大麻王を倒してくれ? え、大魔王じゃなくて?
※前書き
物語の性質上、作中では薬物を面白おかしく扱っていますが、実際は各種リスクがシャレにならないくらい重く、使用者に破滅しかもたらしません。現実では全力で避けるようにお願い致します。薬物乱用、ダメ、ゼッタイ!
一応、本編完結済みです。綺麗に終わってます。
短編ガチャ違います。完結保障付きです。
俺は名もなき高校生!
先ほど俺は、マッハ2で突っ込んできたトラックにはねられて死んだ!
雑な導入! 人の死を何だと思ってるんだ!
死んだはずの俺の視界には、少しくすんだ白色の景色が広がる。
そのくすんだ白色が、途端に真っ白になっていく。
そして気が付くと、俺は西洋の意匠が施された広い部屋の真ん中にいた。部屋の奥には玉座っぽいものがあり、俺の目の前にはやたら顔色が悪い王様っぽい人がいる。他にも俺を取り囲むように、数人の人間がいるようだ。
その王様らしき人物は、俺を見るなり目を輝かせる。
「おぉ……成功だ! 勇者召喚の儀式は成功したぞ! 我々は異界から、救いの勇者を呼び寄せることに成功したのだ!」
と、やたら顔色の悪い王様は高らかに叫んでいる。
勇者召喚の儀式?
俺は先ほど、マッハ2で突っ込んできたトラックにはねられて死んだはず。
それが今では、明らかに日本とは違う場所にいる。
……つまりこれは、異世界転生!
いやっほぉぉぉ! 夢にまで見た異世界転生だぁぁ!
中学生の頃から大好きだったんだぁぁ!
「勇者よ、我らの呼びかけに応じてくれてありがとう!」
そう言って、顔色の悪い王様が丁寧にお辞儀をしてくれた。
こちらこそ、呼んでくれてありがとう!
「さっそくだが、我々がそなたを呼び寄せたのはほかでもない。この国には今、未曽有の危機が迫っておるのだ! そなたにはこの危機に立ち向かい、我らを救ってほしいのだ!」
お任せください! なんでもやりますとも!
何やればいいんですか!? 魔王討伐? 魔王討伐でしょ?
「その通りだ。我々を苦しめる大麻王を、そなたに討伐してもらいたいのだ!」
なるほどなるほど! お安い御用ですよ!
この異世界勇者にお任せあれ!
最強チートスキルで、どんな相手もコテンパンに……!
……待って。今なんつった?
大麻王って言った? 大魔王じゃなくて?
「その通り。大麻王だ」
ちくしょう聞き間違いじゃなかった。
今度はご丁寧にルビまで振りやがった。
「間違えるのも無理はない。よく似た名前だからな」
ホントだよ。「大魔王」って、「だ」から濁点を取るだけでこんなに大変なことになるのかよ。あるいは、「魔」の字をちょっと簡単っぽくするだけでこんなに大変なことになるのかよ。これは世紀の大発見だね。イグノーベル賞はいただきだぜ。
馬鹿な話は置いといて。
その大麻王さんは、やっぱり例の危ないおクスリと、何か関係があったりします?
「大麻王はある日突然この世界に現れて、怪しい草を国中にばら撒いたのだ! この怪しい草の香りを嗅いでしまった民は、草無しでは生きていけない身体になってしまったのだ……!」
何か関係があるどころじゃなかったわ。
文字通りだったわ。
ずぶずぶの関係だったわ。
「怪しい草無しでは、民たちは生きていけない。大麻王はそこに付け込んで、あの怪しい草をちらつかせて、引き換えに国民から大金や宝物を要求するなどの極悪非道を働いているのだ!」
うん。
やってることは間違いなく極悪非道なんだろうけれど。
なんか、俺が思ってた異世界転生と違う。
ところでその大麻王さん、名前はなんていうんですか?
肩書きはちょっとアレでも、威厳たっぷりな本名があったり?
「大麻王の名前は、ミハイロ・ンバエという!」
もう名前からしてアフリカあたりの麻薬王じゃねぇか。
聞いたことねぇよそんな名前の魔王。
「勇者よ。そなたは英雄の加護として、あの怪しい草の誘惑を完全無効化できるスキルを持っておる! もはや、この国を救えるのはそなたしかおらんのだ! 引き受けてはくれまいか!?」
まぁ、困ってる人を見捨てるのは……って、ちょっと待って。いまサラリと重要なこと言わなかった? 怪しい草を完全無効化できるスキルって? え、まさかそんなのが俺のチートなの?
「その通りだ! 勇者として選ばれたそなたに、神が授けてくださった究極のスキルだ!」
なにが究極だよ。
聞いたことねぇよそんなしょうもないチートスキル。
無効化以前に、やらなきゃいいだけの話じゃねぇか。
チートでも何でもねぇよ。人として当然のことだよ。
「ともかく、全てが手遅れになる前に、あの大麻王を倒して、あの怪しい草がこの国に流れ込んでくるのを止めてほしいのだ! 頼む、勇者よ!」
ま……まぁ、だいぶふざけた話ではあるけれど、王様はいたって真剣だし、俺はあのまま事故死するところをこうやって拾ってもらったワケだし……仕方ない。とりあえずやってみますよ。
「おお、引き受けてくれるか! ありがとう! ではさっそく家臣たちにそなたの旅支度をさせて……む……ぐ、ぐううう……!?」
ん、なんだなんだ!?
突然、王様が苦しみ始めたぞ!?
ま、まさか、魔王の遠隔攻撃!?
それとも、重い病を患っているとか!?
「ち、ちょっと待っておれ。禁断症状が……」
そう言うと王様は、懐から怪しい草が入った袋を取り出した。
その袋を開いて、中の草の香りを肺一杯に吸い込む。
「……ふう。落ち着いた。では改めて……勇者よ、どうか頼んだぞ! 全てが手遅れになる前に!」
いやもう既に手遅れだよ。
国王が深刻な中毒者じゃねぇか。
やたら顔色が悪いと思ったらそういうことかよ。
この国もう終わりだろ。
「ちなみに、この部屋にいる家臣たちもみな、例の怪しい草にやられておるぞ」
と、王様に言われたので部屋を見回してみると、ホントだよ。
どいつもこいつもひでぇ顔色してるよ。
なんかプルプル震えてる奴までいるよ。
あれ間違いなく禁断症状だろ。
こんな地獄みたいな空間で召喚された勇者って後にも先にも俺くらいのモンだろ。というか他にいてたまるか。
……さて。
俺はその後、王城を後にして、魔王討伐の旅に出た。
大麻王の城への道のりは、決して楽ではなかった。
大麻王が放った薬物モンスターが、俺の行く手を阻むのだ。
人食いマジックマッシュルームに、アヘン道士。
一角せいざいウサギに、ヘロインキュバス……。
……俺は異世界に来てまで、いったい何と戦わされているのだろう……?
気を取り直して。
旅の途中で、志を同じくする三人の仲間もできた。
一人目は『白の賢者』の異名を持つ少女魔法使い、リーファ!
白いふわふわロングヘアー、白いローブ、白いフードと白づくしの出で立ち!
クールながらも儚げな雰囲気で、正直に言って俺の好みドストライクだったりします。
「キメるならやっぱり、錠剤タイプより白い粉末タイプよね。私の『白の賢者』の異名の『白』も、例の粉末から取られているのよ」
……はい。この通り、見た目「だけ」は最高な残念系美少女なんです。残念さの方向性があまりにも最悪すぎるけど。
二人目は『不死身』の異名を持つ屈強な格闘家、カイン!
どれほどの攻撃を受けても、一切の痛みを感じないという精神力!
一度戦いが始まれば、全ての敵を殲滅するまで止まらない狂戦士だ!
「んほおおおおお!! おクスリ気持ってぃぃぃぃのぉぉぉぉぉぉっ!!!」
……はい。痛みを感じないのも、敵を殲滅するまで止まらないのも、大麻王の怪しい草を使い過ぎて廃人になった結果です。俺なんでコイツ仲間にしたんだろ。
そ、そして三人目は!
その鋭い嗅覚で薬物モンスターの接近を事前に察知!
エサをあげたら勝手についてきた!
パーティ唯一の良心、野良犬のシンだ!
「ワンッ! ワンッ!」
……ホントにこいつだけが唯一の良心なんです。
リーファは隙あらばキメようとするし、カインは既にキマってるし……。
愛くるしい仕草で俺の荒んだ心を癒してくれる、良い子なんです……。
そして俺たちは旅の途中で、古代の戦争で使われたという伝説の戦車を発見! この戦車を駆って、モンスターたちを蹴散らして進む! 人間三人と犬一匹、そして戦車のパーティの誕生だ!
……なんかさぁ。ファンタジーから別のジャンルになってない?
この戦車のこと『クルマ』とか言い出さない?
火炎放射器を背負った超強いモヒカンとか出てきたりしない?
「竜退治はもう飽きた」とか言ったりしない?
竜が出てきたら出てきたで、今度はドラッグ・オン・ドラゴンとか言い出すんだろ。アウトだよ。
ともあれ、頼れる……頼れる?(疑問形)仲間たちと出会った俺は、順調に旅を進める。
そしてついに、大麻王の城があると思われる地域までやって来たのだ。「あると思われる」と言ったのは、大麻王は城の場所を巧妙に隠しているらしく、俺たちもまだ詳しい場所を知らないのだ。
なぁ仲間たち。
大麻王の城の場所を探るには、どうすれば良いと思う?
「…………あ、ごめんなさい。ちょっとキマってて聞いてなかったわ」
「玉ねぎ食べたいいいいいいんんん!! でもトマトはイヤああああああん!!」
「ワンッ! ワンッ!」
(大麻王の手下を捕まえて、尋問するのが一番じゃないかな。この辺りに大麻王の城があるというのなら、大麻王の部下も近くにいるはずだよ)
なんなんだよこのパーティ。
……なんなんだよこのパーティ。
と、とにかく。俺たちはシンの意見を採用し、まずは情報を持っていそうな大麻王の手下を探すことにした。するとちょうどそれっぽい、おあつらえ向きなヤツがいた。
そいつの見た目は、いわゆるオーソドックスな悪魔だ。
紫っぽい体皮を持ち、背中には蝙蝠のような禍々しい翼。
頭からは二本のねじれた角が生え、口からは鋭い白牙を剥き出しに。
見るからに凶悪そうな双眸は、爛々と赫く輝いている。
……なんでここの悪魔の描写、やたらと気合入ってるんだよ。
誰に対してのツッコミとは言わねぇけどさ、ここぞとばかりに物書きとしての技量を見せびらかそうとしてんじゃねぇよ。
一方で、悪魔は俺たちに気付くと、これまた凶悪な笑みを浮かべた。
哀れな生贄を見つけたような、まさしく悪魔的な表情だ。
そしてニヤニヤしながら、俺たちに話しかけてきた。
「キキキ。大麻王様を倒しに来た勇者たちだな。快進撃を続けてきたようだが、それもここまでだ。これを見ろ!」
そう言って悪魔が取り出したのは、袋に入った怪しい草。
もはやこちらの世界に来てからお馴染みとなった、危ないおクスリである。
「ここで大人しく引き返すのであれば、この草をお前たちにやろう! 昨日収穫したばかりの新鮮なやつだぞ! さぁどうする!?」
「くっ……下級悪魔のクセになかなかやるわね。どうすればいいのかしら……」
「おお……おおお……おおおおおおおおおお!!!」
仲間二人はちょっと揺らいでんじゃねぇよ。
勇者パーティ以前に、人として耐えろよそこは。
「キキキ。さぁ勇者よ、お前はどうする? この草を使うとすごくイイ気持ちになれるぞぉ? 試してみたくはないかぁ?」
いや全然。
「キッ!? きっぱり断られただとぉ……!? だ、だがしかし、ちょっとくらい興味はあるだろう!?」
いや全然。
「な、なんだキサマはぁ……!? 未知の快楽が目の前にあるというのに、この徹底的な関心の無さ! キサマそれでも人間かぁ!?」
だってこれが、俺のチートスキルだから。
俺は、その怪しい草の誘惑を完全に無効化することができるから。
……うん。自分で言ってて悲しくなるわ。
今からでも別のスキルに変えてくれないかな。
もう贅沢は言わないから。
釣りが上手くなるとかでも全然良いから。
「お、おのれぇ! ならばもはや、実力行使しかあるまい! オレの爪で引き裂いてやるーっ!」
そうはさせるかっ!
俺はすぐさま戦車に搭乗!
そしてそのまま、全速前進!
誘惑の悪魔を轢き逃げだ!
「ぐぇぇぇ!? お前がやってることの方がよっぽど悪質だと思うんだがぁぁぁ!?」
さて、俺たちは悪魔の無力化に成功した。
さっそく悪魔に、大麻王の城の場所について質問する。
さぁ、大麻王の城はどこにあるんだ!?
「ケッ! オレは口が固い悪魔でね! ボスがいるアジトは絶対に教えないねーっ!」
……細かいところにツッコむけどさ。
「ボス」が魔王で「アジト」がお城のことなんだよね?
もう完全に麻薬組織壊滅アクション映画のノリじゃねぇか。
普通に魔王って呼んでくれよ。魔王の城って言ってくれよ。
仮にも異世界転生ファンタジーものなんだろこれ。
一向に口を割ろうとしない悪魔の前に、ウチの魔法使い枠であるリーファが立った。
「時間の無駄ね。喋りたくないのなら、喋りたくなるようにしてあげる。そーれ、へろへろの魔法ー」
そう言ってリーファが杖をかざすと、彼女の杖の先端から煙のようなものが発生した。そしてその煙が悪魔を取り巻き始める。
すると、リーファの煙に包まれた悪魔が、いきなり焦り始めた。
「こ……この煙は!? い、いかんっ! 頭が……ボーっとしてきた……」
「ふふふ……煙が身体に回ってきたようね。どうかしら? 私の魔法はよく効くでしょう? ちなみに、へろへろの魔法の『へろ』はヘロインの『ヘロ』よ」
かつてここまで最低な魔法があっただろうか。
いや、無い。(反語)
「さぁ、頭が気持ちよくなってきたでしょう? 大麻王のアジトを吐きなさい。楽になるわよ」
「キ……この先にあるスラム街の、一番大きな建物だ……!」
だーかーらー、立地が完全に麻薬組織のアジトじゃねぇか。
お願いだから城くらいは用意しといてくれよ。
これ異世界モノなんだろ仮にも。
そしてリーファはというと、用済みになった悪魔に向かって、未だに煙を発し続けている杖の先端を近づけ始めた。
「教えてくれてありがと。そんな良い子には、この煙をもっと嗅がせてあげるわ」
「ま……待て……それ以上は駄目だ……! ヘロインは大量に摂取すると呼吸困難を引き起こし、昏睡した後、死に至るんだぞ……!」
「ちょっとくらいなら大丈夫よ。ほらほらー」
「よ……よせ……! 頼む、見逃してくれぇ……! 俺を見逃してくれたら、この白い粉をタダでやる……! それだけじゃない。俺の住処に帰れば、おげんきになるキノコやマタンゴも揃ってる……! それも全部やるから……!」
「粉はもらっておくわ。でも私、キノコの類は興味無いの」
粉もらうなや。
捨てろや。
「ま……マタンゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
っと、いかん。またカインが暴走しだした。
俺がカインを止めておくから、リーファは悪魔にトドメを刺しちまえ。
「分かったわ。……さぁ、苦しいのは一瞬だけ。すぐに天国に行けるわよ」
「お、お前らそれでも正義の味方か!? ま、待て! 来るんじゃねぇぇ! オレのそばに近寄るなああーッ!!」
……そういえば、その台詞の人も薬物関係者だったね……。
さて、俺たちは悪魔から聞き出した情報を頼りに、貧しい人々が暮らすスラム街の一番大きな建物に潜入する。周囲の掘っ立て小屋と雰囲気はそう変わらない、ちょっと大きい木造のボロボロな建物だ。ここが俺の異世界冒険譚の最終決戦の地となるんだ。誰か嘘だと言ってくれ。
建物内に潜入したが、不気味なくらい静まり返っている。
仮にも侵入者がやって来たというのに、誰も撃退にやって来ない。
「ワウ。ワン」
(敵の気配はしないけど、ニオイはなんとなく残ってる。気を付けて)
シン……お前本当にいい子だなぁ。
俺はもうお前だけが頼りだよ。
「私もニオイを感じるわ。このニオイは……コカインね。どこにあるのかしら。ちょっとキメていきましょうよ」
お前はちょっと黙っとれい。
そんなんだから俺はシンしか頼れないんだよ。
もう『白の賢者』から『粉の賢者』に改名しろ。
「『粉の賢者』……まるでシャーロックホームズみたいな異名ね」
シャーロックホームズだってそこまで節操無しじゃねぇよ。たぶん。
あとなんでお前シャーロックホームズ知ってんだよ。
それから俺たちは、建物の二階の、一番奥の部屋のドアを開けた。
ドアの先は広めの部屋で、少し薄暗い。
そして、その部屋の奥の方に『ソイツ』はいた。
ソイツは、男だった。
焦げ茶色の肌に、チリチリのパンチパーマ。つまるところ黒人の男性。
眼前の風景がクッキリ映る黒っぽいサングラスをかけている。
異質で恐ろしげな雰囲気なのに、服装はTシャツに布ズボンとラフな格好。
その男の姿は、異世界の魔王と呼ぶには、あまりにもアフリカあたりの麻薬王だった……!
黒人の男は、テーブルの上で粉末状の怪しい草を計量しているようだった。匙で草をすくい上げて、その香りを嗅いだりしている。
男はこちらに気付くと、作業を中断して声をかけてきた。
「やぁ……勇者様御一行だな? 俺の名前はミハイロ・ンバエ。この世界を手中に収めんとする男。人は俺の事を大麻王と呼ぶ」
この、ただならぬプレッシャーを放つ男が、大麻王ミハイロ・ンバエ……!
……やっぱり頭からつま先まで全部麻薬王じゃねぇか!
お前、魔王枠なんだろ!? せめて魔族を出してくれよ!
なんでいかにも麻薬シンジケートやってそうな成人男性が出てくるんだよ!
俺は異世界ファンタジーがしたいんだよ! B級アクション映画じゃなくて!
「そうカッカするなよ。せっかく仲間に出会えたというのに」
うるせぇ! お前に俺の無念が分かって……は? 仲間?
何の話だ? 俺とお前が仲間だって言うのか?
あいにくだが、俺に薬物と関係があるような危ない仲間はいないぞ。
「草も良いけれど、私は白い粉が良いの。大人しく差し出しなさい」
「みっ! 水着の美女たちがぁぁぁぁぁ!! 山登りぃぃぃぃ!!!」
……こいつらのことは気にしないでくれ。
ただの通りすがりだ。
「クククッ、そう邪険にしないでくれよ。オレとお前は仲間なんだぜ。なぜなら……オレもお前と同じく転生者だからだ」
……え? そうなの?
もしかしてお前も、もとは俺たちと同じく善玉の人間だったり?
この世界で大麻王をしているのも、何か理由があって……?
「オレはもとの世界でもクスリを取り扱っていた。ある日、仕事をヘマして命を落としてしまったところで、この世界に流れ着いたんだ」
やっぱり麻薬王じゃねぇか!
正真正銘の麻薬王じゃねぇか!
徹頭徹尾な麻薬王じゃねぇか!
「……んで、この世界にもクスリになる薬草が溢れていてな。この世界の連中は、まだそれらの薬草の真価に気付いていなかったようだったから、オレが教えてあげたのよ」
善玉でも何でもねぇ! 吐き気を催す邪悪じゃねぇか!
それでどれだけ多くの人が苦しんだと思ってるんだ!
「苦しんでなんかいないさ。このクスリは苦しみを取り除くためのモノなんだからな」
取り除いてなんかいねぇよ!
忘れさせているだけだ!
忘れているだけで、ちゃんと残ってるんだよ苦しみは!
そして後になって、副作用と一緒に全部自分に返ってくるんだよ!
人間はなぁ、そんなモンに頼って苦しみから逃れちゃダメなんだよ! 立ち向かわなくちゃダメなんだ!
そりゃあ苦しみに正面きって立ち向かうのは辛いかもしれねぇけどよ、友達とか、家族とか、ネットの匿名掲示板とか、クスリより頼りになりそうなモンはいくらでもあるだろうがっ!!
「どうやら、オレとお前はどこまで行っても平行線らしいな。……だが、同じ転生者のよしみで、最後に一回だけ聞いてやるよ。なぁ勇者さんよ、オレの下に付かねぇか? そうすれば、世界の半分をお前にやろう」
『世界』って単語にそんなルビ振る魔王なんか初めて見たわ。
……まあでも、どちらにせよ、お断りだ。
薬物も、魔王も、ダメ、ゼッタイ!
「そうかい。それなら仕方ないな」
そう言って、大麻王は指をパスン、と鳴らした。
……いや「パスン」じゃねぇよ。
指鳴ってねぇじゃねぇか。
「んー? おかしいな、お前が来るのに備えて練習していたんだが……」
かわいいかよくっそ!
俺のために練習して備えてくれるのかわいいかよくっそ!
ありがとうね俺のために頑張ってくれて!
……と、そうこうしているうちに、俺たちの周りをたくさんの人間が取り囲んできた。どいつもこいつも虚ろな目をしていて、スコップやらクワやらハンマーやらチェーンソーやら、武器になりそうな物を持ち寄ってきている。こいつら人間なのに、大麻王の側についているのか!?
「ククク、ちょっと例の薬草の魅力を教えてやったら、俺に絶対の忠誠を誓ってくれた連中さ。俺はジャパニメーションには明るくないけど、いわゆる闇墜ちって奴なのかな」
闇墜ちと言うか、ヤク墜ちだと思うんだけどな!
あとさっき敵側で、さりげなくチェーンソーとか持ってきてる奴いなかった!?
ここ中世の世界観の異世界だよね!? なんでそんなもの持ってんの!?
「この人数で襲い掛かれば、お前たちとて終わりだろう。やれ、お前ら」
大麻王の号令と共に、怪しい草に取り憑かれた人間たちが一斉に襲い掛かってきた。これを見て俺の仲間の一人、『白の賢者』あらため『粉の賢者』リーファが杖を構える。
「面倒ね、私がまとめて片付けてあげる。しなしなの魔法ー」
そう言ってリーファが杖を掲げると、杖の先端から霧雨のような細かい水の粒が発生。それが人間たちへと降り注がれる。
霧雨に包まれた人間たちはみな、うっとりとした表情になり、そのまましなしなとその場に座り込んでしまった。これを見た大麻王は、悔しそうに舌を巻く。
「チッ……何だ今の魔法は。なんて威力をしてやがる」
「今のはしなしなの魔法よ。ちなみにしなしなの『しな』はシンナーの『シナ』よ」
「ひでぇ魔法だな。そんな最低な魔法、初めて見たぜ」
お前が言うなや大麻王。
お前だけは言っちゃダメだろその台詞は。
自分のキャラを守ってくれよ。
「あと、揚げ足を取るようだが、人間はクスリに頼っちゃダメなんじゃなかったのか、勇者さんよ。じゃあその魔法はなんだ?」
あのー、これはアレです。
クスリを使ってるというより、友達を頼ってるだけなので。
セーフセーフ。
……と言い合っているうちに、何やらリーファの様子がおかしくなってきた。
「あぁ……それにしても、しなしなの魔法もけっこう良いものね。気持ちよくなってきちゃった……」
あ、アカン。リーファが自分の魔法で自爆し始めている。
これはもう、急いで決着を付けねばならない。
それならば……さぁカイン、暴れろ! お前の力を見せてやれ!
むやみやたらに危険な草をばら撒いたこの男に、天誅を下すのだ!
「キリンさんは好きですうううううう!! でもキリンさんのほうがもっと好きですううううううう!! 何言ってんだお前えええええええ!!」
意味の分からないことを言いながら、カインは俺たちの戦車に手を掛ける。そして、なんと戦車を持ち上げて、大麻王目掛けて投げつけた!
「象がぁっ! 空をぉっ! 飛んだあああああああんんんんんんん!!!」
「お、お前らっ、なんで室内にそんなもの持ち込んで……ぐぁぁぁ!?」
大麻王は、カインが投げつけた戦車に押し潰されて滅びた。
これで、俺たちの戦いは終わったのだ……。
終わったのだ……。
のだー……のだー……。
虚しい。
その後、俺たちは大麻王のアジトを脱出し、建物ごと火を点けて怪しい草も始末した。リーファがもったいなさそうな表情を浮かべていたが、気にしないことにする。
燃え上がる大麻王のアジトを見つめる俺たち。
戦いの終わりが、実感としてふつふつと湧いてくる。
そうなると、頭が自然と「これからについて」を考え始める。
唐突だが、俺はリーファに告白しようと思う。
そりゃあ趣味趣向にひどすぎる問題を抱えてはいるけれど……。
でも、見た目としてはドストライクだし……。
大麻王を倒したことで、これから人々は怪しい草からの脱却を目指すようになるだろう。俺もリーファを支えて、彼女が普通の人間に戻れるよう手助けをしてあげたいのだ。
さっそく俺はリーファに話をしてみることにする。
……なぁ、リーファ。
「ん、なにかしら?」
戦いも終わったことだし、その……良かったら俺と一緒に暮らしてくれないだろうか。
「ごめんなさいね。私、もうカインと一緒になるって決めてるから」
ほああああああああぁぁぁぁぁぁ!?
「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああほ!!」
うるせぇお前は黙ってろカイン!
な、なんでだよリーファ!? なんでよりによってカイン!?
見ての通り、こいつ頭パッパラパーだよ!?
一緒になったって、苦労しかないよ!?
仮にも賢者でしょ!? 賢き者なんでしょ!?
これから先のリスクを考えようよ!?
「ま、なんとかなるでしょ」
それで良いのか賢き者ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
じ、じゃあ分かった! 俺を好きになってくれとは言わない!
でも、せめて、カインだけは止めといたほうが良いと思うんだけど……。
「……ねぇ勇者ちゃん。カインはね、こんな状態になりながらも、元の自分を取り戻して社会復帰しようと必死に頑張ってるの。でもそれはきっと、魔王を倒すより辛い道のりよ。誰かが隣で支えてあげなきゃ。そしてそれが、私の役目だと思うのよ」
うわぁ急に真面目になるな!!
わ、分かったよ、そこまで言うなら、もう止めないよ……。
「理解してくれて嬉しいわ。ほら見て。カインも喜んでるわ」
「あれええええええ!? 天国のおっかさんがあああああああ!! 俺の目の前にいるううううううう!! そして、俺に中指ぶっ立ててるよおおおおおおお!! いやっほおおおおおおおうう!!」
……ねぇ。最後に、後学のためにこれだけ聞いていいかな?
俺はいったい、こんな奴のどこに負けたの……?
「うーん……顔とか?」
あ、さいですか……。
こうして俺の初恋は散った。
「ワンッ! ワンッ!」
ああ、シン、お前だけだよ。
俺の味方でいてくれるのは……。
良かったら、お前だけでも俺と一緒に暮らさないか……?
アニマルセラピーで心を癒されたい気分なんだ……。
独り身同士、仲良くしような……。
「ワンッ!」
(ちなみに自分、妻子持ちです)
裏切りおったなこの犬ぅ……!
そして最後に、失恋と裏切りで心身ともにボロボロになって立ち尽くしていた俺の前に、晴れて勝ち組となったカインが立った。なんだよカイン……この負け犬を笑いたきゃ笑えよ……。
「勇者殿! 俺が貴方の分までリーファさんを幸せにしてみせます!」
うわぁ急に真面目になるな!!
その後、俺は王城へと帰還。
リーファ、カイン、シンとは途中で別れて、俺だけが王城へ報告に戻った。
王城では、大麻王討伐達成のお祝いパーティが開かれていた。
「おお勇者よ! よくぞ戻られた! そなたの働きによってこの世界の平和は守られた! 国を代表をして礼を言わせてくれ! ありがとう!」
どういたしまして……うん、どういたしまして……。
なんだろう。長く苦しい戦いだった。
大切なものを、たくさん失った気がする。
虚しい。
あと、すごく今更だけどさ。
マッハ2で突っ込んでくるトラックってなに?
戦闘機かよ。
「これから我々は少しずつあの怪しい草をはじめとした薬物を克服していき、最後には元の健康な人間に戻れるように頑張ろうと思う! さぁ、ひとまず勇者殿も、このお祝いケーキを食べるがよい!」
そう言って、王様自らが、見上げるほどに大きなケーキの一部を切り分けて、俺に手渡してくれた。
俺はさっそく、そのケーキをいただくことにする。
いただきます。
パクッ、もぐもぐ……。
……なんだこのケーキ、エグイ味がする……。
「そのケーキはシェフの新作らしい。なんでも、小麦粉の代わりに、ちょっと怪しい白い粉を投入してみたのだとか!」
馬鹿なの?
ねぇ馬鹿なの?
おクスリを克服するお話はどこに行ったの?
元の健康な人間に戻れるように頑張るお話は夢だったの?
そんで、とうとう俺もキメちゃったよ? アンタのせいで。
「おお、そうか! これでそなたも同志だな!」
同志だな!じゃねぇんだよ。
シャレにならねぇんだよ。
お前、次会う時は法廷だぞ。
……と、その時だった。
王城の兵士の一人が、血相を変えてパーティ会場に飛び込んできた。
「た、大変ですーっ! 大変ですーっ!!」
「何事か、騒々しい! せっかくのパーティだというのに!」
王様が、飛び込んできた兵士を厳かな声で諫める。
王様、ここに来てたぶん初めて威厳ある姿勢を見せた。
一方、そんな王様を前に委縮することもなく、兵士は報告を続ける。
「だ、大臣様が乱心なされました! 酒を司る異界の邪神に取り憑かれてしまったらしく、邪教団をぶち上げて、その教団の司教の地位に就き、呪いのワインなるものを人々に与えて配下を増やしつつ、この王城に向かっているそうです!」
「なんだと……!?」
王様が窓の方に駆け寄って、外の景色を見る。
俺も、他の兵士たちも、つられて窓から外を見る。
すると確かに、王城の城門前にただならぬ集団の姿があった。
「ふははははは!! さぁお前たち、好きなだけ飲めぃ! 共に我らが酒の永遠の栄光を称えるのだぁ!!」
「おお……酒は来ませり! 酒は来ませり!!」
「酒よ! 我らを救い給え! その大いなる銘柄の元に!!」
「酒は我らと共にある! 飲ーメン!」
集まった邪教徒たちが、王城の城門を破ろうと押し掛ける。
それを窓から見ていた王様が、俺に声をかけてきた。
「おぉ……なんということだ……! 勇者よ、あれを止められるのもまた、そなたしかいないだろう! どうか助けてくれぬだろうか……!」
………………………。
憧れだった異世界。
夢にまで見た異世界。
その異世界の空の下で、こんなことを思うことになるなんて。
あの頃は、夢にも思わなかった。
……元の世界に帰してくれ…………。
※後書き
「薬物乱用、ダメ、ゼッタイ。ミハイロお兄さんとの約束だ」
だからお前が言うなや。
あとお前、生きとったんかい。
「それと、こんなに長い短編を最後まで読んでくれて、その……ありがとうな」
かわいいかよくっそ!
ちゃんとお礼言えるのかわいいかよくっそ!
俺からもありがとうね!
「最後に、下の評価ポイントを星5にしてくれたら、世界の半分をお前にやろう」
おう、悪質な勧誘やめーや。
無視していいからな、こんな奴!