鏡の世界と、私の世界と。
なろうラジオ用に1000字以下で書いた作品です。
ーー鏡が、怖い。
何故かと聞かれると言葉に詰まるが、強いて言うならば『自分が分からなくなる』からなのだろう。
鏡に映る自分を見る度に、何か形容し難い違和感を感じる。そう、違和感は確かにある。だが、その違和感の正体を暴くことは出来そうにないのだ。
白く細い指先で、そっと鏡をなぞる。
自分の輪郭を描くように指を滑らせた。
「ーーぁ?」
鏡に映る自分の顔が、溶けた。
正確に言えば、なぞった部分ーー左側の輪郭だけがドロっとその形を液状に崩している。
非現実的な光景を目にした私は、すぐさま自身の輪郭に触れた。
「ーーーー」
現実に存在する私の顔には、何ら異変など起きていなかった。安心感からか、ホッと息が漏れた。
だが、再度鏡に視線を移せばそこには溶ける私が映っている。
時間の経過と共に顔はドロリと崩れ落ち、遂には顔面の左半分が完全に消滅した。
右側の輪郭はなぞっていないため無事だ。
無論、現実世界の私に異変は起きていない。
「......寝よ」
とてつもなく嫌な気分になったが、特に自分自身に異変が起きているわけでもないので、この出来事を忘れるためにも私はベッドに飛び込み、布団に深く潜り込んだ。
ーー翌日。朝六時に目を覚ました私は、職場へ向かうために支度を始める。
トイレを済まし、慣れた足取りで洗面台へと向かう。
「......はぁ」
鏡には、昨日と変わらず左半分だけが完全に消え去った異形が映っていた。昨日の出来事を夢だということにしたかった私は心底失望する。
『じゃあ、次は私の番だね』
「え?」
声が聞こえた。
私は一人暮らしだ。他者の声などする訳がない。
いや、違う。他者の声なんかではない。
これは、これは。
「ーー私?」
『うん、そだよ。昨日は酷いことしてくれたね!』
異形となった『私』が、鏡の向こうでへらへらとした不気味な笑みを浮かべていた。
「ど、どういうことなの、これ」
掠れた声を『私』に届ける。
『......あのさ。考えたことないの?』
「なに、を」
『ーーもしかしたら、そっちが鏡の世界かも、って』
意味が、分からない。
そもそも、この現状にすら整理が付いていない。
『なーんにも分かってないみたい。でも、別に関係ないよね。昨日の仕返しとしてキミは今から消えるわけだし』
右手が、勝手に動く。
勝手に、鏡へと向かっていく。
ーー違う。
『私』の動きに合わせて私の手が動いているんだ。
『さよなら。私』
ーーワタシは、握りこぶしで眼前の鏡を叩き割った。
1000字以下って難しいですね ; ;
でも気軽に書けて楽しかったです。