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客寄せ猫は大変にゃ

翌日、寅之介と深雪はビラ配りのために店に来た。


『ビラだけじゃなく、化け猫カフェグッズも用意したから配ってね。』


配るグッズは子ども用の猫耳カチューシャだ。


『ずいぶんしっかりしていますね。これ、ただで配るんですか?』


子ども用とはいえ、ちゃんとした作りになっている。


『最初はお店で売るつもりで作ったの。これを買ってお店で着けた人は100円引きにするとかね。大人用もあるわ。』


大人用、子ども用共にSMLのサイズがあって販売促進用に大量に作ってある。


まずは子どもに配って店に取り込み、親にも売り付けようと里沙は目論んでいた。


『後は、2人の制服。今日はこれを着てね。』


深雪の制服は、薄茶色で、所々に猫の顔や手形がデザインされた白い袖付きのワンピースとやはり白の腰から下だけのエプロンで、左下の脇に猫の顔の絵があしらわれている。


派手さはないが、メイド服をベースに猫のイメージを表現したデザインとなっていた。


『この猫、寅ちゃんに似てるね。』


『そ。店のマークは寅さんをイメージしたからね。』


寅之介の制服も基本は深雪と同じだが、スカート部分の丈が短く、エプロンは付かない。


『丈、短すぎにゃい?』


『スカートが長いと、4つ足で歩く時邪魔でしょ?エプロンも垂れて床に着いちゃうし。いっその事、ロンパースにしようかと考えたんだけど。』


『ロンパースって赤ちゃんが着る服かにゃ?それはそれで恥ずきゃしいにゃ。』


寅之介の動きに合わせて機能的な服を考えて作っているのである。


『深雪ちゃんはカチューシャと、マスクもね。』


コロナ禍で普段からマスクは欠かせないが、里沙は猫の鼻から下がプリントされた布マスクを深雪に渡した。


『私も猫になったみたい。』


猫耳カチューシャとマスクで、深雪の顔も猫に見える。


『このマスクも、販売用に作ったから、聞かれたら宣伝してね。』


なんでも商売に結び付けるのが里沙の逞しいところだ。


里沙の運転する車で、最寄りの駅前に到着した。


『大丈夫かにゃ?』


『うん、ちょっと恥ずかしい。』


寅之介が街頭に出るのは初めてだし、深雪もこんな場所で人にものを配ったり宣伝する経験はない。


歩道の歩行者の邪魔にならない場所にビラとカチューシャの入った段ボール箱を置き、その前で通行人に訴える。


『……ば……化けねこカフェ……オープンします。……よ、宜しくお願いします。』


『よ、宜しくなのにゃ……。』


2人共か細い声のため、通行人は誰も振り向かない。


『もっと腹から声を出して!』


里沙の指導する声の方がはるかにでかい。


『水分補給は忘れないようにね。私は車の中にいるから、何かあったらすぐ連絡して。』


人使いの荒い経営者である。


『化けねこカフェで~す。』


何度かやっているうちに少しずつ慣れてきて、興味を持つ歩行者も出てきた。


『へぇー、化けねこだって。』


『それ、本物なの?』


寅之介も注目されてきた。


『本物にゃ。』


耳や尻尾を動かすと、歓声が沸く。


『ちょっと手を見せて。』


リクエストに応えて寅之介が手を出すと、不意に肉球を突かれる。


『ふぎゃー!!』


『すみません、肉球には触れないで下さい。』


興奮した寅之介を見て、慌てて深雪が肉球を触った女性を制止した。


肉球はなんともいえない感触があり人間は触りたがるが、猫にとってはウィークポイントなのである。


お昼近くなると、親子連れも多くなった。


『可愛い~!お名前なんて言うの?』


『トラにゃ。お店で待っているきゃら、遊びに来てにゃ。』


寅之介は段ボール箱の中から手にカチューシャを引っ掛けて取り出し、女の子に渡す。


紙は持てないが、カチューシャなら大丈夫だ。


『ありがとう!』


女の子は嬉しそうにカチューシャを頭に着ける。


時折、親の陰に隠れて物欲しそうに見ている男の子もいて、そんな時寅之介は手招きをして男の子を呼ぶ。


『はいにゃ。頭に着けてみるにゃ。』


最初は恥ずかしそうにしていた男の子も、カチューシャを着けるとにこりと笑った。


『似合うにゃ。今度、その耳を着けて遊びに来るにゃ。』


猫になって母親の役目をこなす寅之介は元は自分が男性だった事をほとんど忘れているがこういう時はふと思い出したりする。


時折、スマホなどで写真や動画撮影をされたりするが、寄って来る人たちは寅之介の事を不審に思わないみたいだ。


『こんにゃもんかにゃあ?』


化け猫と言われて石でも投げられるのではと不安に駆られていた寅之介だったが、そんな心配は皆無であった。


『トラの妖力なのかもよ。まあ、石投げられなくて良かったじゃない?』


深雪も余裕が出てきて、ビラ配りを楽しんでいる。


夕方前には持ってきた全てのビラとカチューシャが無くなり、前宣伝は成功した。


『動画撮影?ほっときゃ良いんじゃない?』


動画投稿サイトにでも出たら、炎上も有り得るが、話を聞いた里沙は馬耳東風である。


『勝手に宣伝してくれるんだから有り難いと思わなきゃ。悪用されたら訴えりゃ良いんだから。それと、店で撮影したのを無断で流したりは困るけど、今日のはこっちも無断で駅前使っている訳だから強くは言えないのよ。』


面倒な世の中ではあるが、離婚など修羅場を経験した里沙も強かだ。


『これで後はオープンを待つだけね。2人共、宜しくね。』


『宜しくお願いします。』


『頑張るにゃ。』


3人はコーヒーで乾杯した。

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