紗妃の被衣。
「それは・・。」
紗妃は、化け物の襟元に縫い付けられたお守りに、クギ付けになっていた。見覚えのある紛れもない、自分が、樹朗汰に渡したもの。
「それが、本物だとしたら、何とした事・・。」
「姫様?」
燕樹が、驚愕した。紗妃が、立っていられない。このままでは、化け物の餌食になるのは、時間の問題であった。
「姫様!しっかり!」
紗妃に、向かって、化け物は歩いてくる。今までの、雑魚達とは、異なり、手強いのは、見て取れる。紅い舌を出し、ただならぬ瘴気が、漂っていた。
「燕樹。だめ。」
攻撃をしかけようとする燕樹を紗妃は、とめた。
「あれは、樹朗汰の変化したもの。手を出しては、ならぬ。」
「しかし・・。」
このままでは、紗妃に襲い掛かるか、このまま都に進んでしまう。
「阻止しなければ、なりません。」
「呪詛がかけられている。」
紗妃は、解き放つべく、印を結ぶが効かない。
「あたしの力では・・・。効かない?」
紗妃の強力な力をもっても、呪詛は、解けなかった。
「このままでは・・。」
燕樹は、あせった。化け物を倒すのは、たやすい。だが、呪詛をかけられた人間まで、消失させてしまう。
「それは、させない。」
察して、紗妃は、叫んだ。
「何か、方法があるはず。」
樹朗汰のためにした事が、裏目にでてしまった。二人、一緒になりたいために、考えた事だったのに、これでは、意味がない。
「紗妃・・。」
小さい頃、紗妃の祖母が、よく言っていた事を思い出していた。
「お前は、その力のせいで、上手くいく事が、上手く行かなくなりそうだね・・・。全て、受け入れる事だよ。」
「お婆様・・。」
泣きそうだった。
「助けて・・。お婆様、それは、この事なの?受け入れるって、何を?」
瘴気は、周りの草木を焼いていった。
「姫様!早く。」
燕樹が、業を煮やした。焼ききってしまおうとしていた。浄化するつもりなのだ。本体ごと。
「それだけは、ダメ。」
紗妃が、危険にさらされれば、燕樹は、間違いなく動く。それが、燕樹の役目なのだ。
「だとしたら・・。」
時間がない。
「樹朗汰・・。大好きなのに・・。」
樹朗汰の笑った顔が好き。今、本体の彼は、苦しんでいる。早く、助けてあげたい。だが、呪詛が強く、今の紗妃の持っている力だけでは、どうにも、ならない。
「許して。」
祈る気分だった。
「このまま、あなたを閉じ込めるしかない。」
それは、封印が、長ければ、樹朗汰の死を意味する。それでも、魂毎、消失するよりは、まだ、いい。
「あたしのちからが・・。足りない。」
紗妃は、被衣を、脱いだ。樹朗汰にかざす様に・・。
「一人にはしないから・・。」
「姫様・・。」
紗妃の、艶やかな被衣が、夜風に舞った。今まで、吹いていた生臭い風が、ほんの、一瞬止まったようだった。
「あなたの時間をとめます。」
目尻から、涙が、零れ落ちていった。
「樹朗汰・・。」
風は、瘴気を、散らしていった。被衣は、何もなかったように、地に落ち、その地には、何もなかった。夜露の濡れる草花だけがあった。
「紗妃・・。」
どこからか、声が聞えてきたようだった。
「樹朗汰・。」
消えてしまった樹朗汰が、紗妃に語りかけているようだった。
「まってて・・。」
紗妃は、そっと、呟いた。燕樹が、寄り添うように、傍に立っていた。
「何か、始まる気がします。」
「私も、そう思う。」
紗妃の頬を行く筋もの、涙が零れ落ちて行った。