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6.『8点の男と25点の男』


 結局のところ、俺の根幹は中学時代に築かれたのだと思う。青春真っ只中で反抗期に目覚め、高校を辞めることになった原因のひとつである『性格』の問題は、単純なことに『初恋が実らなかった』という有り体な理由が大きくあるのだろう。


 正直なところ、自分でも傲慢で自分勝手な言い分だと思う。まるで、初恋の人に責任をぶん投げているような考え方だ。


 無論、そんなつもりは毛頭ないが、もし俺の初恋が実っていたら。きっと、28歳にして中卒のフリーターで周りと比べては自己嫌悪に浸る惨めな男は存在しなかっただろう。


 もしあの頃に戻れたら。絶対にあの恋の続きを見るんだと、何度考えながら夜を越えただろうか。



「高橋くんはさ、なんで毎回補習を受けてるの?」


 高橋徹ことタッちゃんは、確かに補習常習犯だ。

 簡単に言うと、成績があまりよろしくない。

 そもそも、この補習というシステム自体があまりにもテストの成績が奮わないタッちゃんのために、担任の植原先生が始めた救済措置のようなものだ。


「なんでってそりゃ、今回の俺の数学の点数知ってる? 8点だぜ」


「タッちゃんってほんと勉強ダメダメだよね」


「お前も25点だろうが!」


 それでもタッちゃんの3倍だぞ、などとはさすがに言えない。赤点に変わりはないんだし、タッちゃんが規格外のアホなだけで俺の成績もほぼドベだ。


「それにしても蒼くんも補習仲間だったんだね。なんか成績良さそうだから意外だったよ」


「そ、そう? 俺数学で赤点以外取ったことないけど……」


「思ったより酷かった!」


 もしかして、タッちゃんだけじゃなくて俺の救済措置でもあるんだろうか。いや、その通りだろう。タッちゃんの成績不振が目立ちすぎるだけでそういえば俺の成績もミジンコみたいなもんだった。


「まぁちなみに、私も毎回補習受けてるんだけど……」


「俺らってマジで成績ミドリムシ組だよな……」


「タッちゃんのこといじってる場合ではないね、俺も」


 思い返せば、補習のたびにこの3人で集まっていた気がする。あの頃は「渚さんと勉強できてラッキー!」くらいにしか思ってなかったが、どう考えてもヤバい。主に進学的な意味で。


 とはいえ、紗那と距離を縮めるためにはこの補習が最初の重要イベントになることは言うまでもない。

 正直、勉強よりもそちらを優先したい気持ちもあるが、進学もしっかりしておかないと前回の二の舞になるのも目に見えている。悩ましいところだ。


「ほら、いつまでも駄弁ってないで勉強しろ。小テスト持ってきたから、合格点に届いた奴から帰っていいぞ」


 と、教室の前のドアが開き我らが植原先生のご入場である。植原先生は少し物言いがキツいこともあるが、今時珍しく本当に生徒想いの先生で、いざという時に非常に頼りになる。俺が未来から密かに尊敬している大人のひとりだ。


 そんな先生が俺たちのために企画してくれた夏休みの補習だが、補習自体はこれで2回目だったと記憶している。確か、1回目は中間テストの時。この時もこの3人で、結局下校時間までに小テストをクリアした者はいなかった。


 そして、1回目の2回目――紛らわしいので言い換えるが、正史の夏休み補習でも同じ結果だったはずだ。

 結局19時くらいまで粘ったものの、この3人の中に合格者はいなかった。あの時は『夏休み』の『夜』に『好きな人』と学校にいるという、非日常感満載のイベントでドキドキが止まらなかった。

 だが、今回は違う。なんせ、この補習を受けるのも2回目だ。すんなりクリアして、紗那に勉強をおしえるというのもまた乙なものだろう。よし、そうと決まれば意地でも――


「まぁ、無理だったよね」


「頼むからもう帰ってくれ。まさかここまで出来ないとは思わなかったぞ。今日はもう暗くなるから月曜日に出直してこい」


「蒼、俺らってつくづくミカヅキモだよな!」


「高橋くんはなんでちょっと嬉しそうなの?」


 最初はいけると思ってたんだよ。

 だけどさ、だって中学の勉強とか15年振りとかだし。

 中学校の範囲なんて一般常識の範疇だろ! とか余裕ぶっこいてたけど全然そんなことないし。こりゃ勉強し直さないとキツくない?


「ほらほら、今日は店じまいだよ。帰った帰った。教室の鍵は先生が閉めるから、とっとと下校しろ。忘れ物はしないようにな」


 ということで教室から追い出されたプランクトン3人衆だが、正史の俺はここで素直に解散したのだろう。

 だけど俺は知っている。紗那と俺の家の方角は一緒だということを。本来はもっと未来のイベントだが、紗那に家を教えて貰った記憶が俺の中にはあったのだ。


 ならば、俺が言うべき台詞はひとつだろう。

 15年前に言えなかった誘いを、2回目の今日、伝えるんだ。


 そう、紗那とふたりで、ふたりで――


「さ、3人で一緒に帰らない?」


 チキっちまった。

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