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0 閑話 仙人掌の花

「まだ起きてたんだな」


「そう思ったから来たんだろう?」


 サファがタラッサで水涸れを起こして運ばれてきて二日目がたった頃、その人は突然やってきた。

 自分より少し歳の離れる兄は生体研究をしており、たまに城にやって来てはついでに薬室に寄っていく。


「相変わらず可愛げの無い」


「そんなのは何処かの薬に混ぜた」


 小さなガラスケースを持っているのでエーヴリルは何だろうと目を向けた。


「植物? ルシオ、それは?」


「お前がイシュタルの使いを預かってるって聞いてどうかと思ってな」


 真っ白い繭の様な拳大の丸い物体。

 見ようによっては可愛いとも言えなくないが……


「珍妙だな」


「マミラリア・キュクノス。珍しい植物だ」


 寒さに弱いというキュクノスは魔術がかけてあるガラスケースに入れられ、適した環境に保たれているということだ。

 キュクノスは生体の治癒能力がある植物らしく、色々な場所に置いて治験がされているらしい。


「機密事項とかじゃ無いのか?」


「危険なものじゃ無いからなぁ。イシュタルの使いは何処にいる?」


 エーヴリルはルシオを怪訝な顔で見るが、拒否はせずに扉を開けてやると奥の部屋に彼を通した。


「今何日目?」


「二日目」


 サファは先程見た時と変わらず眠っている。

 ルシオがサファの顔を興味ありげに眺めた後、窓際にキュクノスのガラスケースを置いた。


「似ているな」


「…………」


 キュクノスを眺めてルシオが笑ったので、何のことだろうと思うと、その意味が分かってフッと吹き出した。


「これで青い花でも咲けばそっくりだ」


「青?」


「瞳が青い。宝石の様だ」


 ルシオが残念そうに目を閉じて腕を組んだ。

 多分青い花は咲かないのだろう。


「春から夏にかけて花が咲く、一般的には紅紫色の花らしいが……」


「?」


「他国の記録の写しでは、話しかけたり、唄を聴かせる事で違う色の花が咲いたと言う記載もあったな」


「面白い」


 話を聞いてまるで毛のある生き物が丸くなっている様に見えてエーヴリルは目を細めた。


(確か毛のある動物が好きだったな)


「くれるの? これ」


「いや、花の咲く時期に取りに来る」


「何だ……」


「研究しているんだから仕方ないだろう?」


 ルシオはサファに触る事もせず、キュクノスを窓際に置いた後「要は済んだ」と言ってアマルティアに乗り込んで帰っていった。

 金色の毛に覆われた羊型の召喚獣のアマルティアを久々に見たエーヴリルはサファが飛び付きそうだと思ってルシオを見送った後、部屋が寒くならない様に素早く窓を閉めた。




 サファが目を覚ました後、予想通りキュクノスを眺めて目を輝かせていた。興味がありそうなのでキュクノスについて話してやると話しかけたり、唄を聴かせてみたりしていた。

 ただ、根本的にサファには問題や悩み事がある様で『楽しく』とはいかない様だった。


「可愛い」


「そう言うと思った。あげられなくて悪いんだが」


 サファがふるふると首を振る。


「どんな花が咲くのか気になりますが、育てられる自信は無いので……」


 そう言うとサファは「これで充分なのです」愛おしそうにキュクノスを眺めていた。



 サファがキュクノスと過ごしたのはたった三日だった。

 その後、転移してしまったからだ。

 最後の夜に優しく唄いかけていたのを覚えている。


(本当に……清いのに無興味に見えるのが勿体無い)


 心優しい自分の妹の様なサファを思い出して馳せるように目を閉じた。


「起きてるな」


 いつもの様に突然ルシオがやって来た。

 彼は、キュクノスを引き取りに来たと言う事だった。


「あぁ、もうそんな時期か」


 祈念式を間近に控え、春の訪れを知らせるケラスィアの蕾が薄ら薄紅色に色づいて来ていた。


「ん?」


 奥の部屋に入って窓際にあるキュクノスに手をかけたルシオが驚いた様に声を上げた。


「何かしたか?」


「何もしてない」


 一体何だろうとルシオの横に立ってキュクノスを見てみた。

 そう言えば忙しくて最後にちゃんと見たのはいつだろうか?


「ほら、ここ」


 ルシオが指をさす先には蕾と思われる突起があった。


「蕾か、花咲くんだな。サファが楽しみにしてた」


「そうじゃない、よく見て」


 そう言われてエーヴリルがキュクノスに顔を近づけてよく見ると、蕾の先が紅紫色ではなく青い色に見えた。


「イシュタルの使いは何かしていたのか?」


「あぁ。話したり、唄ったりしてた。三日間だけどな」


「…………」


 イシュタルの使いが失踪してしまった話はルシオも耳にしていたようで余り込み入ったところまでは聞いて来なかった。


「珍しいこともあるものだな」


「やっぱり、青は珍しいんだな」


「そうじゃない」


 青い花の蕾をつけた事を言っているのかと思えば違うらしく、ルシオがエーヴリルの、頭をポンポンと叩いた。

 大体、バックレー家は話を端折っても大体その内容を理解して会話が出来ていた。そんな家庭で過ごせば頭の回転が速い人間が出来上がる。

 だが、そんなエーヴリルでもルシオの言っている事がわからず、苛立ちながら頭の手を払った。


「お前がそんなに他人の事を特別視するなんてなと思って」


「言っている意味が全くわからない」


 これは分からなくて当たり前だと思い、腕を組んだ。


「まぁ、いいよ。予定通りキュクノスは回収してく」


「あぁ、花が咲いたら写真送ってくれ」


 ルシオが驚いた表情をした後、微笑んだ。


「分かった」


 そう言うと、窓からではなく扉から帰っていった。



 それから半月ほど経ってからエーヴリルの元に一通の手紙が飛んで来た。

 折ってはいけないものを送る時に使う丸筒型だった。


『とても綺麗な花を咲かせてくれた。彼女の瞳もこんな色だろうか?』


 いつも返事を返さないのに疑問形の内容に呆れてエーヴリルは溜め息をつくが、丸筒の中から写真を取り出して安堵した。


 体の大きさに比べ、バランスが良くない大きな花は、頭に大きな帽子をかぶっているかの様だった。


 その花はとても綺麗な瑠璃色をしていた。

今日は投稿しない予定だったんですが、思いついて書いてみました。

出来立てほやほやです。


マミラリアと言うサボテンの種類は400以上あるそうです。キュクノスはその中でも白く繭の様な『白鳥』と呼ばれています。

とても可愛いフォルムのキュクノスは紅紫色の花が咲き、その花言葉は乾燥した大地で逞しく育つ事に因んで『枯れない愛』何だそうです。


読んでいただきありがとうございました。

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