9 窃に行われた祈念式 3
図書室に行って調べ物をしていると時間が経ったのかもう外が暗くなっている事に気付いた。
時計を見ると4の刻半になっており、思ったよりも時間が経ってない事に安堵した。
後半刻もすれば何時もの食事の時間になるが今日は昼食を遅くとっている事もあり余り腹は減っていない。
(そろそろ戻っておくか)
アレクシス達はまだ帰っていないだろうと予想して、執務室まで帰ってくると部屋の中にはエリュシオンだけがのんびりとソファでくつろいでいた。
「まだ帰ってないみたい」
「そうみたいだな」
足を組み頬杖をついて背もたれに寄りかかる姿がとても様になっていた。
閉じていた目を開けて視線を俺に向ける。
「どこ行ってたの?」
「図書室」
「あぁ、結界の?」
特に隠しているわけでもない。素直に行き先を言えば納得をした様に返事が返って来た。
この国の結界のは俺の御先祖さまが張ったもので、二百年に一度張り直しがされる。
「ホント、貧乏クジもいいところだ」
その二百年に一度の役回りに俺は当たってしまったのだ。
「三年後だっけ?」
「十七になる年。それまでに『明晰夢の花』が必要らしいから」
「もっと近くなったら陛下から教えてもらえるんでしょ? なら焦る必要ないじゃん」
「後三年持つか分からないだろう?」
詳しいことは、国王である父親から一年前になってから教えられる。
この所の魔獣の出現具合を見るとそんな悠長な事を言ってられない気がしてならなかった。
「闇雲に調べるより、アシェルは術式の勉強をした方がいいよ」
「ぐ……」
一通りの魔術は使えて魔力が多くても、剣の方が得意な俺は精々デュオを使うのがいいところで、魔法陣や術式の構築はあまり得意ではない。
だから、自分より年下で修学院にも行ってないサファがいとも簡単にトラヴギマギアや転移魔術を使う事に本当に驚いた。
「お前が教えてくれればいいじゃんか」
「えーやだよ。自由な時間が無くなるじゃん」
「…………」
あまりの言われ様に言葉も出ないでいると、ノックと共にアレクシスが扉を開けた。
「あーっ腹減った」
開口一番に言う彼の後ろに、落胆した様子のフィリズが布に包んだ何かを胸に抱きしめているのが見えたが、大きさからして『子供』ではなさそうだった。
「それは?」
「………」
フィリズが無言で包みを開くとアシェルとエリュシオンはハッと目を見開いてそれが何かが分かった。
「……会えませんでした」
「え?」
「姿を消した後だった」
アレクシスが言うには、魂送りをしたのはやっぱりサファであったと言う。ただし、彼等が行った時には既に彼女が書き置きを残してその場所を後にしていたと言うことだった。
「書き置き?」
「あぁ、大層なお願い事だな」
アレクシスはペルカについて話した後、レイから聞いたサファの様子と最後に書き置きの内容について話した。
「相変わらず驚くような事してるね。男の子だって」
「それは、同感だな」
しかし、子供だけのペルカと言う場所。
そんな場所があるだなんて思いもよらない。
なんでまぁそんな所に……
「これを売ってお金にするのも出来ない状況なんだろうね」
エリュシオンが黄色い魔石を手に持って光に当てており、その様子を見るととても透明度が高いことが分かる。
普段御守りとして使われている魔石をここ最近は磨いて装飾品として身につけると言う俗習があった。
「これを買いとれってか」
「アイヴァンが持っていた時も思ったけど、黄色い石は珍しいよね、透明度も高いし。買い取るのはともかくとして……」
「ペルカの子供達を助けて欲しい」
今まで黙っていたフィリズが突然言い出した。
「どうした? フィリズ」
「いや、そう言う事だよ。アシェル」
いつも「サファちゃんサファちゃん!」と元気なフィリズが眉をハの字にして泣きそうだった。
俺はその場に行ってないが、子供の好きなフィリズが実際に行ってどうだったか、その表情から感想は聞かなくても分かった。
「魂送りさえしなければそのままそこで過ごせたかもしれないのにね……」
「………」
サファが何故居場所が知られてしまうのにトラヴギマギアを使ったのか?
その理由は言葉にしなくてもここにいた全員が分かった。
(自分よりも他人か……)
「ちょっと、親父と話すか」
「サファは?」
「放っておけば帰ってくるんだろ?」
エーヴリルがそう言っていたし、書き置きの内容を聞いてそう言うつもりなんだと思った。
皆に夕食を摂らせて、国王宛てに手紙を送った。
自分以上に忙しい父親と話ができるのはきっと明日以降になるだろう。
それまでにペルカの事について自分なりの考えをまとめておかねばいけないと思っていた。
「一緒に行かなくていいの? 一人で行く?」
「いや、全員同伴を頼むよ」
エリュシオンじゃないがそんな非効率な事はしない。別にサファのお願い事を叶えてやると言うわけではないが、ペルカの事を聞き何かをすべきだと思う。
国王に上申するならばその権利を獲得するために全力で臨むべきだと判断した。
「返事が来たら知らせて」
エリュシオンも直ぐには返事はこないだろうと思ったのか、やっておきたい事があるとだけ言って何処かへ行ってしまい、アレクシスとフィリズも少し疲れた顔をしていたので「もう帰っていい」と言った。
皆が、国王に上申するのは明日以降だと思って解散する。
だが話の機会は想像したよりも早くやって来てしまった。
俺は入浴をして借りて来た本を読んだ後もうそろそろ寝ようとしていた所だった。
蝋封されてない紙飛行機が飛んで来て何かと思うと、広げてみて父親からである事に驚いた。
(なんで……)
『一人で来い』と書いてある。
「…………」
暫く手紙を眺めた後、仕方ないと思って簡単に身支度をした後「来い」と言われた場所に向かう事にした。
来いと指定された場所は俺の部屋からそんなに離れてはいない父親専用の書斎だった。
いつもの様に軽くノックをして返事は待たずに扉を開けた。
「待ってたよ、私の可愛いアシェル」
「やめろよ! 気持ち悪い」
ニッコリとして寄ってくる歳を取らせた自分みたいな父親に年頃のアシェルは蟷螂のように威嚇する。
それでも躊躇する事なく抱きついてくるから不満そのものの顔で大人しくされるがままになった。
今の国王を務めるアンセル=フェガロフォトは国王陛下である時は厳格であっても、父親である時はアシェルにメロメロな親バカだった。
「上申書読んでくれたんだろ?」
こんな調子ならあれこれ面倒な事は聞かれずに二つ返事が貰えるかと期待した。
「……」
ニッコリと笑ったままで口を軽く抑えられると黙れといわれたことを理解する。
「アシェル。お前のその優しい所が大好きだよ」
出だしの言葉から何となく嫌な予感がして、やっぱり一人で来ない方が良かったかも知れないと思った。
「その、ペルカと言う場所。確かに国として放っておくわけにもいかないだろう」
「じゃあっ」
「話は最後まで聞いて?」
口を抑えられる。
「…………」
「報酬に見合ったお金を渡すのは良いとしても、今後のペルカの管理は誰がする?」
「それは誰がいい奴を見つけて……」
いい奴。
そんな奴を探すのは難しい。アシェルにもそれは分かっていた。
かつて、アクティナ大聖堂に孤児院を作るときにもその管理に揉めたと聞いているからだ。
「イシュタルの使いはまだ見つかってないのか?」
「なんか、やりたい事があるとかで」
タラッサから帰って来た時もサファの事を興味ありそうに聞いていた。
(やっぱり見た目が珍しいからか)
「今言ったことの解決策を踏まえてもう一回お願いしに来なさい。納得できる内容を持ってくればお前に全て任せる事にする」
「………分かりました」
今夜呼ばれた意味が分かり不貞腐れた。
「サファだっけ? イシュタルの使い」
「うん」
「その子を早く見つけてバウスフィールドの養子にしなさい」
父親が何でそこまでサファに執着するのか分からない。
やっぱり自分はまだ子供なんだなと溜め息をついた。
「善処します……」
「宜しい。話は終わりだ」
アシェルは最後に頭を撫でくられた後、部屋を追い出され部屋まで戻って来た。
「あー、もうっ!」
ベッドに座ると枕を持って壁に投げつけて、失敗を悔やむ様に布団に突っ伏してそのまま眠ってしまった。
アシェルのお父様が出て来ましたが、アシェルの家族構成は両親と妹が一人となっています。
フィリズが布で包んできた物。
それは、木香薔薇のドレスと黄色い魔石二つです。
明晰夢の花は試験で出ます。
気がつけば50話達成していました。嬉しい限りです。
次は100話が目標です。その頃には3章になっているでしょうか?
今日もありがとうございました。