2.『雨足の行先』
女の子は、ただ一点を見つめていた。
まだ日も沈んでいないのに薄暗く、街灯のひとつさえない細道。
なにを思うでもなく、雨の中ただその道の先を見つめていた。
「ね、ぇ君……」
何故声をかけたのかはわからない。
女子中学生に声をかけるおっさんなんて通報待ったナシの事案なのだが、どうしてか声をかけなければならないと思った。
「――」
「あっ、ちょっと!」
地蔵のようにその場から動かなかった女の子は、俺が声をかけた途端に歩き始めた。
ただ一瞬だけ、こちらを振り返り、その細道を歩き始めた。
――まるで俺を、待っていたかのように。
■
「ねぇ、どこへ行くの?」
「――」
「なんでずっとあんなところに居たの?」
「――」
「……風邪、引いちゃうよ?」
「――」
取り付く島もないというか、冷静に考えたら俺は女子中学生に付きまといしつこく声をかけるおっさんなので、無視して逃げるというのが確かに最善の選択ではあるのだが。
だけど、この女の子は俺を待っていた気がする。
根拠も何もない痛々しい妄想と思われるかもしれないが、本気でそう感じたのだ。
「ねぇ、君と俺ってどこかで――うおっ」
ひたすらに俺に先行していた女の子が、突然ピタリと足を止める。
まさか突然そんなアクションがあるなんて思いもしなかった俺は、危うく女の子にぶつかりそうになってしまった。
危ねぇ、いくらなんでも女子中学生の体に触れるのはアウトすぎる。
正直ストーキングをしている時点で俺の倫理観のネジはどこかにぶっ飛んでしまっていたが、微かに残った理性が女子中学生との玉突き事故を拒んだ。
それにしても、何故突然立ち止まったのか。ここはどこなのか。その答えは、目の前を見ればすぐにわかった。
「古い……洋館、か?」
「――」
「ついていけば、いいの?」
女の子は、柵を開けて手入れされていない庭へ進むと、気付けばこちらをじっと見ていた。
刹那、遠くの空が雨に濡れた小砂利を眩く照らす。雷鳴と共にはっきりと俺の目に飛び込んだその顔は――、
「――紗那、ちゃん」
中学2年生の時のクラスメイト、渚紗那。
彼女とは、1年間同じクラスだった。それだけの関係だ。3年生になってからも廊下ですれ違ったらちょっと話をしたりすることはあったが、一緒に遊んだこともないし、卒業後は会うこともなかった。
ついでに言うと、俺の初恋の相手だ。
そんな彼女が、あの頃のままの姿で目の前にいる。
正直、意味がわからない。彼女は同級生なので今年で28歳になるはずだ。元々童顔ではあったが、流石にどう見ても28歳の顔つきではないし、制服姿も板についている。
なのに、何故かその事実をどこかすんなり受け入れている俺がいた。
「――」
「ちょっと待ってくれ!」
彼女――紗那は、俺に構うことなくまた歩き始める。
ついに洋館の扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
中から漏れ出る空気は、真夏のそれとは思えないほどにひんやりと冷たく、重たかった。