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14 ケラスィアの記憶 4

「…………」


「…………」


 相手も驚いているのか何も言ってこない。


「ア……アイヴァン様……」


 警告を知らせる火の粉がアイヴァンに降りかかった。


「κάθαρση」


 契約に引っ掛かったのだと思ってとっさに呪文を唱えて水を引っ掛ける。

 アイヴァンはびしょ濡れになっていた。


「…………」


「お前……」


 引っ掛けた水が私の髪にもかかってポタポタと水滴を落とした。


 寒いと言う訳じゃない。

 ぶるぶると震えて両手を胸の前で強く握りしめた。


 分からない。

 どうしたらよいか分からない……


「落ち着け。息を吸え」


 床にしゃがみ込み息をするのも忘れて青い顔をしているとアイヴァンに肩を掴まれて息を吸って吐く。


「とにかくこの惨劇をどうにかしてくれ!」


 この惨劇……?

 周りを見渡せば周りは水浸し。

 アイヴァンの持ってきたお酒は樽なので無事だったが、アイヴァンと私と勝手口の周囲は不自然に水浸しになっている。


 首を傾げた。


「水分を蒸発させることができるやつがあるだろう?」


 そう言われて慌てて呪文を唱えた。


「ατμις」


「……いい子だ」


 みるみるうちにびしょ濡れな惨劇はなかったかの様に水分が蒸発していき、アイヴァンが私の頭に手を乗せた。


「ノイ?」


 店の入り口からエイティが帰って来て勝手口の方まで来たのを見てアイヴァンが立ち上がる。


「どうしたんだい? ノイ。あら、エアロン」


「……少しびっくりさせてしまったみたいで、すみません」


 床にへたり込んでいる私を見て何かあったんじゃないかとエイティが庇う様に私の横までやって来てエアロンを見ていた。


「すみません、初めての人なのでお、驚いてしまって……」


「そうかい」


 ピっとエイティの裾を引っ張り言うと納得したよ様に「薬を届けてくる」と言って二階に上がっていった。


「…………」


「……はぁ」


 暫く黙っているとアイヴァンがため息を吐いて運んで来たお酒の樽の様子を確かめていた。


「エアロンだ」


 顔だけ少し私に向ける。


「間違えないでくれよ」


 首を傾げていた私にエアロンが言うと了解の意味で頷いた。


(連れ戻そうとはしない……?)


「……」


「ノイ……だったか?」


 呆然と何も話せないでいる私にエアロンが勝手に話しかけてくる。


「驚かせて悪かったな」


「……あの」


 まだ慣れていないのか、ぎこちない様子で笑うエアロンに聞かなくてはいけないと思って話しかける。


「別に捕まえて来いと言われていない。俺が言われてるのは見つけたら監視をしろと言われているだけだ」


 監視……?

 すぐにでも連れ戻されると思っていた私はエアロンの言葉に呆気にとられた。


「…………」


「お前、間抜けな顔してるぞ? いいか? 居なくなるとか変な事するんじゃないぞ?」


 エアロンに誰がそんな指示を出したのか?それは感じからいってエミュリエールではないと思った。


(エリュシオン様……)


 いつも余裕のエリュシオンは誰よりも何枚も上手だ。


「そう……ですか……」


 少し話の筋とは離れた返事になってまったのにエアロンはわかったように頷いた。


「何かあったら連絡してくれ。俺は魔術はもう使えないが手紙を受け取る事くらいは出来る」


「…………」


「なんだよ?」


「怒ってますか?」


 はぁっとエアロンが溜め息を吐く。


「怒るも何も……」


 呆れられている。

 その言葉が予想できた。


「ノイー?」


 遠くからエイティの呼ぶ声がした。


「ほら、怪しまれるからもう行って」


 私がコクコクと頷くと、エアロンは酒樽を建物中に入れて勝手口の扉を閉めていく。

 私が頭を下げると、表情は見えなかったが小さく笑う声がした。




 昼のうちいつもの仕事をしてから夜になって『ネモスフィロ』という食事処へ向かう。


 サファがノイとしてここで生活をし始めた事はエミュリエールを通じてエリュシオンへ伝達された。

 エアロンが娼館前でサファと会ったと言った時に、エリュシオンからまた出会うようなことがあった時は捕まえなくていいから見張ってるように言われた。


(エリュシオン様がさっぱり分からん)


 ノイは客前に出る事はなく、開店前と後の店の掃除をして、店が空いている間は洗い物をしていた。

 洗い物をしている流しの前の窓は換気のためにいつも空いておりノイがよく唄を唄っているのが聞こえた。


 前に聞いた時よりも随分と穏やかな声をしている。


(イシュタルの使いの唄なんて貴族が金を払って聞くような物なのにな)


 ノイの表情を見たくてエアロンは窓から中を覗こうとした。


「へぇ、本当にいた」


 覗く自分の後ろで感心するような声をがしてエアロンは声を上げそうになり口を抑えられる。


「静かにね」


 弧を描いた唇に人差し指を立てて男だというのにエアロンに目配せをした。


「エリュシオン様……驚くのでやめてください」


「そういうつもりなかったんだけどなぁ」


 無自覚でこれをしてるならそれはそれで恐ろしい。


「連れ戻すおつもりですか?」


 エリュシオンが「何をいってるの?」とでも言いたそうにきょとんとエアロンを見た。


「あはは、見に来ただけだよ。元気そうじゃない」


 なんだ……

 エアロンは何故か安堵した。


「あまり気を抜かないで。ちょっと雲行き少し怪しいから」


「怪しい?」


 急に真顔になったエリュシオンが、今アクティナの何処かでイシュタルの使いが身を隠しており、手に入れれば財産になると貴族の間で噂になっていると言った。


「なんでそんなデマ」


「魔石だよ」


 以前買い取ってくれとレイに託した黄色の魔石がかなり高価らしい。それに加えてイシュタルの使いという存在自体も貴族の地位を上げるのでは無いかと密かに騒がれているのだと言う。


「…………」


 身に覚えがありすぎる内容にエアロンは黙った。


「それならいっそもう保護してしまえば良いではないですか」


 うーん、とエリュシオンが首を傾げる。


「嫌がる女の子を無理やり連れて行くって言うのもねえ……」


「誤解する様な発言はやめてください」


 手で口を塞いで笑いを殺しているエリュシオンに少し顔を赤くしたエアロンが抗議する。

うーん。

思いの外、エアロン君が可愛くて。


エリュシオンにからかわれるエアロンですが、実際身分が高いだけで、エアロンの方が年上です。


因みに、システィーナとエリュシオンが同級生。

エアロンの一つ下がハーミット、一つ上がレイモンドとなっています。


年齢の話はまたいずれ。


今日も読んでくれてありがとうございました。

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