7『確約』
俺としては決死の覚悟で誘ったつもりだったけど、タッちゃんからは当然喜ばれ、紗那からも意外と好感触だった。
「蒼から誘ってくれるなんてなー。まぁ、蒼から誘われなくても俺から誘ってたけど」
「私、こうやって友達と一緒に帰るの初めてかも」
それはまた意外な話だ。紗那はクラスの中心というキャラではないが、それなりに友達も多くて人気者というイメージがあった。
「別に友達がいないわけじゃないんだけど……一緒に帰ろって誘ってくれる人、今までいなくて」
「自分からは誘わないの?」
「うん、別に一緒に帰らなきゃいけない理由もないし」
確かにそれはその通りなんだけど、きっと誰かと一緒に帰ったら楽しいだろう。それだけで大きな意味があるようにも思うが、それにしてもその考え方ってまるで――
「蒼みたいな考え方だな! そんなんじゃ人生損するぞ!」
まさにそう思ったんだけど、他人に言われると存外腹が立つものだ。しかしあの頃の俺は、どうも社交性がないというか、人付き合いを極端に避けていたように思う。
さすがに10年もフリーターをしていると、最低限の社交性は育つもので、今はあの頃よりはマシになっている……気がするが。
「じゃあさ、これからも一緒に帰ろうよ」
「え、いやでも私、委員会とかもあるし、部活もあるから帰る時間合わないんじゃないかな……」
現実的な話、そうだろう。
紗那は吹奏楽をやっていて、部活の中でも帰りは遅くなる方だ。委員会はなんだったかな、あまり聞いたことがないから分からないが。
だけど、そんなことわかっている。引き下がる理由にはならない。
「合う時だけでいいからさ。ほら、プランクトン三人衆のよしみで何卒」
「なんか今日の蒼は積極的だな……そうか、人って成長するもんな。俺は嬉しいぞ」
「うるさいな!」
「――うん、じゃあ、時間が合いそうな時言うね」
やった。あの頃の俺にできなかったことをやったぞ。
こんな単純な一歩を踏み出すことができずに、15年も引きずっていたのか。なんて馬鹿馬鹿しくて、女々しかったのだろう。
たった一言、一緒に帰ろうと言うだけで、こんなにも胸は高揚しているというのに。
帰り道は、ただ楽しかった。
「結局紗那ちゃんは何点だったの?」という他愛もない話から、学校の話。友達の話。正史ではできなかった話をすることができた。
そんな楽しい時間はあっという間で、まずは家が学校から一番近いタッちゃんと別れ、それから歩くこと十数分。気付けば俺たちは紗那の家の前にいた。
「じゃあ、また月曜日の補習でね。バイバイ」
あぁ、俺はなんて強欲なんだろう。
補習が終わってから一緒に下校して。
そればかりかこれからも一緒に帰ろう、という確約をして。
15年前にできなかったなんでもない話をして。
それでなお、まだ求めてしまう。
もっと、先に進みたくなる。
だから、俺は口にした。
「明日、ふたりで一緒に勉強しない?」