18 ケラスィアの記憶 8
エアロンがサファを見つけたと手紙を寄越した日、アシェルとその側近達は別件で立て込んでいた。
貴族社会では昔から賄賂、不正、横領などの犯罪は芽を詰んでもまた後から芽を出しては絶えずに繰り返されてきた。
昨年、メルヴィル卿を洗い浚い調べた時に書類の改竄によるかなりの額の横領と罪の揉み消しが明らかになった。
メルヴィル卿がそれをするには各部門での協力者が必要で有るはずであり、またその協力者もいい思いをしている筈であった。
だか、その尻尾はメルヴィル卿が処罰されたことにより警戒されてしまい出されることはなかった。
確信できるのはその不正者達がイシュタルの使いを手中に収めたいと躍起になっている事だけだ。
だが、サファはまた行方不明になってしまっていた。
フェガロフォトの政治は四つに大きく分けられる。
修学院
アシェルが在学している。
15歳の成人洗礼を迎えるまでの子供が通い、政治のあり方と魔術や剣術を学ぶ為の場所である。
昔は男子校であったが今は共学制。
全寮制でなくなり、自邸から通える者は寮に入る必要はない。
国手館
主に病気や怪我に対し専門的に治療をする機関。
薬室、医室、生体研究所があり、バックレー卿はここの館長をしている。
法立館
問題が出た時にそれを解決する為に法律を作る機関。犯罪が起こった時に裁くのもここが担っている。因みに、騎士団もここの管轄下になる。
行政館
法律に伴い、どこの領地でも大体同じ様な運営になる様に制度や仕組みを決めている。
外交などはここの管轄にあたる。
国王は細かく決める事はないが、内容を聞いてそれらを辞とするか承とするのかの決定をしその後の様子も含めて行っている事の審らかさを訪問をして評価をする。
それぞれの館長と修学院の院長は国王が任命している。
メルヴィル卿には行政官、法立館どちらにも協力者がいる筈。
その罪についての調査と罪人の拿捕はアシェルの指揮下である騎士団が行うことになっていた。
「進まない」
アシェルは執務室で頬杖をついて報告書を読んでいた。
「彼方さんもかなり警戒しているんだろうな」
狡賢さに関しては頭の回転もより速い相手は中々手掛かりを残そうとはしてくれなかった。
そもそもそういう行為自体がこの状況で行われていないのだ。
「エリュシオンはどこ行ったんだよ」
「しらん、あいつはいつも勝手に何かして帰ってくる」
少し前の事が面白くなかったのかアレクシスが「放っとけ」という。
そうは言っても、エリュシオンが影で動いている事柄にアシェルは少し期待をしていた。
エリュシオンはペルカに行ってきてからなんだかより一層愉しそうに「さあ、どうしてくれようか?」と捻くれた意気込みを見せていた。
事が動き出す予感がする。
ガチャっとノックもなしに部屋の扉が開くと噂をしていたエリュシオンが顔を出した。
「いい事を思いついた」
「お前のいい事は何が出てくるか分からなくて怖いんだけど」
出し抜けに言ったエリュシオンの言葉にアシェルは期待を持つように言う。
「またまたぁ、本当は期待してるでしょ。顔に書いてあるよ」
「…………」
「……それで?」
黙ったアシェルの代わりにアレクシスが勿体ぶらずに言えと言う様にぶっきら棒に聞いた。
「アレクシス、ちょっと最近僕に対して酷くない?」
「自分の胸に手を当てて考えろ」
「二人ともやめろ、エリュシオン早く言え」
言い合いになりそうになる二人をアシェルは止める様に言うと聞きたかった用件を急かす様に聞いた。
「あのさ、見つかったんだ」
「…………は?」
予想をしていなかった言葉が出てきたので何のことなのか二人ともさっぱり分からない。
「主語がないぞエリュシオン」
なんで分からないのかとでも言う様に、エリュシオンはめんどくさそうな顔をする。
「だから、サファが見つかったんだって」
「えぇ?!」
二人は驚いては見たものの不正の対象者を見つけるにはあまり有力な情報ではない。
膨らんでいた期待は段々と萎んでいった。
「それはまぁ、保護すればいいな」
アレクシスもアシェルの言った言葉に頷いていた。
「もうっ、それじゃ面白くないでしょ?」
「いや、面白いも面白くないもないだろ」
どうすれば面白くなるのかこっちが聞きたいかの様にアレクシスが言う。
「だってさ、折角イシュタルの使いが見つかったんだよ?」
「…………」
エリュシオンが悪戯を仕掛けた子供の様に計画を話し出すと最初は驚いていたが段々と食いつく様に質問をし始めた。
「檻を使うのはいいんだが、あれは複数人でやるやつだろ? それに人間相手に使っていいのか?」
「そこで兄上だよ」
「エミュリエールか……」
よくぞ聞いてくれたとでも言う様にエリュシオンは答えるとアシェルが悩む様に唸った。
エミュリエーは四法陣が使える。
そしてエリュシオンは三法陣の使い手であり、『抒情の檻』は七つの魔法陣から光の柱を生起して目標を拿捕する為のものであった。
「うーん……」
そんな大掛かりの魔術を何処でやるのか?
街中で公にやる物ではなかろうとアシェルは言う。
「そんなの見えなくすれば?」
「…………」
「誰がやるんだよ」
黙ったアシェルに代わってアレクシスが的を得て言うとエリュシオンがアシェルを指刺した。
「おい」
「なんで? この前いったよね? 術式の構築をもっとやった方がいいって」
「う……」
そう言われると何も言い返せず、諦めた様に「分かった……」とアシェルは言った。
今回も前回と同じ様に準備にあまり時間を取れる様な状況ではない。
決行は明後日。
エリュシオンは仕事を終えたあと噂をばら撒いてくると言ってその日のうちから夜会に参加しに行った。
「やれって言うなら教えてくれてもいいのに……」
既にここにはいないエリュシオンに対してアシェルは言うとアレクシスにはフィリズとセドオア、ジュディに作戦を伝える様に言い、部屋で魔術に関する本を読んで当日使えるように術式の構築に専念する事にした。
アレクシスは2の刻頃に執務室を出て団長室に向かった。
日が長くなったと言ってもこの時間になれば大分太陽が傾いて差し込む光が長く影を作る。
何処の窓も少しずつ開けられており入り込む風は何日も前から春が来たことを知らせている。
部屋へ向かうまでの廊下に中庭から飛んで来たのか薄紅色の花弁が落ちている。
気にしてみれば所々に落ちていた。
「はは」
アレクシスはその花弁を踏まない様に避けながら進んで行った。
フィリズとジュディも読んでくれる様に頼んであったので部屋に入ると既に二人とも待機してくれていた。
「そんなの危険過ぎます! サファちゃんになにかあったらどうするんですか?!」
両手で握り拳を作って乗り出す。
「落ち着けフィリズ」
アレクシスはさっき聞いたばかりのエリュシオンの作戦を話すとフィリズは我慢が出来ないと言わんばかりに大きな声をだした。
「本当にサファを使うわけじゃない」
「でも……」
その境遇に立たされるサファを事が心配なのだろう、説明した後も完全には納得を出来ない様だった。
アレクシスがジュディを見ると相変わらず澄ました顔で立っている。
「ジュディは?」
「私は命令ならそれに従います」
「セドオアも異論はないか?」
セドオアは今はもう成人期後半になる歳だか若かりし頃はなかり血の気の多い人物。
彼は話を聞いて昂奮を隠せない様な表情をして首を縦に振った。
「フィリズ、快諾しないのであればお前はこの作戦には参加させない」
「そんな……」
もう一度アレクシスは言う。
フィリズは馬鹿ではない。
異論のある様な人物が作戦に参加すれば碌なことが無い事ぐらいは分かるだろう。
「ダメです……ダメですよ! サファちゃんの関係する作戦に私が参加しないなんて!」
別に本当に参加させないつもりでは無い。
だが、フィリズの場合はサファに対しての想いが強過ぎて念を押して不安要素を軽くしておきたいだけだった。
「さっき言ったことわかったのか? 檻が発動するまでは手出しは禁止だぞ?」
「うう……分かりました」
今回は相手も人目を忍んで行動する。
こっちも、大人数で動くわけには行かない。
この少人数で行う作戦にはタラッサでの捜索に関わっていて信用が出来る人物でなくてはならない。
その点でフィリズは欠くことはできない。
「明後日午前4の刻、大聖堂で顔合わせをする。それまでは俺らも準備をしているから何かあれば手紙飛ばしてくれ」
やれやれ。
アレクシスが息を吐いた後思いの通りに出来た事を自分を褒めるようにニカッと笑った。
翌朝、エリュシオンが執務室へ行くと珍しくアレクシスはおらず、アシェルだけがソファにごろ寝していた。
遅くまで術式の構築でもしていたのか疲れた顔で眠るアシェルの頬をエリュシオンが悪びれもなくつついた。
「うぅ」
歳の離れた兄弟程の年齢とは行かないまでも、それに近いアシェルをエリュシオンは優しい目で眺めていた。
「アシェル」
もう一度頬つつくと、目を開けたアシェルがびっくりして飛び起きた。
「あー……もう朝か……」
「こんな所で寝たら、作戦前に体調崩すよ」
頭をガシガシと掻いているアシェルを見てこれは入浴もしてないなとエリュシオンは思った。
「そんなヤワじゃない」
「アレクシス来てないの珍しくない?」
「アレクシスは葬儀」
「あぁ」
騎士団の同期。
確かに最近そんな話をした。
葬儀じゃ今日は来ないかもしれないとエリュシオンが思っていると、アシェルが立ち上がった。
「風呂」
「ごゆっくり」
エリュシオンがその様子を見ているとその理由が分かったかのようにアシェルは言って部屋から出て行くと、間も無くして部屋に戻ってくる。
「ゆっくりしてくればいいのに」
「あんなの体が綺麗になればいい」
「そう」という言葉とともにエリュシオンは呆れたように息を吐いた。
「お前はどうだったんだよ」
「僕は順調だよ。アシェルはどうなの?」
「……………い」
「え? なに?」
俯いて小さな声で聞こえずエリュシオンは聞き返した。
「うまく行かない」
「そっか……」
その言葉にアシェルは機嫌を損ねたのかそっぽを向く。
(頑張ってるし、ヒントくらいはいいかな)
別に教えるのは構わない。
人に答えを聞けば皆その安易さに考える事を疎かにしてしまう所を見て来た。
エリュシオンはアシェルを椅子に座らせて置いてあった本を開かせた。
捜索の時にも感じた時系列がどうにかなってしまいそう病です。毎日投稿が出来なかったらすみません。
アレクシスが花弁を踏んでは行けないと決めて歩いている所について。
横断歩道で白い所しか踏んではいけない自分ルール。やった事ありませんか?私は心理学的に何か名前がついているのかと思いましたが強迫性障害や催眠と関連しているもののようです。他人に「腕を下げたら死んでしまうよ」と暗示にかけられあげられた腕がおろせない事をカタレプシーと言います。
雑学のコーナーでした。
今日も読んでくれてありがとうございました。