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【第3話】

 ネット通販のショップと言うのは意外に儲かるのだろうか?

 千子はそんな疑問を抱きながら、まだ入社して間もない週末の残業に追われていた。

 昼夜問わずに発注が来る商品を整理して伝票を上げる。

 注文書はネットからの購入記録で自動的に上がってくるから、それに連動するソフトで伝票を上げるだけだ。

 ただ、少人数でやっているこの会社は、そこからが面倒だ。

 全ての在庫を自社に抱えているわけではないから、他社に依存する商品をデータ化して発注しなくてはならない。

 海外からの直送もあるので、注文書の確認には注意を要する。

 在庫を持っている商品に関しては、送り状を発行して自分たちで出荷準備する。

 事務処理専門の女性は3人いて、他に男性の事務が一人。それと、提携する会社やメーカーを随時探してくる営業が3人いる。

 社長は別室で書類整理か、海外に出て珍しい商品を探してくるようで、千子はまだ面接後には顔を会わせていない。



 この日、仕事が終わったのは夜の9時だった。

「疲れたでしょ」と事務の先輩である有木ゆうき理絵りえが優しく声を掛けてくれた。

 千子は人見知りするが、仕事はテキパキと真面目にこなす。

 ノリが悪いと怒る先輩もいないし、少し難儀な性格の千子をそれなりに認めてくれているようでもあった。

 それは面接時に社長と一緒にいた営業部長の笠原もその通りで、事務の先輩である有木ゆうき理絵りえにもそれとなく「よろしくたのむよ」と声をかけていた。


 池袋の駅構内で、一緒に歩いてきた理絵と別れる。

 彼女は東武東上線だから、西武線の千子とはまるっきり反対方向へ行かなければならない。

「お疲れ様」

 理絵が手を振るので、千子も小さく振りかえした。

 自分よりも五歳は年上のはずだけれど、手を振る姿がなんだか可愛らしいと千子は思った。


 週末の電車は酒臭い。

 それに女性の化粧品、フレグランスの匂いが混ざるとそれこそ悪臭そのものだ。

 終末の夜、電車内は悪臭にまみれている。

 千子は出来るだけ口で呼吸をしながら、できるだけ隅のほうで小さくなって座席の端についている手すりを掴んだ。

 一駅だけの辛抱だ。

 乗降駅に着いてドアが開くと、彼女は他の乗客を少し強引にぬって駆け足で車両を飛び出した。

 夜の風が心地いい。

 くすんだアスファルトの匂いと湿った風も、こんな日にはやたらと美味しく感じるものだ。

 息をついて階段を上り下って、改札を抜ける。

 遅い時間にも関わらず、無数の靴音が商店街や、その手前の細路地に消えて行く。

 

 梅雨の中休み、夜風は涼しかった。

 群青の雲が風に流れると、三日月がぼんやりと顔をだして、朧に月影を照らす。

 カサカサと風にそよぐ木の葉の音。

 ふと路地を覗くと、小さな児童公園に植えられた樹木の葉が、サワサワと風に揺られていた。

 黒々と揺れる大きな樹木に生い茂る葉は、路地裏の闇を色濃くしている。

 何となく立ち止まった千子は、再び靴音を鳴らしだした。


 玄関を入ると直ぐに、千子はコンビ二で買ったお弁当を電子レンジに入れる。

 それからカバンを置いて、服を着替える。

 ふと下を見た時、留守電の赤いランプがチカチカと点滅していた。

 昨日の夜、何となく思い立って留守電をセットしたのだ。

 せっかく留守電機能があるんだから、ちょっとイジってみたかった。

 自分のいない間に、電話してくる誰かはいるのだろうか……?

 しかし、今留守電ランプを見た瞬間に考える。

 考えてみれば千子の家デンの番号は誰も知らない。

 知っているのは今働いている会社だけ。

 おそらく何かの勧誘とか、イタデンとか、そんなたぐいだろう……それか、退社後に会社で急用でもあったか?

 でも、それなら携帯電話にかかってくるはずだ。

 彼女は膝をついて電話機に手を伸ばす。

 電子レンジが『チンッ!』と鳴った。

 指が再生ボタンを押す。

 プチッとした小気味良い感触の押し具合だ。

 風が強くなったのか、ベランダに出る窓をカタカタと軽く叩いている。


『6月・17日・午前・1時・15・分……』

 ――昨日の夜中?

 留守電の録音は、昨夜だった。日付は既に今日だけれど……。

 一瞬で思考が巡る。

 ――電話、鳴ったのかな? ぜんぜん気付かなかった。

 千子は熟睡していても、小さな地震の揺れなどで敏感に目が覚めるほうだった。

 彼女は温め終わったお弁当を取り出す為に、電子レンジに向かおうと腰を上げる。


『ガサガサガサ……』

 何かを擦る音。

 紙くずを擦り合わせるような音がする。相変わらず所々に雑音が混じっていた。

 背中を向けて留守電の再生音声を聞いた。

 窓がカタカタ鳴っている。


『……いち、いるんでしょ。いるのわかってるんだからね』

 千子は再び直ぐに屈み込んで、そのまま思わず床に尻餅をついた。





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