燕樹の思い。
黒い雲が、幾筋も流れていった。町外れの、荒地に、屋根の抜け落ちた寺が、あった。もう、何年も、人気が、ないであろうその寺は、埃と土にまみれてあった。
「ここですか・・・。」
「はい。」
紗妃は、男のなりをしていた。燕樹と、共に、噂の元でもある鬼の、退治を行い、樹朗汰に、手柄を立てさせ、自分との、身分の釣り合いをとらせようとの魂胆であった。
・・・自分の力を信じてる・・・。
紗妃は、闇に浮かぶ寺をみつめ、つぶやいた。
漆黒の闇は、明りがないだけだ、なく、そこだけ、異次元に繫がっているかのように、ぽっかりと、口を開けている様に、みえた。当然、紗妃も、怖い。だが、夜明けには、樹朗汰が、ここへ、やってくる。それまで、鬼と、思われる者を退治し、手柄を、とらせなくては・・・。樹朗汰は、普通の、人間なのだから・・。
「そこまでして、一緒に居たいのですか?」
正面を、見据えたまま、燕樹は、問う。
「はい。」
紗妃は、応えた。
「樹朗汰と、一緒にいると、心が和みます」
「しかし・・。知って、おいでなのでしょうか・・・?」
燕樹の、目は、全てが、漆黒である、瞳がない。その両目で、見据えられると、体が、硬くなってしまう。紗妃は、燕樹に、見据えられ、心の奥底、本心をつかれた気がした。
・・・きっと、彼も、例外ではない・・・。
紗妃は、この力だけは、誰にも、告げないつもりでいた。この人外れの力のせいで、どんなに、辛い思いをしてきた事か・・・。
「何も、おっしゃるつもりは、ないんですね。」
「そう・・・。ですね」
紗妃は、言葉を選んでいた。
「それなら、ここで、私とも、お別れですね」
「どうして?」
燕樹は、優しく、微笑んだ。
「私が、傍にいないほうが、お幸せになれます。普通のお人として、暮らしたいとおもうのであれば、心を操る事を、覚えなければ・・・。」
「燕樹と、離れなければ、いけないの?」
「あの時、助けていただいた時から、こうしてお傍に、おりましたが、もう、そろそろ、離れなければいけません。」
「ずーっと、一緒に入れると、思っていたのに。」
「普通の暮らしを、選ばれた時と、決めておりました故・・・。本当は、黙って、行こうかと思っておりました。」
何処からとも無く、生暖かい風が、首筋を、そっと、撫でていった。首筋の、毛が、ちりちりと、ザワ立つ感触が、紗妃を、襲った。
「やはり、何かいるわね。」
「そのようですね・・。」
燕樹の姿は、そこから、消えていた。