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4 子守唄

「やっぱり熱があるじゃないか!」


 熱い顔を触ってキトリに言っていた。

 虚に自分を見るキトリからは返事はない。

 どこらが来たとも分からないキトリは言葉が話せず会話には文字を書いてやり取りをしていた。

 年明けすぐに来たこの少年はとにかく謎が多かった。それには、声が出せないことも多く要因にあるが、出会ったその日に5万フィードと言う大金を渡して来たと言うことも言える。


 ペルカにはあまり人に言いたくない事情で来ている子供が殆どなのであまり深く事情を聞くのはデリカシーに欠ける事だと思って黙って怪しい行動が無いかだけを見ている事にした。


 体は毎日の習慣のように同じ時間に覚める。

 キトリの顔を見ると何時もより顔が赤いと思い顔を触れてみると案の定熱かった。

 環境が変わり暫く経つ。体が精神的な疲労で熱を出してしまう事はよくある事だ。

 キトリから貰ったお金はあるので薬を貰って帰って来ようと思って早朝の仕事に出かけた。



 ペルカと呼ばれる子供だけの基地の入り口に近付くものはあまりいない。早朝の仕事を終えて帰ってくると地下に降りる前の所で珍しく知らない人が荷物を抱えていた。


 相手は俺を見ると驚いたように荷物を落とすが何故か立ち去らずに止まっていた。


 地下から歌声が聴こえてくる。


 その方を見た。確かに地下からだと確認する。

 自分が昔唄ってもらえたことを覚えている唄なのでとても嫌な予感がした。


 唄声の主はぎりぎり基地内で収まるようにと歌っているようだった。

 悠長に歩いている暇はない。

 声のする方に走って行くと階段を降りてすぐそこの年齢が低い子供達が集まる所で蹲って唄うキトリの姿が見えた。


「………… 」


 声が出せないと思っていた彼が唄っているのを見て絶句し立ち止まった。

 相変わらず熱で赤い顔をして目を閉じている。


「あのね、泣いてたの」


 少年がやって来て眠っている少女を指さした。


「中々泣き止まなくて皆んな悲しくなって泣いちゃったんだ」


「それは……」


 さぞ、大騒ぎだった事だろう。

 この時間は子供でも年齢が低い子だけ残される。キトリは熱があったのでたまたま今日はいただけだ。


「キトリが来て子守唄を唄ってくれたら皆んな泣き止んだ。ねぇレイ、キトリは話せないんじゃなかったの?」


 少年が俺の裾を引っ張り聞いていると、子守唄終わり聴こえなくなる。キトリはそのまま顔を伏せ眠ったように動かなくなった。


「キトリ?」


 頭に触れて話しかけても反応が無い。首を触れば相当熱が高いのか冷たかった手が温かくなった。

 このまま、風邪が子供達に広がる事も考えるとキトリを抱っこして自分のテリトリーに向かった。


(熱が高いな、早く薬飲ませないと)


 そうしようにもキトリは朦朧として薬が飲めそうでは無く、仕方ないと思って持ってきた薬の瓶を口に含み口移しで薬を飲ませた。


「っ」


 苦い薬の味に顔を顰めるキトリが嫌がるように顔を逸らすので、悪いと思いながら頭を押さえつけて無理やり薬を流し込む。

 全部飲ませたところで自分が寝るスペースに横にさせキトリの毛布をかけてやった。


(良くなればいいけど……)


 これからまた少しすれば仕事に行かなくては行けない。キトリと一緒に毛布に入れば寒さを忘れる程キトリの熱で毛布が暖かくてすぐに眠ってしまった。


 目が覚める。

 小窓から差込む光で大体の時間が分かるが、どう見ても何時もより日が傾いている。


「やべ、寝坊した」


 飛び起きて横を見るとキトリはすぅすぅと眠っており安心する。

 これなら大丈夫そうだと思って木箱の上に夜に飲むための薬と水を置き夜からの仕事に急いで行った。


「すみません、遅れました」


 路地を抜けて、何時もの食事処に行くと息を切らせて扉を開け店主とおかみさんに謝る。


「大丈夫だよ。珍しいね遅れるなんて」


「ちょっと具合の悪い子がいて」


 そうやって言ったものの、言い訳のように感じて気分が悪くなった。


「そうかい。気にしなくていいよ」


 その言葉がありがたかった。


 生誕祭の時期は比較的店が混み合う。当日は少しは羽を伸ばしておいでと暇をもらったので休みを貰うわけにもいかないと思っていた。


 前掛けをつけて手を洗い給仕の準備するがキトリの様子がとても気になった。

 前にもこうやって熱が出た後、自分がペルカに戻ったときには既に死んでいたと言う事もあった。

 そう言った気持ちの不安定さは仕事に影響する。

 お皿を落として割ってしまったり、違うテーブルに料理を届けてしまったりとらしからぬ失敗をしてしまった。


「お前、もう帰れ」


 いつも仕事が終わるよりも1刻ほど早く店主に言われ「お前はクビ」だと言われたように鼓動が早くなった。


「すみません……」


「あんた、そんな言い方じゃダメだよ! レイ、具合が悪い子が心配なんだろ? 行っておやり」


「すみません、昨日一緒に来た子が熱を出してしまって」


 そう言うとおかみさんは納得した様に厨房からスープをコップに入れて持ってきた。


「行っておやり」


 コップを差し出しておかみさんがもう一度言うとレイは頷いた。


「ありがとうございます」


 貰ったスープを持っていつもの時間より早くペルカに戻る事にした。

 途中で子供達用に串焼きを25フィードで買った。


 ペルカに着くと特に物音はしない。

 それに安心して地下に降りる。

 いい匂いがするのか子供達がすぐ寄って来たので串焼きを配ると、キトリが寝ている自分のテリトリーに向かった。

 中が見えない様に張った布をめくって微動だにしない人物を見かけてまたもや悪い予感がした。


「ジム!」


 声をかければジムが振り返り何か言いたい表情をしていた。


「どうしたんだ?」


「…………」


 ジムは驚きで何も言えない様子だったので押しのけて中に入ることにした。


 真っ白い髪のキトリが青い目でこちらを見ている。


 俺もジムと同じ様に驚いて硬直していた。


「あれはキトリ?」


 そう言ったジムの言葉に自分が聞きたいと思いながら無言でコップを木箱に置いた。


「ごめん、ちょっと訳がわからないけど誰にも言わないでいてくれるか?」


 レイにも分からない素性があるとジムが分かったと言って向こうへ歩いて行った。

 歩いて行くジムはやはり首を傾げていた。


「キトリ?」


「…………」


 無言で自分を見るキトリらしい人物はまだ熱があるかの様にぼんやりとしている。


「お帰りなさい……」


 話せないことがなかったように返事をするとそのまま自分を見る。

 その瞳の綺麗な事……

 見られる事が嫌なのかキトリが目を伏せた。


 木箱の上の薬がそのまま置いてあり、それをキトリに持たせて飲む様に言うと、薬は嫌なのかグイッと胸に押し当てて返そうとする。


「飲まないとダメだ」


 キトリはそっぽを向いて首をふるふると振っていた。

 少し強引だけど仕方ない。俺は薬を口に流し込むと無理やりキトリを押さえつけて薬を飲ませた。


「嫌……」


「嫌でもなんでも飲まないと今みたいに無理やり飲ませる。それが嫌なら自分で飲め」


 押さえつけた手を離すと、薬が余程苦かったのかキトリがうっすら涙目になりながら距離をとり恨めしそうに自分を見ていた。

 脅しのような自分の言葉にキトリがわずかに頷き薬の瓶を持つとジッとそれを見ている。


 意を決してグイッと薬を飲み込んだ。


「苦い……」


 涙目になっているキトリの頭を撫でてやり、口直しにと貰ってきたスープを薬の瓶と引き換えに持たせてやる。


「仕事先のおかみさんがキトリにって」


 キトリが首を傾げていた。

 それでも半分くらい飲み込むともう飲めないのかコップを渡してくる。

 それを受け取りキトリを毛布で包んでやる。


「……その。白い色、直せないのか?」


 言われた言葉が何のことか分かってない様で考え込む様に黙るときょろきょろを目を動かして視界に入る髪が白くなってると気付いたようだった。


「Καμουφλάζ……」


 呪文を唱えるとみるみるうちにキトリがもとの茶色になった。

 魔術を見たのは初めての事だ。しかも目の前で、こんな間近で。


「…………」


 気まずそうに黙るキトリの額に自分の額をくっつける。


「守ってやるとは言えないけど、ここにはそういう事情のあるやつの住処だ。言いふらしたりなんかしない」


 そうでも言わないと、翌日には姿を消してしまいそうな気がした。

 キトリが頷く。

 毛布に包まったままキトリを寝床に連れて行くところんと寝かせた。


「もう寝てろ」


 黙って目を閉じたキトリは特に自分を警戒もせずすぅっとすぐに寝てしまった。

 存在の重要性に反してとても無防備なキトリに少し呆れてしまった。


(イシュタルの使い)


 その事くらい貧民街のこんな場所でさえその存在は知っている。

 白金の髪を持ち青い瞳を持つ少女。


(何でこんなとこにいるんだよ……)


 キトリを見て放って置けない爆弾を持たされた気持ちになった。

サファの唄う子守唄。

以前祈念式前にヘトヘトだったサファにエミュリエールが唄って聴かせた『父の子守唄』です。


そのイメージは『イルナエテルロ』ですが、最近は女性が唄うのもあるので是非聴いてください。


今日も読んでくださってありがとうございました

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