた。
「あの男に、気をつけろ!」
そう、言うと、足元から、地に呑まれていった。
「紗妃様。」
燕樹が、心配して駆け寄っていた。
「大丈夫だ・・。」
肩に置かれた燕樹の手に触れた。
「あの男って?」
「たぶん・・。」
気付かないふりをしていた。もしかしたらという思いはあった。
「男運。つくずくないですね・・。」
「燕樹。冗談言う余裕あったんだ・・。」
紗妃は、燕樹の顔を見た。龍牙神の蒼炎に焼から、肌が、ぼこぼこになっていた。
「せっかくの、綺麗な顔が台無しだな。」
「どうせ、最初は赤ホッペのツバメですから。」
「ははは・・。」
紗妃は、笑った。
「笑ってる場合ですか・・。どの男を言ってるか判るんですか?」
「迷うほど、いないけど。」
呪をかけられた男。なす術もなく封印した。あの時代と波長の同じ時代へと・・・。追いかけてここへ来た。否。今となっては、呼ばれたというベキなのか・・・。
「燕樹。まずは、一つだな・・。」
「青龍の刀ですか・・。」
「そう。春を支配する。桜は、それだったんだ・・。」
自分の前から、母が父と姿を消したのも、桜吹雪の中だった。いつも、傍にいたのが、実母でない事は、判っていた。もしや、祖母が、母親ではないかと思っていた。言えない事情は、龍神の父親だったせいか・・。
「いろいろ考えての事です。」
「わかってる。」
少し、不安定になっていた。
「まだまだ、やらなきゃ、いけない事はある。」
「思い出してくれましたか?」
「残念だが、全てな・・。」
運命の歯車が、回り始めていた。