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1.『中卒フリーター赤羽蒼』


「ありがとうございましたー」


 ピンポン、と退店を知らせる音が店内に鳴り響く。

 もう何百回と聞いた音だが、この音を聞く度に心の奥がほんの少しだけ痛くなる。


「今日はお客様が少ないね。まぁ、おっきな台風が近づいてるらしいからねー。赤羽くん、なんだったら早めに上がっていいよ」


 僅かに白髪を混じらせる初老の男性は、このコンビニのオーナーだ。早い話が、俺の雇い主であり上司である。

 色々と気を使ってくれるし、偉そうに権力を振りかざしたりもしない。とてもできた方だ。見習わなくてはならない。

 むしろその優しさが俺の心をズキズキと痛ませてくる、なんてのは女々しくて面倒くさい俺の悪い癖だろう。


「じゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼します。お疲れ様でした」


「はーい、気をつけてねー」


 俺は先日、28回目の誕生日を迎えたばかりだ。

 このコンビニで398円の大金をはたいて買ったショートケーキを、1Rの狭いアパートで一人虚しく食べたのは、中々俺の寂しさが滲み出てるイベントだったと言える。


 28歳ともなると、正直もう若くはないだろう。

 いや、世間から見たら若い。20代なんて、十分すぎるほどに若く見えるかもしれない。「まだまだ若いんだから頑張れよ」なんて、不躾に言われることもある。


 ただ、同じ20代でもピチピチの20歳と28歳じゃ違いすぎる、というのが俺の見解だ。

 そも、若さを目の敵にする原因は俺にある。

 何を隠そう、中卒フリーターで10年以上バイトを転々としてきた。学歴もなければ、資格もない。根性もなければ、もう若さだってないのだ。


 中卒の話はまぁいい。中卒であることに後悔はない。

 もちろん、学歴があればこうはならなかっただろうなぁ、とは思えど、それを憎むことはない。

 中卒なら中卒なりに、フリーターで生きてはいけている。


 しかし、学歴を身につけようと言うのなら話は別だ。

 俺が20歳なら、2浪で大学に入れましたー! で万事解決なわけだけど、生憎28歳だ。来年大学に入ろうもんなら11浪になる。やり直すには、遅すぎる。


 28歳って言うのは、世間から見れば若いのに手遅れという最悪の年齢かもしれない。

 同級生の結婚の報告も、出世の知らせも、クソ喰らえだ。


「あれ、もう降ってるな。予報では夜からだったんだけど」


 空は俺の心のように黒く、ぽつぽつと大粒の雫が落ち始めていた。

 まいったな、洗濯物干しっぱなしで出勤してしまった。

 早く帰らないと、今日は風呂上がりにずぶ濡れのパンツを履く羽目になるかもしれない。


「あ、もう降ってるの? 赤羽くん、バックヤードに置いてある傘持ってっていーよー」


「あ、ありがとうございます。助かります」


 俺が予報にあぐらをかいて手ぶらで出勤したことを悟ったのか、今一番求めているものを渡してくれるオーナー。

 本当に気の利く人だ。感謝が絶えないな。

 今度、オーナーにここの美味しいスイーツでも――


「――え」


 僅か数分で強くなる雨足の中、中学生くらいの女の子が傘もささずに佇んでいた。

 なんだ、傘を忘れてしまったのかな。まぁ、予報では夜からだったし――と、普通なら思うだろう。

 しかし、この時の俺はそんな普通の思考回路を奪われていた。


 何故あの時気付かなかったのかは分からない。

 だけど、あれは間違いなく、俺が中学生の時に好きだった女の子なのだから。


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