もう一人の姫。鷺宮現る。
霧が立ち込めていた。そこを潜り抜けていくとき、水滴に顔が濡れていく。緩くまいた髪も、霧に濡れそぼり首筋に張り付いていた。
「絶対、許せない。」
強い感情だけがあった。許せないというより、憎しみが強かった。最早、憎しみや恨みしか残らないのか・・。そして・・。
「逢いたい・・。」
切ない本心。自分は、何処から来て、何処へ、行くのか。気がつくと裸足のままだった。
「何処だ・・。」
歩き出そうとすると、足元に、水たまりが広がっていた。ひんやりと冷たい水は広がり、大きな鏡となっていった。立ち込めていた霧は、ほんの少しあいた雲の切れ間から、刺す日差しに、少しずつ、溶けて消えていく。目の前に、大きな湖が現れた。
「湖か・・。」
湖畔には、立ち枯れた木々の並ぶ、深い藍をたたえた湖が、眼前に広がっていた。そこへ、佇む女の姿があった。
名を鷺宮という。背中まで、ゆるく巻いた髪は、その時代には、あまり見かけないものだった。軽くはおったような着物は、空の色と同じく曇り色。巻きつけた帯は、湖の色だった。
「憎しみだけが、生きる力になっているのかもしれない・・。」
鷺宮の後ろを白い影が横切った。いくつも、いくつもの影が、舞い横切っていく。それは、次第に増えていき、いつしか、たくさんの鳥の影となっていった。
「答えを出せないまま・。あなたの心が捕らわれたまま、終ったせいでしょう。」
鷺宮の隣の、ほっそりとした女の影が浮かび上がった。みるからに、鷺宮の従者であろうと思われる。
「白梅・・。」
鷺宮は、切ない顔をした。
「私の気はおさまらない。いや・・。どうしたら、おさまる事ができるのだ?」
「答えが、必要なんです。」
「答えとな・・。」
一瞬、鷺宮は、泣き出しそうな顔をした。
「答えがあれば、私のこの憎しみがおさまるというのか?」
泣き出しそうな顔は、一瞬、無表情となり、次第に赤らんでいった。明らかに、怒りへの、表情だ。
「おさまらん・・。何年。何年・・。費やしたかと思うのか!」
信じていた者への、愛情を裏切られた時、人はどう諦めるのか。それは、憎しむ事で諦める事があるのではないだろうか。それでも、諦めきれないとき、出口の無い思いに捕らわれたとき、人はどうしたらいいのか。忘れる事のできない苦痛に、魂は悲鳴をあげ、後悔の涙を流し続ける。鷺宮の魂は、悲鳴をあげ、血を流し続けていた。
「何年も信じ、待ち続けた・・。時間だけが、過ぎていく・・。」
振向いた鷺宮の顔は、恐ろしく醜い老婆の顔となっていた。