猫が同化したらどうかにゃ?
寅之介は4匹の仔猫たちを段ボール箱に入れ、自分の部屋に持ち帰った。
4匹の猫はそれぞれ、死んだ親猫と同じ茶白トビ柄、全身真っ白、ハチワレと呼ばれる白混じりの顔が漢字の八の様に黒が分かれたもの、それに虎猫と4匹4様である。
寅之介はそれぞれの猫に「コトラ」「シロ」「ハチ」「タロ」と、捻りのない名前を付けた。
一番親猫に近い茶白トビの猫にコトラと名付けたのは、なんとなくだが死んだ親猫が[トラ]という名前の気がしたせいである。
雄か雌か分からないが、虎猫の名前はこちらもなんとなく雄の様な感じに見えたので、[タロ]と名付けた。
部屋に戻り、段ボール箱を降ろすとその瞬間から直ぐに仔猫たちが鳴き始める。
『お腹空いたよね、ちょっと待ってて。普通に牛乳飲ませて良いのかな?』
思い付きで仔猫を育てると言った寅之介だが、残念ながら猫を飼う知識は全くない。
そこに突然里沙が部屋の扉を開けて強引に入ってきた。
『寅さん、まさかこの子たちに牛乳なんか飲ませてないでしょうね?』
『これから飲ませるつもりだったけど、どうやって飲ませれば良いのか……。』
里沙は呆れた顔で
『ダメよ。そんなんで仔猫を飼うつもりだったの?ほら、これ買ってきたから。』
里沙が持っていたホームセンターの袋を差し出した。
『これ……今買ってきたの?』
時計は既に夜9時を回っているが、たぶん開いている店を探して急きょ車で買いに行ったのだろう。
袋の中には仔猫専用のミルクとペット用哺乳瓶が入っていた。
『来月の給料から引いておくからね。』
『なんだかなあ。』
寅之介は頭を掻いた。
言い方は冷たいが、里沙は可愛い甥っ子のためにわざわざ買ってきてくれたのだった。
寅之介は里沙の言う通りにミルクを温めたり哺乳瓶を煮沸消毒をした後、2人で手分けして人肌くらいに冷めたミルクを仔猫たちに飲ませた。
『母親のおっぱいなら同時に飲ませられるんだけどね。』
『え?そうなの?』
『あんた本当に何も知らないみたいね。猫ってたくさん乳首があるから、何匹も子どもがいても一度におっぱいあげられるの。そんなんで大丈夫?』
寅之介は猫の乳首がたくさんある事すら知らなかった様で、里沙は頭を抱えた。
里沙が部屋から出ていき寅之介も床に着いたが、産まれたばかりの仔猫は少量しかミルクを飲めない代わりに何度も与える必要があるのでまた深夜に起きて用意をしなければならない。
目覚まし時計を2時にセットすると、寅之介は疲れていたのか直ぐに寝落ちした。
『…………さん…………寅之介さん…………。』
誰かに呼ばれ、飛び起きた寅之介だったが、そこは温かな感じのする不思議な空間だった。
『寅之介さん。』
寅之介を呼んだのは、紛れもなく自分が轢き殺してしまった茶白トビの猫だった。
『トラ?』
寅之介は何故かその猫の名前を知っていた。
呼ばれた[トラ]は寅之介の膝の上に座り、気持ち良さそうにしている。
『ごめんよ、トラ。痛かったろう?』
『うん、でも一瞬だったから、あまり分からなかったわ。』
トラは普通に人間の言葉で返事をした。
『でもありがとう。子どもたちを引き取ってくれて。』
やはり仔猫たちはトラの子どもだったのだ。
『でもどうして産まれたばかりの子どもから離れて道路を渡っていたの?』
寅之介にとって、それが一番不思議だった。
トラが子どもたちから離れなければ事故は起きなかった筈である。
『ごめんなさい。雄の猫が騒いでいたから、追い出していたの。』
『その雄って……仔猫の父親?』
『そう、[シロ]と[ハチ]のね。』
トラは寅之介が名付けた仔猫の名前を知っている。
4匹の仔猫のうち、真っ白な毛色と白黒でハチワレ模様の2匹の父がトラの周りをうろうろしていた様だ。
『あいつら、昔からいつも私にちょっかい出していてね、私も発情期でつい気を許しちゃったんだけど。
子育てをする気なんか全くないくせに五月蝿く付きまとうから私もキレて道路の向こうに追い払ったの。
直ぐに子どもたちのところに戻らなきゃと思って、慌てて道路を渡った時に寅之介さんの車に気付かなくて……私の不注意なんです。』
もともと雄猫は種付けをするだけの存在で、子育ては一切しないせいか、雌猫は複数の雄猫の子どもを同時に出産する事も多い。
『その雄猫たちの名前はなんて言うの?』
寅之介は人間ながら男子なので、追い払われた父親の雄猫にも少し興味があった。
『名前?名前なんてないわよ。野良だもん。』
名前は人間が勝手に付けたもので、本来猫に名前などないのだ。
『でも、トラだって野良なんじゃないの?なんでトラには名前があるの?』
『私、産まれた時は人間に飼われていたの。兄弟は5匹いたわ。名前こそ付けてもらったけど、直ぐにたくさんは飼えないからって棄てられたわ。』
猫同士なら名前を呼び合ったりしないけれど、人間に名付けられた猫には名前が存在する。
トラが捨て猫だったと聞き、人間の未勝手で棄てられたなんて許せないという怒りと、申し訳ないという思いが寅之介の頭の中で交差している。
『本当にごめん。あの仔猫たちは俺がちゃんと育てるから。』
『約束ね。寅之介さんは大丈夫だって信じてる。……でも、あっけなく死んじゃったから子どもを残してきたっていう未練はあるの。』
自分で育てる事が出来ず、人に子どもを託さねばならぬ気持ちは如何ばかりだろうかと寅之介は想像した。
『俺、一生懸命頑張って育てるよ。もし、俺が頼りないと思うなら俺にのり移って子どもたちを育てるなり、何しても良いから。』
『その言葉、信じても宜しいですか?』
『え?』
トラは寅之介の膝の上に座ったまま、寅之介の目を見る。
寅之介は余計な一言を言ってしまった気がしたが、時既に遅かった。
『うわっ!なんだこれ?!』
トラの身体が徐々に薄く透けていき、寅之介の身体に溶け込んでいく。
すると、目のほぼ真横にあった人耳が無くなり代わりに頭上に三角の猫耳が現れた。
顔の輪郭は短かくなり、鼻と口周りも猫のものに変化し、張りのある髭が何本か鼻の両脇から伸びていく。
『ちょ、ちょっと止めてくれぇ!』
寅之介の猫化はまだ進んで、肘から先と、膝から下は肉球の付いた猫の手足へと変わった。
長い尻尾が生え身長もかなり縮んだが、完全に猫そのものになった訳でなく人間の面影も残っている。
『トラ、本当にのり移ったのきゃ?猫になってるにゃ!』
喋り方まで変わってしまっている。
(ごめんなさい、のり移って良いと言われたので、お言葉に甘えてしまいました。)
寅之介は自分の言った事を後悔したが後の祭りで、トラと寅之介の身体は同化してしまったのだ。
『にゃんだかにゃあ。……上手く喋れにゃい?』
普段の寅之介の口ぐせまでちゃんと言えなくなってしまった。
(ごめんなさい、半分は寅之介さんの身体ですが、半分は雌の猫の身体なので不便な事かもしれませんが、子どもたちにおっぱいを飲ます事が出来ます。また将来再び子どもを作る事も可能です。)
『メス……猫?女の子にゃのきゃ?』
寅之介は性別まで女の子になってしまったのだ。
『みゃー。』
その時、お腹を空かせた仔猫たちが一斉に鳴き始めた様だ。
『おっぱいが張ってる……。子どもたちに飲ませるのにゃ。』
雌猫となった寅之介は子どもたちの鳴き声で夢の世界から現実に戻った。