5.『補習イベント』
さて。腹ごしらえも済んだことだし、陽射しが照りつける屋上には長いこと居られないということで、俺らは早めに教室に戻ってきた。
少し早く戻りすぎたようで、教室にはまだ誰もいなかった。誰もって言うか、俺ら以外ではふたりしか来る予定は無いんだけど。
まず、担任の植原先生。
担当は数学だが、補習では全教科見てくれるらしい。
というか、各教科担当の先生が補習用の問題プリントを作ってくれているので、植原先生は俺らがそれを解くのを眺めている係だ。早い話が見張りだ。
そして、渚紗那。
正直、どんな顔して会えばいいのかわからない。
俺をこの場所に送ってくれた彼女は一体誰なのか、この世界の彼女にその記憶があるのか。実際タイムリープしている以上、向こうの世界にいた彼女の存在そのものが妄想って線は薄いと思うが。
いや、それにしたって。
「あぢーよー! エアコンくらい付けてくれよー!」
「いや本当に暑いな……これはマジで死ぬんじゃないかな……」
暑いだろ。さすがに。
昔から思ってはいたけれど、何故学校っていうのはエアコンの使用を渋るのだろうか。電気代を気にしているのだろうか。僕たちの命とどっちが大切なんですか。
大体、夏休みに補習にきて、なんでわざわざ無駄に広い教室を使う必要があったんだろうか。せめて図書室だったらエアコン効いてて涼しいし、勉強に飽きたら本も読めるし……いやそれは先生が見てるから無理かもしれないけど――
「もうきてる。早いねー」
「――」
その声は、どうしたって俺が一番求めているものだった。
そりゃあ、彼女と出会ってから28歳までの間、事ある毎に思い出してきた声だ。俺にとって青春そのものである彼女の声こそが、いつだって俺を現実から遠ざけてくれた。
人の特徴はまず声から忘れていくと言うが、俺は彼女の声を忘れたことなど片時もなかった。
――渚紗那が、俺の人生の救いだった。
それを今、こうして同じクラスという空間でいられることを、何よりも強く幸せに思ってしまう。それで、満足してしまう。あの頃のように。
「お、渚ちゃん。プリント早解き勝負、午前は負けたけど……午後も同じだと思うなよ? こっちには必勝法があるんだ。な、蒼! ――蒼?」
「あ、お、うん。ま、負けないよ」
「え? なんでそんなキョドってんの? なんか顔も赤いし、目も逸らして――お、お前、まさか」
何かに勘づいたように、タッちゃんが俺の肩を引き寄せる。
声のボリュームを最大限落とし、タッちゃんは俺に世紀の大発見をしたかの如き表情を向ける。
まずい。少し露骨すぎた。
今この時は夢にまで見た状況とはいえ、こんなにも感情を隠すのが下手では誰にだって気づかれてしまう。
そう、俺が紗那のことを――
「――やっぱり夏バテだろ。補習は大事だけど、お前の体のが大事だぞ。先生に言って、早めに帰るか?」
ちがわい。この子が好きなだけなんだい。