祭事の補佐 8『すりむいた心』
突然、呼び出されるものだから、びっくりした。システィーナ様が来ているって言うんだもん。それにしても、どうしてなんだろう?
サファは、掃除をしていたところ、急いで来るように、と言われ、多目的室で着替えをしていた。
エミュリエール様の弟が作ったって言ってたけど、高そうだな。それにこの服も。
今日、貰ったばかりの眼鏡を掛けて、おかしいところがないか確認する。鏡の中に映るのは、見慣れない女の子の姿。
なんか、自分じゃないみたい。
「ハーミット様、準備ができました」
「後は……うん、大丈夫。いい? 俺が挨拶したら、後ろで軽くお辞儀をして」
「分かりました」
「じゃ、行くよ」
サファが頷く。2人は部屋に入っていった。
中には、エミュリエールとレイモンドがいて、1人だけ座っている女性がいる。システィーナ様だ。
ハーミットが挨拶をすると、言われた通りに、サファも頭を下げる。
「ふふっ」
彼女の、押さえた口から笑い声が聞こえたような気がして、サファは微かに首を傾けた。
なにか、おかしい?
でも、その答えは分からないまま、話は進み、システィーナは依頼書の署名をしていた。
「ありがとうございます。システィーナ様」
「いえ、いいのよ」
システィーナはずっと、笑いを堪えてるような表情をしていた。
「依頼は終わりだ。サファ、下がっていいぞ」
「分かりました」
サファは、お辞儀をした後、扉に向かって歩き、もう一度、首を傾げる。だけど、何も言わずに、丁寧に扉を閉めていった。
「ふふふっ。あの様子じゃ、あの子、気づいてそうね」
「君が笑うからだろう? でも、助かった。ありがとう」
「いいのよ。こんな楽しいの久しぶり。珍しいわね、『補佐役』の子を依頼に向かわせようとしてたなんて。初めてじゃない?」
「あの子には、いろんな事をさせてやりたくてな」
「あら」
口に手をあてて、システィーナは眉をあげた。
「彼女は、エミュリエール様のお気に入りの子なんですよ」
「ハーミット!」
「確かに……凄く、綺麗だったわ」
そう言ったシスティーナは、神妙な表情を浮かべる。
「君もやめてくれよ。気にかける必要のある子だったんだ、サファは」
初めて会った時から、不思議な雰囲気を持っていた。その後、能力や、見た目で嫌がらせを受けて、人と接する事が嫌いなんだと知り、どうにかしてやりたいと思っていた。
『補佐役』になった今、サファが変わり始めている。エミュリエールは、それが嬉しかった。
「ふふっ、その話、デートの時に聞かせてね」
「本気だったのか?」
「当たり前よ! 約束よ」
システィーナが帰っていく。その後ろ髪は、来た時よりも、ずっと、楽しそうに揺れていた。
※
補佐役としての、最初の役目を終えて、サファは図書室で調べ物をしていた。読み書きや礼儀作法などの次は、祈念式で準備に携わる為に、必要な情報を覚えようと必死だった。
システィーナ様と会ってから、何日か過ぎて、少しずつ、祭事の準備で訪れる貴族たちが来るようになった。日が近づくにつれ、それは、多くなっていき、何かを聞かれることも多くなった。
エミュリエール様は、ここでは、力なき者に手を差し伸べるのがルールだ、と言っていたけれど。失礼があったら、きっと……
サファは恐ろしくて、身を震わせる。
敬うように、頭を下げて、目を合わせないようにして、気を使い、くたくた、になっていた。
その事の他に、見た目が変わったからだろう。孤児院では、男子に話しかけられるようになり、それが面白くない女子からの嫌がらせは多くなった。
こんなので、補佐役がやってよかったって、本当に思えるのかな?
一通りのことを済ませたサファは、ベッドに倒れ込んでいた。
「サファ? ちょっと! 大丈夫?」
「疲れた……」
様子を見に来たエナが、わたしを見て、背中を摩ってくれる。
「私から、エミュリエール様に言おうか?」
「ダメ……」
「どうして? ご飯だって残してたじゃない。そんなんじゃ、わたし心配よ?」
「…………」
どうして?
ごろんと寝返りをうち、天井をぼんやり眺めた。目を閉じた。
『まずは、祈念式までやってみるといい』
エミュリエールの言っていた言葉を思い出した。
何か得られるんじゃないかと、期待している。そういうことなんだろう。
だから、わたしは、疲れて、へとへとで嫌だと思いながら、少なくとも、祈念式までは、やろうと決めているんだろう。
「もう! あなた、溜め込むんだから、ダメだと思ったらちゃんと相談するのよ? ほら、このまま寝たらダメ! ちゃんと入って!」
エナが布団をかけてくれる。
「ありがとう、エナ。おやすみなさい」
口の端を上げる。目をつぶった瞬間、サファは意識を失うように眠っていた。
祈念式3日前。
今日は、エミュリエールは、1日外出だと、ハーミットは言った。
補佐官である、彼らも忙しいらしく、あまり何かを聞ける状態じゃない。少しずつ、貴族たちの受け答えにも慣れて来ている。
礼拝堂で、捧げ物の搬入を手伝おうとして、走ると、サファは、飾りを持っていた貴族の男に、ぶつかってしまった。
ガシャン!!
「お前、何するんだ!!」
派手な音をたて、飾りは落ち、宝石が散らばる。
「ぁ……申し訳」
謝ろうとしていたら、突然、平手打ちが飛んできた。
その衝撃で、一体何が起こったのかすぐには理解できなかった。
勢いよく殴られ、軽い体が一瞬、宙に浮き、床を擦って倒れ込む。摩擦で切れた足からは血が滲み、それは、直ぐに皮膚を伝って、ポタポタと紅く床を穢した。
「謝って済む問題じゃない! どうする? これは、普通だったらお前のような卑しい人間が、見ることもできない貴重な物だ!! ここに来て首を出せ!」
あ……あ……
あまりの剣幕に、恐くて、声も出なかった。
「さあ、早く来い! 切り落としてくれる」
男はサファの腕を乱暴に掴み、自分の前に投げ落とした。腰に下がる剣を、引き抜き、高く振りあげる。
「待ってください!」
そこに、ハーミットと、レイモンドが走ってきて、男を取り押さえた。
「サファ、ここはいいから、ちょっと執務室に行ってて」
足も、腕も。身体中が痛い。
でも一番痛かったのは。
心だった………
鞭を打たれたように、無我夢中で走る。どこを通ったのか、分からないほど逃げた後、サファは目の前にあった部屋に入って、蹲った。