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5 おかえし

 朝目が覚めると昨日より体が軽い。隣ではまだレイが眠っていた。

 昨日の事は朦朧としていてあまり思い出せないものの、断片的に記憶はあった。

 とにかく薬が苦かったというのを最初に思い出した。


 木箱の上に置いてある薬の瓶を恨めしく眺めた。その隣にはコップが置いてある。


(そう言えば『おかみさんが私に』って言ってたっけ?)


 この街の人の温かさに触れてふっと表情を緩めた。


(残りを飲まなかったんだな)


 コップに残るスープを眺めてくるくると中身を回すと残してしまった事が申し訳ない気がして温めるようにコップを手に包んだ。


 レイをちらっと見るとまだ寝ている。

 太陽がぼちぼち昇ってきて地上との隙間から光が漏れ始めた。


「Ζεστάνετε το」


 言葉を落とせば簡単に物が温まる。

 コップから湯気が立ち昇って今し方鍋から移したかのようだ。

 貴族の間では当たり前のように使われている魔術もこの場所では異質な物であると思う。

 私の存在すらこの国で異質。

 それでもレイはこの特殊な子供達だけの基地を守るがゆえ、私の正体は明かす事はしないと思っていた。

 レイの立場的な想いを利用して自分は居座っている。


 ふるふるを首を振った。

 なんて嫌なやつだろう私は。


 暫くスープをゆらゆら揺らしながら考えていると、レイがごろんと寝返りをして瞼を開けた。


「もう起きてたのか、調子は? 良さそうだな」


 明るい緑色の瞳が私を見た。

 これから間もなく仕事に行く彼にスープの入ったコップを差し出す。


「出来立てみたいだ……お前が飲めばいいだろう?」


 魔術を使った事には敢えて触れないで私にそれをすすめるが、首を振って答えた。


「美味いな」


 仕方なさそうにコップを受け取ったレイがスープを啜りながら一息つくように息を吐いた。


「お前はあまり外に出ない方がよさそうだな」


(え……)


 首を横に振って否定した。


「ここにいる事がバレてしまうとまずくないのか?」


 その言葉は私が何者か知っていると言っているのと同じだ。

 私がイシュタルの使いである事も何故ここに居るのかも聞かないのは、火の粉が降りかからない限りは「ここに居ても良い」という事なのだろう。


「私は理由があって貧民街に来て、でも明確に目的があった訳じゃないの」


「ようやく喋ったな」


 私と目を合わせないようにしてレイが言う。


「守ってやるなんて大そうなことは俺には言えないぞ」


 コクっと頷いた。


 明確に目的はないがこの街のこと、ここに住む人達のことを知りたいと思い始めていた。



 日も経てば体調が元に戻る。

 相変わらず木箱の上にはからのコップが置いてある。


(返さなくていいのかな)


 コップを眺めて思っていた。


 そう言えばとルアンナが作ってくれたお粥が美味しかった。

 大聖堂から姿を消してそろそろ一月経つ、ルアンナがカサついた手にポルトカリの種を酒に漬けてできた液体を塗っていた事を思い出していた。


 レイからは基地から出る事について特に規制はされていないので今日はある物を探すために午後から久しぶりに街に出る事にした。


 道端に立ててある掲示板に『祈念式』という文字を見つけて、あぁもうそういう時期なのかと不思議に笑みが溢れる。


 道を歩いて建物の前に立つ。多分ここへ来れば目的の物が何処にあるかわかるような気がしていた。

 男が女と遊ぶ為にあるこの娯楽施設であれば化粧なんて当たり前にしているもの。建物の付近にそう言う店があっておかしくないだろう。


 目ぼしい店を見つけて中に入るところでこの前一度だけ会ったノエルの姿が目に入り物影に身を隠した。

 相変わらずの香水の匂いは少し離れている此処からでもしていた。


「じゃあねぇ。また、指名してよ」


「当たり前じゃないか、いい子に待ってておくれ。可愛いノエル」


「嬉しい。愛してる!」


 明らかに歳が離れていそうな中年の男に抱きついて歯の浮くようなセリフで愛の言葉を交わしたあとノエルは娼館の中に入って行った。


(なるほど……)


 ノエルが入って行った後の扉を眺めてもの影から身を出す。


 ノエルは男でも売れると言っていたけど、男だと娼婦じゃなくてなんて言うんだっけ?

 確か……


「男娼?」


 ドサドサドサッ


 口から言葉が出ていたらしい。すぐ近くで荷物を運んでいた人がびっくりしたように物を落とした。


 私みたいな小さい子供がそんな事を言うのはおかしかっただろうかと振り向いて落ちた荷物を拾おうと声をかけようとして相手の顔を見た瞬間、私は走った。


「あっ、おい!」


 呼び止められる声も聞こえないフリをしてとにかく逃げなくてはならない。

 走って。

 走って。

 走って……


 ペルカに辿り着いていつもの場所まで行くと毛布に包まって身を守るかの様に丸まった。

 鼓動はまだ早鐘の様に打っている。


 なんで? と私が言うのはおかしい。

 アシェル達にお願いしてそうしてもらったのは私だった。


(アイヴァン様……)


 驚いたが彼の元気そうな姿を見れて良かった。でも、まさか会ってしまうとは。

 姿を変えているので簡単にはバレないだろうけどハーミットからは声までは変える方法を教えてもらってない。

 暫くは外出を控えよう。


 ひょこっと毛布から顔を出せばレイが帰ってきていた。


「また具合でも悪いのか?」


 首を振って答える。


「そう言えばおかみさんが明日おいでって言ってたぞ」


 私は招待をされる覚えもないので首を傾げてみた。


「おかみさんのところの息子は一昨年病で亡くなったんだ。同じくらいの歳だからお前の事が心配なんだって」


 レイがナイフを取り出して何をするのかと思えば伸びた前髪と後髪をちょいちょいと器用に切っていた。


「私も」


 ナイフ借りたいと手を出すと、あっという間に髪を切ったレイがナイフを手に乗せた。


「お前危なそうだけど、できるのか?」


 ナイフの刃を眺めてから、髪を掴んでザクッと切ろうとすると、レイが青い顔をして私からナイフを取り上げた。


「怪我しそうだからやってやる。どれくらいにしたいんだ?」


 私の注文通りに器用にレイが髪を切る。今日あった事を話すとまた「売るなんてこと考えるなよ」と言われた。

 保湿薬を探していた事については薬屋に売っていると言う事なので、レイがついでに買ってくると言った。


(薬屋か……先にレイに相談すればよかった)


 そうすればアイヴァンと鉢合わせる事もなかっただろう。


「切った髪は白くなるんだな」


 下を向いて言うレイに習い私も足元を見た。


 散らかってしまったともこもこした白い髪を手で集めていると勿体ないと言われて首を傾げていた。



 保湿薬を翌日買ってからずっと置き忘れていたコップを持ってレイに連れられ店にやって来た。


 スープのお礼の言葉に保湿薬を渡すとおかみさんが感激していた。

 髪を切った事をよく似合うと褒めてもらいよく食べなと食事を出してもらう。


「お前小さいからな」


 食べ切れるかどうかの料理の量を眺めているとレイが言った。


「これは食べないからではなくて……そう言う体の記憶です」


「また、難しいこと言う」


 食べる前に手を合わせてお皿に盛り、レイの皿にも盛り付けた。


「この料理はあの人からだよ」


 無愛想な店主がチラッとこっちを見てまた包丁で何かを切っていた。

 人は見かけによらない

 そんな言葉が浮かんだ。


 食事を食べ終わるとレイはそのまま店に残って仕事をして帰るらしく私に残った料理を持たせて帰るように言った。


 この時期の3の刻半はとっぷりと日が暮れている。なるべく人通りの多い道を選んでペルカまで帰ると、料理を配ってからいつもの場所まで行く。


 毛布に入るとおかみさんの事を思い出していた。

 もし、自分に母親がいたらああ言う気持ちになるのだろうか。

 親の無償の愛。エミュリエールと過ごしていた時には愛情を受ける事を嫌だと思う事もあったのに今日は暖かい気分になった。

 目を細めて表情が緩んだ。

 その余韻にほっこりとしながら眠る事にした。

ゆずの種を酒で漬けて作る保湿剤は、実際に作る事が可能で、昔から用いられて来たそう。

水仕事、しかも食事を提供するとなれば手も荒れるし、つけるものも匂いがあってはよくありません。


アイヴァンは名前が変わり、自分でアイヴァンと名乗ることを契約魔術で禁止されています。


今日もありがとうございました。

また、明日。


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