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With a Doll  作者: 藤林ミドリノフ
17/20

男の意地、誇り。

 外は既に闇に包まれていた。ホテル正面の階段は周囲を邪魔しない程のおとなしい照明で照らされている。その中で派手にライトアップされた噴水を眺めながら、ギルは黙って立っていた。

「聞かないんですね」

 その隣にはアリサがいる。彼女は何も言わぬギルを見据えた。

「ん?ああ、じゃあそうだな……。何を見た?」

「……なんで『見た』、とわかったんですか?」

「わかるとも、目ぇ開いてたし」

「……そうですか、……一瞬、血塗れのスーツのお方が」

 苦虫を噛み潰すように辛そうな面持ちでアリサは語った。それ以上は話させまいとギルは口を挟んだ。

「なるほど、じゃあ貴族や上流階級とも関係があったって事か」

 彼女の見た光景は、ある意味手掛かりとも言える。

「何にせよ、一歩前進って所だな。……大丈夫か?」

「ええ、というか気遣ってくれるんですね」

「まぁな、辛かったら話くらいは聞いてやれるぞ?」

 意外そうに聞いたアリサにギルはさも当然のように答えた。アリサは目を細めた。

「ギル、大丈夫ですよ。私はもう逃げませんから」

「……おう」

「だから、その場その場でそれっぽい事言って乗り切ろうとするの、私の前ではやめていいですよ?」

「え、ちょっと待って、胸が痛いんだけど」

「ふふ」

 ギルはわざとらしく胸を抑えて屈んだ。彼女と出会ってから、思い当たる節は死ぬ程あった。恥ずかしい。

「あ?」

 屈んだ際に、視界の端に何かを捉えた。ポケットからゴーグルを取り出して目に当てた。

「ケインと、ニナさん……?」

 丁度、噴水の裏側。水の勢いが緩くなった瞬間にそれは見えた。しかし、様子がおかしい。

「……もう一人いないか?」

「え?ホントですか?」

 ケイン、ニナ、そして誰かが立っている。ギルとアリサは気付かれないよう、噴水へ向かう階段を下り少しずつ近づいた。



「どうして……」

 その声が聞こえたのは階段を下り切る頃であった。酷く弱々しいが、ケインのものであるとすぐに分かった。ケインの目の前にはニナ、そして見知らぬ黒髪の男が立っていた。長い髪は伸びきっており、彼のだらしなさを少し感じる。彼のベルトには鞘に納められた刀剣が括りつけられていた。見てくれはケインと対照的だが、彼もまた、騎士の位に就いているらしい。

「どうしてって……そうね、まぁちょっと興味があったってのが正しいのかも。副団長と遊べるなんて、中々無いでしょ?」

「ニナ、お前はまたそういう……」

「ごめんね、ランディ」

 ニナの横で、ランディと呼ばれた男は面倒くさそうに頭を掻いた。

「マジかよ……」

 ギルはそう呟いた。なんとなくの事情は推し量ることが出来た。イレギュラーなケース。既にニナには男がいた。

「大体貴方みたいな田舎者を私が相手するわけじゃないのよ」

「それは……」

 ケインがニナに一歩踏み出す。何気ない動作であった。一瞬、光が煌めく。

「なっ……!?」

「あれは……!!」

 ギルとアリサは、アクセサリーが飛ぶのを見た。それは、ハルケウサギのアクセサリーで。シルキーがケインのために拵えた物であった。ケインの剣の柄から切り離されたそれは、宙を舞って地面へと落ちた。

「彼女に近づくな」

「きゃー!!ランディ、カッコいいー!!」

 光の正体は剣であった。閃いたそれはアクセサリーを結ぶ紐を一瞬で切断した。ランディは剣をくるくると回して鞘へと納めた。

「て、テメェ!!」

「ギ、ギル!!」

 アリサの制止も聞かず、ギルがランディに向かって走り出した。シルキーがケインを思って作ったアクセサリーを。怒りがギルを動かした。

「ギル、待ってくれ!!」

「おい、ケイン!!お前まで!!」

 ケインに腕を伸ばされ、いよいよ彼は立ち止まった。

「もう、いいんだ。済まなかったね……」

「ケイン、お前よぅ……」

 ギルは力無く笑うケインの顔を見て、胸が冷えるのを感じた。こんなのってあるか、そう思わざるを得なかった。ケインは膝をついてアクセサリーを拾うと、胸に抱き留めた。

「んー……、面倒になってきたな。帰るか」

 ランディは眠そうに欠伸をする。

「ごめんなさいね、ケイン。ただ、彼は貴族出身だし、優しいし」

 ニナはランディの良い所を並べ立て始めた。ギルはそれを歯を食いしばり聞いていた。そして、ケインは諦めたように頷いていた。

「なにより、貴方より強いの。じゃあね」

 ニナはそう言って踵を返した。ランディもその後を付いて行く。

「っ!?」

 ギルの肌にぞくり、と嫌な感覚が這いずった。彼は何か末恐ろしいものを感じた。

「待って!!待ってはくれないか!!」

 弾けたようにケインは二人の背中に声を上げた。

「……なによ」

 ニナは先程までとは違う、明らかな敵意を持った視線でケインを射抜いた。しかし、ケインは臆すること無く続けた。

「済まない、付き纏うような真似をしてしまって。最後に一つ、頼みがある」

「そんなの……」

「ランディ、君と手合わせがしたい」

「んあ?俺と?」

 ケイン以外の全員が驚く。何を言っているのか理解出来ない、と言った風に皆の動きが止まった。

「僕より強いというのに興味が湧いた。お願い出来るだろうか」

「……ふーん、いいだろうよ」

 ランディは再び剣を抜いた。

「ゲルト公国第三騎士団の副団長とお聞きしている。勿論、俺が勝ったら副団長を倒した男として触れ回っても良いんだろうな」

「構わないよ、僕は君と戦いたいんだ」

 ランディの心に邪な思いが産まれる。副団長を倒した男としての名誉。彼の自己顕示欲を満たすには十分過ぎる。幼い頃から貴族の息子として得られる物を得てきた彼にとって、栄誉ほど手に入れる事が難しい物は無かった。

「ふっ、後悔するなよ。副団長様」

 それが、目の前からノコノコやって来たのだ。このチャンスは二度と来ない。彼はそう思い、手合わせを快諾した。

「殺すつもりで来てくれ。じゃないと意味が無い」

「お、おい、ケイン」

「……ヤバかったら、止めてくれ」

「はぁ!?」

 ギルはケインを振り向かせる。意味が分からない、と彼の肩を掴んだ。

「頼む」

 ケインの目は真っ直ぐにギルを覗き込んでいた。

「……っ!!」

 ギルは彼に並々ならぬ覚悟があることを察した。ケインは肩にかけられたギルの手を取ると、ゆっくりと降ろした。そのまま振り返り、ランディに正対する。

「よろしく頼むよ」

 ギルはもう一つ、ケインの瞳から読み取った事実がある。それは悪寒。先程感じたものと同じであった。その悪寒は、ケイン自身が発していたものであると彼は気付いたのだ。



 ギルとアリサ、そしてニナが見守る中でケインは剣を抜いた。素朴な造りのロングソード。それが彼の得物であった。

「副団長様が、そんな剣使ってて良いのかい?」

 対するランディの剣には装飾があしらわれており、端から見ても価値のある刀剣であると分かる程の物であった。

「幾つかの戦場を共にした相棒だよ」

「……そうかよ!!」

 先に仕掛けたのはランディであった。直剣を縦に思い切り振り下ろした。ケインはそれを受け止める。剣同士が衝突し合う。ケインは手首を返し、ランディの振り下ろしをいなした。

「どぉらぁっ!!」

 いなされた剣の勢いを殺さぬまま、ランディは身を翻し水平に剣を薙ぐ。ケインは後方へとステップを踏み、態勢を立て直す。

「どうしたよぉ!!」

 ランディの攻撃は留まることを知らなかった。連撃に次ぐ連撃。


「ほら、見なさいよ。ランディの方が強いじゃない」

 状況の一端を見たニナはアリサにそう吹っ掛けた。

「ランディ、普段は適当な感じ出してるけど、一度火が付くと止められないのよ?『瞬速の剣士』って言われてたりもするんだから」

「『瞬速の剣士』……ですか」

 アリサはニナの方を向く事無く、ポツリと零した。それをニナは余す事無く拾い上げた。ニナは思わず高笑いする。

「ほほほ!!ええ、そうよ。彼が絶対負ける訳」

「じゃあ勝てませんね」

「……は?」

 ニナの顔が険しさに染まる。アリサは無表情のまま、彼女を横目で見てほくそ笑んだ。

「勝てませんよ、彼じゃ」

「見てなさいよ、生意気女……。ランディ!!必ず勝つのよ!!」


「言われなくてもぉ!!」

 一際大きい衝撃音。後退ったケインの踵に何かがぶつかる。それは、噴水を形どる石の縁。最早、ケインに退路は無かった。

「貰った!!」

 再び、ランディは渾身の力を込めて直剣を振り下ろした。ケインはそれを受け止める。

「ふ、ふふ」

(勝てる。勝てるぞ!!)

 ランディは思わず笑った。目の前にはケインの顔。奴に逃げ場は無い。勝敗は既に決した。先程から冷静を装ったこの顔を歪める事が出来る。最高の悦楽だ。彼は更に腕に力を込めた。

「……こんなものか」

「あ?」

 彼はボソリと呟いたケインの声に気を取られた。段々と剣が押し返されていく。

「な、なっ」

「……ふっ!!」

 一息、ケインが力を入れると剣と共にランディの身体が弾かれた。

「馬鹿なっ!?負けるかぁ!!」

「……シュッ!!」

 ランディが再び剣を振り下ろす瞬間、ケインがランディの目の前に何かを放り投げた。ギルはそれを見逃さなかった。

「……アクセサリー!?」

 ケインが投げたのはハルケウサギのアクセサリーであった。それは不思議と少し輝いて、光と共に破裂音を鳴らした。ケインはいつの間にかアクセサリーに魔法を付与していた。

「のっ!?」

 ランディの動きが止まる。不意打ちであった。ケインはアクセサリーを左手で拾うと、空いた右手で猛攻を開始した。


「な、なんで……」

 ランディが、圧倒的に優勢であったランディが圧されている。その事実を受け止め切れないニナは空いた口を両手で押さえるしかなかった。

「勝てないって言ったでしょ?」

 アリサは彼女を見て心底楽しそうに笑う。ギルは性格の悪い奴だ、と苦い顔をした。

「『剣士』じゃあ勝てないですよ。あれ『狂戦士』らしいですから」

「……は?」


 アリサは先日シルキーから聞いていた。それは丁度レストランでギルとケインが席を外していた時のことである。

「ケイン様、戦場でもとても強いのよ。狂戦士と言われるくらい」

「狂戦士?」

「そう、戦いの神に愛されたと言われるほどの戦上手らしいの。ありとあらゆる武器を使い、手段すらも選ばない。自分自身が抜身の剣のような彼」

「そこまで強いんですね」

「その二面性がたまらないのよー!!カッコいいーっ!!」


「ランディさんはあくまでも剣士。けれど、彼は戦士。武器が剣か、本人自身が武器か。その違いだけだけど、その違いは死ぬ程大きい」

「あ、あ……」

 ニナは目の前の光景に身を震わせるだけであった。


「う、うわぁぁぁぁ!!」

 ランディは肉体的にも、精神的にも追い詰められていた。圧倒的な力量差の前に、為す術が無かった。受け止め、弾いてもあらゆる角度から剣戟は放たれる。

「なっ、ならぁ!!」

 起死回生、ランディは一撃に賭けた。右手の剣による突きである。ケインは殺すつもりで来い、と言ったのだ。どうなろうと、知った事ではない。

「は、外した!?」

 勢いよく突き出した剣はケインを捉える事は無かった。ケインは剣を投げ捨て、突き出されたランディの腕に自身の腕を絡めた。ランディの身体を乱暴に引き込む。そのまま振り返り姿勢を低くして、自身の背中で彼の身体を持ち上げた。

「のわっ!?」

 投げ飛ばされたランディは受け身を取れずに地面へと叩きつけられた。ランディは取り落とした自身の剣へと駆け寄ろうとする。

「させん!!」

 ケインは剣の鞘をブーメランのように投擲し、ランディの剣を弾き飛ばした。

「ひ、ひぃぃ!!」

 ランディは勝機を完全に失ってしまった。迫りくるケインは彼の目に悪魔のように映り込んだ。ケインは慄く彼に剣を突きつけた。

「あ、ああ……」

「……はっ!!」

 そのまま、剣を突き出した。ニナは顔を背けた。アリサは目の前の光景をただ見つめていた。ギルは。

「ス、ストップ……終わりだ!!終わり!!」

「……へ、へぇ?」

 ランディが目をゆっくりと開けると、視界が蒼色の靄がかって見えた。その向こう側には剣の切っ先が止まっていた。その切っ先は揺れている。

「もう、いいだろ。ケイン、お前の勝ちだよ。ランディさんもそれでいいっすよね?」

「あ、ああ……」

 ギルはランディとケインの突き出した剣の間に自らの腕を差し込んでいた。彼の手からは魔法障壁が展開され、ランディの身を守っていた。

「……ふぅ」

 ケインは一息つくと、歩き始めた。ランディの剣と自分の鞘を手に取った。自身の剣を鞘へと納め、またギル達の元へ帰ってきた。そして、ランディに手を差し伸べた。

「良い勝負だった。すまない、田舎者故に加減が分からなかった」

「……くっ!!」

 ランディはケインの手から乱暴に剣をひったくると、ホテルとは逆方向に駆け出した。

「ま、待ちなさいよ!!ランディ!!」

 その背中をニナもまた追いかける。残されたのはギル達だけであった。静寂が夜の空気を支配する。

「……少し、意地悪だったかな?」

 ケインは何処か遠くを見ている。

「いや、んなことねぇよ。むしろスッキリしたくらいさ。アイツ、シルキーのアクセサリーふっ飛ばしやがって、良い気味さ」

「はは、ありがとう、ギル」

「……ムカついたんだろ?」

「ああ、彼より僕の方が弱いわけないさ。それを、どうしても証明したかったんだ」

「本気で殺しにいったろ、お前。あんまり手間かけさせんなよ」

「ごめんよ、君なら止めてくれると思ってさ」

 ケインとギルは笑いあった。だが、ケインの笑い声が段々と震えるものへと変わっていった。

「はは、ははは、本当に、好きだったのになぁ……」

「……ケイン」

「ん?ギル、どうした?」

 涙声のケインに、ギルはスーツのボタンを開けて腕を広げた。

「泣け、そして忘れろ」

「はは、何を、言うかと思えば」

「恥ずかしいならここで泣け」

「……ギル、君って奴は」

 ゆるりと歩き、ケインはギルの肩に腕を回した。そのまま、もたれかかる。

「僕は、本当に好きだったんだ……」

「ああ」

「う、うぐ、それなのに……」

「お前は悪くないさ、プライド守るために良く頑張ったよ」

「う、うう、うおおぉぉ!!」

 ケインはギルの胸の中で泣き始めた。美しき友情の形であると彼らは後に語る。

「……何これ」

 アリサは後に、途中までは理解出来たが、そうはならないだろと思った、と語る。

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