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4.『2回目の中学生』


 俺――赤羽蒼は、昔から『普通』を嫌っていたように思う。

 皆よりも目立ちたい。皆よりも凄いと思われたい。皆よりも、偉くなりたい。


 今思えば、その歪んだ自己顕示欲こそが自分の人生を破滅させる原因になっていったのかもしれない。


 俺の人生の直接的な転換点は、まさに高校を辞めたあの日だろう。だけど、もちろん高校を辞めるに至るには理由がある。

 俺は、周りと同じが嫌だった。卓越した存在でいたかった。

 といっても、偏差値そこそこの普通の高校で普通の成績だった俺は、どう見ても卓越した存在なんかではない。

 勉学以外で、他人と差別化する必要があった。


 加えて、高校生というのは絶賛反抗期だ。俺も例に漏れず、何事にも食ってかかるような時期があった。


 きっかけは些細なことだった。生徒指導の先生から、少し髪が長いから切れと言われたのだ。

 まぁ俺としても丁度邪魔になってきたなと思い始めた時だったので、指摘を受けたタイミングとしてはジャストだったかもしれない。


 だけど、俺はそれを拒んだ。

 先生の注意の仕方がムカつくとかそんな理由で、俺は散髪を拒んだのだ。


 そうして俺は、先生に問題児として目をつけられることになった。

 それが、始まりだった。



 どれくらいの時間が経っただろう。

 扉を開けてから、あまりの眩しさに目を閉じた。

 目が慣れるまで、1分か、5分か。もしかしたら、それ以上の時間が経っているのかもしれない。


 気付けば、先程までの重苦しくて冷たい空気はどこかへ消えて、真夏の刺すような陽射しとセミの鳴き声。そして、管楽器が奏でる懐かしのヒット曲が聞こえる。


 それにしても暑い。暑すぎる。

 いくら夏だって、こんなに暑い事があるだろうか。


 未だ慣れない目を薄く開き、自分の体を見て驚いた。

 真夏だというのに、長袖のYシャツにネクタイ姿。

 なるほど、これで暑くないわけがないというものだ。


「ん? 蒼、どうした? 早くこっち来て飯食おうぜ」


「――」


 その声は、すんなりと耳に入り込んできた。

 もう何年も聞いていない声のはずなのに、当たり前のように。


「――タッちゃん」


「ん? おぉ、そうだぞ。お前の大好きなタッちゃんだぞ」


 変わらない――っていうのは、当時に戻ってるんだとしたら当たり前だけど。

 本当に、ずっと封じこめていた記憶のままだ。

 涙が出るほどに、懐かしい。


 間違いなく、ここは中学時代。そして、俺が学んだ校舎の屋上だ。


「おい、どうしたんだよ。体調でも悪いのか? まぁこんだけ暑けりゃ夏バテとか……」


「あぁ、そんなじゃないんだ。ただ、タッちゃんって面白いなって思って」


「今さらだぜ、蒼。何を隠そう、俺は将来日本を代表する漫才師に……」


「残念だけど、そうはならないと思うよ」


「なんでそんな事言うの!?」


 だって、俺が知ってるタッちゃんは社長になってたし。

 実際、タッちゃんは大学時代に漫才サークルに入っていたらしい。本気でプロを目指すために養成所に通う気でいたんだけど、お母さんが急病でお金が必要になったとか。


 タッちゃんはすぐに大学を辞め、在学中に取得した資格を活かしてIT系の企業に就職。実績が買われてクライアントが増え、そのまま独立して今……未来に至るって感じらしい。人づての情報だけど。


「まぁ、もしかしたら本当に芸人になる未来もあったのかもなぁ……」


「あったってなんだよ。これからの話だろ? 俺の信条なんだけどさ、人生賭けるくらい本気でやろうとして出来ないことなんて何もないと思うんだよ」


 ムカつくくらいキラッキラの笑顔でそんなカッコいいことを言われると、何者にもなれなかった未来の俺が泣いちまうぜ。まぁ、本気でやろうとしてなかったからだと言われればそれまでなんだけど。


「いいから飯食おうぜ。たっぷりカロリー入れとかないと、午後の補習で力尽きちまう」


「そうだね、ご飯は無理にでも食べなくちゃ、レジ打ちでさえ力尽きて……補習?」


「おいおい、午前中勉強しすぎて頭吹っ飛んだか? 今は夏休みで、俺らは期末テストの成績が悪かったから補習受けに来たんだろ?」


 言われてみれば、そんなこともあったような、無かったような……え、俺ってそんなに成績悪かったかね。悪かったんだろうね。悲しくなってきた。


「はぁ。何が悲しくて夏休みに男ふたりで補習なんて受けなきゃいけないんだろ。人生って不条理だな」


「お前藪から棒失礼だな!? 悪いのは人生じゃなくてお前の成績だろ!? それに、男ふたりじゃねぇよ」


 あれ、今この場に俺とタッちゃんしかいないから、てっきりふたりきりだと思ってたけど、どうやら違うらしい。

 それにしても、さっきから頭の中で何か突っかかっている感覚がある。


 海馬をほじくり回して遠い記憶を引っ張り出すと、確かに中学時代に夏休みの補習というイベントはあった。

 だけど、それ以上に大事な記憶が埋まって出てこない。

 このイベントに必要不可欠なのに、思い出せそうで思い出せない、最後のピース。


 それを、今――


「――あ、思い出した」


「補習は、俺とお前と、同じクラスの渚紗那ちゃんの3人だろ?」


 カチッと、記憶のパズルがはまる音がした。

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