戦禍の中、ただ君を思う
国中が、混沌と化していた。
ある者は絶望し、ある者は泣き叫び、ある者は気が狂って笑い出す。
しかし、もうそれらの運命は決まっていた。
死。ただそれのみ。
ドンッ。
小さな身体から紅い何かが吹き出す。
また一人死んだ。
それが永久に繰り返される。
そこに人が消えるまで。
そして戦禍は一人の少女にも襲い掛かる。
「なに…これ…一体何が起きてるの…!?」
少女は腰にまで届きそうなくらい長い、銀色に光る己の髪を束ね、ただ何も考えず走った。
周囲の建物は殆どが倒壊しているため、足場は悪い。
しかしそんなことはどうでもいい。
走るのだ。近づく『死』から逃れる為に。
「何をしている」
直後、背後から男の声がした。
少女は、すぐに己の死期を悟った。
「まだ生きている奴が居るのか」
男が少女にライフルを向け、冷たく呟いた。
少女は、後ろを振り返ることができなかった。
でも、もう少ししたら死ぬことはわかってて。
目眩がしてきた。吐き気もする。
もういっそ、このまま死んでしまいたいと思った。
目の前が真っ暗になり、『死』がすぐそこまで近づいた、
その時。
「ボーッとしてないで、今のうちに逃げて!」
何処かから聞こえた声が少女――、ルシアの耳へと届いた。
声の主は、ルシアと同い年くらいの少女だった。
ルシアと同じ銀髪碧眼だが、彼女と違って髪の長さは肩までしかない。
「何者だ!? 貴様!」
ライフルを持った男の声がした。
ルシアが恐る恐る振り返ると、そこには、戦闘服を着た大柄な男と、男と対峙する少女――エルの姿があった。
「早く走って、ルシア!」
エルの言われるがままに、ルシアは再び走り始めた。恐怖で身が震えていたが、エルの意志を尊重して。
「行ったのね、ルシア。本当にいい子。さぁ、これで躊躇いなく殺し合いができるね、帝国兵」
エルが、今まで隠していた刀を抜き出す。
「あぁ、そうだな。だが安心しろ、貴様を殺した後に、しっかりとあの娘も殺してやる」
「そんなこと、させると思う?」
エルの、ドスの効いた声がした。
男とエルが、身構える。もうそこに、二人を邪魔する者はいない。
「逝く準備はいいかい?」
「その言葉、そっくりそのまま貴様に返そう」
死闘が、始まった。
※
どうして、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
ルシアは心の中でずっとそんなことを考えていた。
そして、今の状況を整理する。
ここ、メルトリア共和国は民主制国家だ。小国だが、周りの国と比べると比較的平和である。隣国のツヴァイーレ王国とはメルトリア帝国時代から交友があり、今も関係は良好である。
しかし、それを快く思わない国もあった。
大陸の北に位置する大国、ルィネシア帝国である。この国は、好戦的であることで有名な国だ。最初は小国だったらしいが、聖暦2454年に大国ゾルビエートを滅亡まで追い込み、その領土を手に入れたことにより、世界中にその名が広まったという。
聖暦2586年に起きた<大戦>では、最新の兵器を備えた帝国兵で周囲の国を圧倒し、今でもその軍事力は各国で恐れられている。
では、なぜそんな大国が小国メルトリアを快く思わないのか。
メルトリア共和国は、平和な国であるのと同時に、技術力もかなり発達した国である。ルィネシア帝国は、その技術力に目を付け、メルトリアと貿易を行おうとした。
しかし、その貿易には壁があった。
ツヴァイーレ王国の存在である。
ルィネシアは当時、ツヴァイーレと戦争しており、ツヴァイーレと友好関係にあったメルトリアは、ルィネシアとの貿易を拒否した。
そこでルィネシアは、一つの答えに辿り着いた。
得られぬのなら、自分のものにしてしまえばいい。
最新兵器ならば沢山所有しているルィネシアは、ツヴァイーレをわずか5日で滅ぼし、メルトリアを自国領にしようと、大軍を持って侵攻してきた。
そして2日で首都ギランまで帝国軍が制圧、メルトリア国民は、東側へと逃げざるを得なくなった。
そしてルシアも、今まさに帝国軍から逃げている最中だった。
「誰か…誰か…ッ!」
孤独な少女は、誰かを求める。
当然誰も応えない。
それもそうだ、もうルシアの親は既に戦火に包まれたのだから。
しかし、彼女の目の前に、ひとつの〈希望〉が現れようとしていた。
「うわっ」
何かにぶつかり、思わずルシアは声を漏らした。
この時、
今この時、
全てが、動き始めようとしていた。
初投稿です。不定期連載ですが頑張ります