3 誕生祭
私がレイの場所で過ごしているのには理由があった。
(あれ………)
今日も街に赴いて働けそうな所を探していた。めぼしい結果もなく帰ってペルカの中を歩いていたがどうも目的の場所につかない。
ここに来てから元々は他の場所で過ごす様にと案内されていたが何度も道に迷ってしまい、うろうろしている所をレイや他の子供達に捜索され連れて来てもらっていた。
もはや「キトリが居ない。どこ行った? 探せ」と言うのはペルカで日常茶飯事になっていた。
今まで自分では全くその自覚は無かったがどうも、方向音痴らしい。その為入り口から割と近くて分かりやすい所としてこのスペースを使えと言われていた。
それなのに先日のノエルの言葉が気になって考える事をしていたらうっかりと迷ってしまった。
迷う場所はいつも違うようで、今日は今までになく異臭の漂う場所だった。
足を一歩進めるだけで黒い虫がザァっと走って行き鳥肌が立ち、無表情な顔とは裏腹につぅっと冷や汗が流れた。
全身で感じる。この先には行かない方がいい、と。
私はクルッと回れ右してきた道を歩き出した。歩いていると、遠くの方で走る足音と呼ぶ声がした。
「おーい! いるなら返事をしろ」
声の主からして多分レイなのだが何時もよりもとても焦っているような声がして私は声のする方に向かって歩いて行った。
「おい! なんでまた迷ってるんだよ」
歩いていく先にレイが見えると、レイからも私がいるのが見えて声をかけてきたがさっき見た事は悟られないように表情に出さない様にする。、
「…………」
「この先は危ないから行っちゃだめだ!」
レイはこの先に何があるのか分かっている様だったが私にはあまり言いたくない事のようなので素直に頷いておく事にした。
黙ってレイについていくといつもの場所に着く。私が外に出て土に文字を書いたのを見たレイはここに土を持って来て文字を使って会話をしていた。
「何か見たか?」
『臭いがキツくて進めませんでした』
私が書いた文字を見てレイがホッとしたように見えた。
「今日はこれから誕生祭が始まるんだ、行きたいかもしれないけどお前はどっかで迷いそうだからここから出るなよ?」
誕生祭?はて?
『誰の誕生祭ですか?』
「イシュタルに決まっているだろう? 言っておくけど俺は神なんてどうでもいい。だけど街の奴らは賑やかに祝うもんだから稼ぎ時なんだよ」
首を傾げて聞いた私に教えてくれた。
イシュタル様の生まれた日の祭りなんて大聖堂ではしてなかった筈。そんな祭が有れば私が補佐役をしていた時に行う行事としてあった筈。
ますます分からない。
イシュタル様と言えばギルガメッシュ王に殺されたとされ夏にそれをしのぶ大聖堂だけのお祈りがあっただけだ。
大聖堂だけで行う行事があれば街だけで行う行事もあるのかもしれない。私はそう思う事にした。
まぁ、出るなと言われればそうするしかないし自分が何かをすると何故か周りは困った顔をする。それは、私が補佐役になってから感じている事だった。
ここに来てからあまりお腹は減らない。昼下がりの光が差込むレイの個人スペースで毛布に包まってうとうととする。
「おい!」
気がつけば差し込んでいた光がなくなって、出かけていたレイが戻って来ていた。
ぼんやりとしてレイを眺めていると火薬の匂いがしているのに気づいた。
どうしたの?という変わりに首を傾げる。
「おじさんから少し祭りを楽しんで来いって言われたんだ」
(おじさんって誰だろ? まぁ、いいか)
『行ってもいい?』
そう書くとレイがその為に呼びに来たと言った。
「お前は初めてそうだからな。って前々から思ってたけど名前ってないのか?」
レイに連れられて外に出てみると街は明るく照らされてヒュンヒュンと花火が飛んでいくのが見えた。
その明るい事。
黄色い火花を見つめてエミュリエールからもらった服を思い出した。
地面に文字を書いた。
『キトリ』
「お前の名前、キトリって言うのか?」
コクッと頷くとレイが手を引いて街を歩いていく。
「花火に当たらないように気を付けろよ」
至る所で花火が打ち上げられ、その喧騒を縫ってレイがどこかへ連れていく。
ここから先は平民街と言うところまで行くとレイを引っ張って止めた。
ここから先は進みたくないとふるふる首を振って主張した。
「平民街はダメなのか?」
色は変えていても平民街に出歩くことのある知り合いに会えば隠し落とせるほどの自信が今はない。小さく頷くとレイは問い詰めることもなく簡単に踵を返した。
「仕方ないな」
何か目的があるようにレイが引っ張って行くとある料理屋の前で立ち止まると躊躇する事なく料理屋の扉を入って行く。
「おじさんちょっと花火見せて!」
店主らしき人物がレイを見て頷くと私を見る。
私も頭を下げると、レイに引っ張られて二階に連れて行かれた。
「本当はもっといい場所があるんだけど」
それは多分平民街にあるのだとさっきの様子で思った。
レイが二階の窓を開けると花火が飛んでいる様子が見える。
花火を打ち合うのが誕生祭の習わしらしい。
とても危険そうだ……
「屋根に登るんだ」
そこから屋根に上がると人々が花火を飛ばして騒いでいる様子がとてもよく分かった。
レイの瞳に黄色い光が映る。
その様子を綺麗だなと思う。
この場所、この時代で信頼が出来る光だと思った。
祭が終わりを迎えるとすぐ迷ってしまう私の手を引いて街を歩く。
気になる物を見つけてクイッとレイの腕を引っ張った。
「どうした?」
装飾品が並ぶ露店に明るく光る石を見つけて指を指した。
「光石っていう名前の石だ。あぁいうの一つでもあれば違うんだけど、ほら見てみろよ2万5千フィードだって。たっか」
聞いてみれば、一月分の収入の半分という事だった。
程よく露店を見ながらペルカまで戻ってくると体が熱い。
「キトリ? 調子悪いか?」
首を傾げるとレイは納得したように毛布に包まっていた。
ロケット花火を打ちあうちょっと危険なお祭りは、イースターにギリシャで実際にある物だそう。
教会同士が相手の鐘にロケット花火をあて、どちらが盛大に祝えたかを競います。
ちょっと話しでした。
今日も読んでくれてありがとうございました