11 ケラスィアの記憶 1
「あれ? 〇〇〇〇〇は?」
2/11 今日は誕生日。
この日は毎年ここに来て唄を唄う。
「ハーミットの家に行った」
「あぁ、今日誕生日だっけ?」
この街の人に感謝を込めて………
「今年も唄ってるね」
「…………」
「もうっ、あんたはいつも黙りなんだから!」
この時期に聴こえて来る唄はあの子が唄ってたものと同じだった。
だけど、人々はあれがバウスフィールドと言う貴族令嬢が唄っているというのだ。
唄が初めて聴こえたその年は不思議だと首を傾げていたものの、これが自分の無事と感謝を伝えるものだとエイティ達は思う事にした。
「相変わらず上手だねぇ」
コックリとウェンが頷く。
11 ケラスィアの記憶 1
何処からかケラスィアの匂いがする。
あぁもう一年経ったんだなと思った。
ペルカから逃げ出して来たサファは暗くなって来た街の中、ケラスィアの香りに釣られて歩いていた。
ケラスィアの木は平民街まで行かないと無い。見つけられる危険はあるが、どうしても見たくて人が少なくなる時間まで待つ事にした。
ひっそりと路地の物陰に座る。
エーヴリルからもらったお金の大半はペルカで使い切り、収入源もない。
お金は無いが、森に行けば食べられる葉があるので事を選ばなければ過ごしていけそうだと思った。
今はもう寒くなくなっているので何処か建物の中で過ごさなくても凍死する心配もない。
目を閉じてペルカのことを思う。
あの後、誰が来ただろう?
私の申し立ては取り上げてくれただろうか?
きっと誰が来ても驚いた顔をしたに違いないと思うとサファは小さく笑った。
いつの間にか眠ってしまったらしく、目を覚ますともう日がとっぷりと暮れている。
(そろそろ大丈夫かな……)
なるべく人気の無い道を選んでケラスィアの木を目指す。
(ここなら良さそう)
一本のケラスィアの木のを見つけて立ち止まると上を人がいないか周りを見渡して薄紅色の花を見上げた。
儚げな香り。
くるくると躍りながら舞い降りて来た花弁を掌でそっと包む。
(ピクニック行けなかったな)
去年はエミュリエールがケラスィアを見せに連れて行ってくれた事を思い出すと、申し訳ないと思いながら一つ瞬きをして何処か安全に眠れそうな所は無いかと夜の街を歩いて行った。
街でレイを見かけた事があった。
別に会った所でレイなら信用が置けるがその時は見つからない様に隠れて行ってしまうのを見送った。
レイは前よりもずっと生き生きとしている様に見えて、理由は分からないけれど、多分何か上手いこと言っているのだろうと安心した。
「キトリ!!」
その何日か後。
さてどうしよう?とふらふら街を歩いていると誰かに呼び止められた。
ここで私の事をキトリと呼び、知っている人なんてペルカの面々かムクおじさんくらいしかいない。
そのどちらでも無い事を確認すると私は一目散に逃げ出すと、相手も同じように私の後を追って来ていた。
追われる恐怖感。
(あの角を曲がった先に行けば……)
そう思ってひょいっと角を曲がった所で角の先にいた人物の横を走り過ぎようとした私の首根っこはむんずと掴まれて簡単そうに持ち上げた。
「物盗りか?」
男の声が頭の上から降って来たが、聞き覚えのない声なので知り合いではなさそうだと安堵したのも束の間、追いかけて来た人物がようやく追いついて息を切らしながら近くまでやって来た。
「すいませんその子探していて……」
「何か悪さをしたと言う訳じゃないんだな?」
「それは大丈夫です」
男が私を追いかけて来た人物に首根っこを掴んだ状態で差し出すと、初めて誰だったのかが分かった。
私はこの人の名前を知らない。
「キトリ」
よく分からず抱きしめられて困惑しながら頭の中を整理した。
「レイから聞いたよ。ペルカから居なくなったんだって? 心配したんだよ?」
確かこの人は、レイの勤め先の『おかみさん』と呼ばれていた。
私と同じくらいの子供を亡くしていたはず。
でも何が何だか……
「あまり心配をかけるんじゃないぞ?」
首を傾げていると後ろから声をかけられた。
「…………」
「ありがとうございます」
私を捕まえた男を見上げて はて? と反対側に首を傾げた。
(見たことある……?)
人の顔を覚えるのは興味がある時だけ。
相手も私の事は知らない様なのできっと気のせいだろうと思う事にした。
「それでは私は失礼する」
男が私達とすれ違って歩いていくのを見ておかみさんが私を見た。
「ほら、行こう?」
私の手を引いて連れて行こうとする。
きっと店に行くのだろう。
「あの……」
おかみさんに言ったつもりなのに、何故か男が振り返って探る様に私を見たので怖くなっておかみさんの後ろに隠れた。
(????)
何故そんな目で見られるのか、その理由はやっぱり知っている人だったと言う事しか考えられなかった。
冷や汗が流れ、耳の奥まで脈動が聞こえて来た。
「大丈夫だよ、行こう」
ただならぬ様子であると思ったのか、おかみさんが私を抱き上げると耳元で小さく言う。
それに少しだけ安心してコクンと頷いた。
「…………」
親子とも違う二人の姿が去っていくのを黙ってみていた男は完全に姿が見えなくなってから思い出す様に中を眺めた。
ちょうど去年の今頃、襲撃が起こった祈念式で唄っていた小さな少女の姿。
「今のは……」
イシュタルの使いだと言われた少女にあった事があるのに顔は覚えていない。名前なんて以ての外だ。
人は私の事を音楽馬鹿と呼ぶ。
人の話す声や生活に関する物音、風や水の流れる音すら頭の中で音符へと変換される。
逆に、音楽に関係ない事はとことん興味が無く覚えることすらしない。
それでも覚えなくては行けない時は音に結びつけて無理矢理覚える事にしていた。
あの声はイシュタルの使いと同じだった。
だが、色が違う。
首を傾げた。
「どうした? ジェディディア」
「いや……何でもない」
同じ顔が世の中には三人いると言う。それと同じ様に、同じ声を持つ者もいるんだな。とジェディディアはそう思う事にした。
身近な人に絶対音感を持った人がいるのですが、生活音がドレミに変換されるので、喧騒している所は頭が痛くなると言っていました。
絶対音感があってもリズムが取れない。
絶対音感があっても歌の音程は取れないと言うのは珍しくないそうです。万能そうでそうではないんですね。
今日もありがとうございました。