1 貧民街
目的がはっきりしないまま、ここに転移してきた。だから、次に何をするという予定もないまま袋から地味な服を取り出して、エミュリエール様からもらった服を脱ぐ。
昼間で天気も良いというのに、気温は低いのでぶるぶると震えて鳥肌を立てながら素早く地味な服に着替えると、深緑の外套を取り出しその中で蹲って体温が上がってくるのを待った。
体温が上がって震えが止まると、外套から顔を出して立ち上がる。
少し歩けば貧民街だ。
そう思って歩き出したところで足を止めた。
(そう言えば……)
奉納式の準備をしていた時にハーミットから教えてもらった呪文のことを思い出した。
あの時は別にこの状況を予測して教えてもらったものではなかったが今使ったらとても役に立つはず、そう思って呪文を唱えた。
髪と瞳の色をこの街で一番多い茶色に変える。本当は髪の毛も短く切ってしまいたい所だったけど髪を切る道具がなかった。
深緑の外套のフードをかぶれば目立たないだろうと再び貧民街へ足を運ばせる事にした。
貧民街へ辿り着くと街を見渡した。
アクティナ大聖堂から見ていた人々よりももっと粗末で小汚い服をみんな着ている。
私もそれとあまり変わらない格好であるかのように街の中をそのまま歩いていた。
嵐が来れば飛んでいってしまいそうなあばら屋が立ち並ぶ。
ゴミの様な排泄物の様な臭いが漂っており、痩せ細った女か男か分からない人が水溜りの濁った泥水を飲んでいた。
何となくジロジロか見られている感じがして顔を俯かせ、どこかおかしい所があるのかと思っていた。
子供が一人走ってきた。
横を通り過ぎるのかと思えば、バシッと弾かれて尻餅をつき私を睨みつけている。
私も睨む瞳をじっと見る。
ただ歩いていただけで睨みつけられてしまったその居心地の悪さに目を逸らし、そのまま歩いて行こうとした。
「ちょっと待てよ!」
呼び止められて顔だけ向いた。
「今の何だ!」
何だと言われても……
魔術だというのは躊躇われたので無言で返すと相手は頭に血が上った様に怒り始めた。
「お前ここで見ない顔だな、何しに来た?! お前みたいなお坊ちゃんは早くここからいなくなれよ」
お坊ちゃん……
そう言われた言葉を暫く考えていた。
「どうせ、道にでも迷ったんだろう? 早くパパとママのところに行けばいいじゃないか!」
考えているだけだったのにそれが哀れな者を見る様に見えた様だ。
私は目を閉じてふるふると首を振るとその意味を考えるように相手が黙った。
それを見て私がまた歩いて行こうとするとまた呼び止められたが聞かないフリをしてそのまま歩いて行く事にする。
エーヴリルから資金をもらったとはいえ働かなくてはこの先生きてはいけないだろう。収入口を探さなくてはいけない。そう思って働き先を考えていた。
子供で小さい私が得意なのは掃除と唄くらいなもの。唄に関しては足が割れそうでよっぽどなことがない限り唄うつもりがない。
現実は厳しい。
貧民街は自分たちが生活をするだけで精一杯でとても人を雇う余裕が無い商いが大半だった。
夕暮れ時となり冷たい空気が立ち込める。
働き口も探せないまま夜が近づいていた。
お腹は余り空いていない。それよりも
(寒い……)
路地に入って寒さに耐えるように蹲っていると足跡が近いて来た。
「おやぁ、こんなちっせぇ坊主がとうしたんだぁ?」
見上げてじっと見てふるふると首を横に振った。
「なんだぁ? 訳ありかあ?」
コクっと頷いた。
私のような人物はこの街では珍しくないのかもしれない。
「こんなちっこいのに可哀想になぁ。声も出せないなんて」
憐むように見られていたが『声も出せない』と言われてなるほどと思った。
時間なんて分からない、昨日は3の刻半頃突然睡魔に襲われた事を覚えている。こんな寒空の下、急に眠って仕舞えば凍死するかもしれないと思っていると、案の定突然睡魔に襲われた。
目の前で話していた住所不特定の人物が私に何かを言うがあまりの眠たさに言葉は私に届かない。もしこれで死んでしまっても自分で命を絶った事にはならないだろうと思った。
寒いと思って目を覚ませば、運良くここはあの世ではなさそうだ。横を見れば眠りに落ちる前に話していた人物が寄り添って寝ており、何故か私の外套を半分被っていた。
その事にも驚いたが、その人物のあまりの匂いに思わず手で鼻を覆う。
生ゴミが腐ったような口臭と何日も清めていない体の臭い。
(臭い……)
とても慣れそうにはないその臭いから逃げようとして立ち上がるが背中に外套が挟まれて離れるのは叶わなかった。
仕方なく口で息をすれば少しは居心地は悪くなくなり、そのまま相手を見上げる。
伸ばし放題の髪と髭で歳はわからないものの性別だけが男と言うことだけ分かった。
何時かもわからない、だけど空は少しだけ明るくなって来ており夜が明けているのだと分かった。しかし、とにかく寒い。
もう一度外套に入り蹲りもぞもぞするとその身動きで寝ていた男が目を覚ました。
「坊主起きたのかぁ? 急に寝ちまったんで死んじまったのかと思った」
「…………」
悪い人ではなさそうだ、ペンダントの守護も発動している形跡は無い。
「そんなんじゃあれだなあ。すぐのたれ死んじまう。レイにでも相談した方がいいなぁ」
レイという人物が誰なのか分からず首を傾げる。
「別に死にたいって訳じゃないんだろう?」
男は私が男の子で喋れないと勘違いしているらしく話をどんどん進めていった。
死にたいとは思っていない、そう思う事も罪だと思っていたので頷いてみる。
「こんな朝早くじゃアイツもいねーべ」
男は立ち上がってついてこいと言った。
使う気は毛頭なかったが、もし危なそうなら魔術でも使って逃げることができる。私は、大して警戒もせずにそのあとについていった。
食事を提供している店の裏手に着くと男はそこにあるゴミ箱を開けて中を漁っていた。
「おめぇ、ちっこいからこれ食え」
黙ってその様子を見ていると男が手を差し出して来て肉のような物を私に食えと言う。本当に悪気はない様子なので嫌だと悟られないようにしてふるふると首を横に振ると男は勝手に何かを解釈したように自分で残飯を食べていた。
初めて見るこの光景は彼にとっては当たり前のことなのだろう。決して、否定はしてはいけないと心に決める事にした。
気づけば残飯漁りをしているのは彼だけではない。貧民街ではそうしなければ生きてはいけない人が珍しくないのだと思った。
日が高くなる。
男に連れられて歩いていると不思議そうに見られている事に気付いた。エーヴリルが用意してくれた服もここでは浮いているのだと思っていると、男が何かに気づいたように道を逸れていく。
「おーい、レイ。レイーー」
レイと呼ばれた少年は私よりも随分背が高い。緑色の髪を短く切り、割と小綺麗な格好をしていた。恐らく荷物運びの仕事をしているのだろう。紙を見て配達先の確認をしているところ、仕事の手を止めるように男が声をかけたので不快そうに鋭い眼差しで男を見ていた。
「なんだ、ムクおじさん。仕事中なんだから後でにしてくれよ!」
男の名前が『ムクおじさん』と更新される。
「だってなぁ?」
ムクおじさんが私を見ると、レイがチラッと私を見た。
「こっちはもう手一杯なんだよ!」
じっとレイの明るい緑色の瞳を見ているといちゃもんを付けられたかと勘違いする様に不快感を露わにした。
「お前、なんか言いたいことがあるのか?!」
「いやぁ、コイツ多分喋れないんだよ、だからさぁ」
レイがムクおじさんを見てから私をチラッと見た。
「本当なのか?」
「…………」
聞かれた言葉が分からない様に首を傾げるとレイがため息をつき荷物運びに戻っていく。
「これ運んだら終わるから」
それだけを言うとムクおじさんが良かったなと言い彼との会話のどこが良かったのかが分からないまま何処かへ行ってしまった。
一人だけ取り残され昨日の続きで貧民街を探索する。平民街に足を踏み入れようとして踵を返すと、そこにある串焼きが美味しそうで一つ買って頬張る。
空腹は最高のスパイス誰が言ったか分からないその言葉をよく言ったもんだと思った。
エーヴリルからもらったお金の使い方について考える。
孤児院にいた時も殆ど掃除だけしていたが、極たまにエミュリエールからお遣いをする様にと言われて買い物の仕方は知っていた。
串焼き一つ5フィード。エーヴリルからもらったお金は20万フィード。自分が今いかにお金を持っていることがわかった。
平民街に入らない様にぶらぶら探索していると遠くの方から私に向かって走ってくる緑色の人物が見え足を止めた。
「お前……なんで……待って」
走って来て息を切らせながら言う言葉を聞いて首を傾げる。はて?待てなんて言われたたろうか?
首傾げた私を見てレイもそう思ったのかバツの悪い顔をした。
「悪い、言ってないな」
ぽんっと頭を軽く叩き屈託なく笑っていた。それを見て少しだけ表情を緩めるとレイが基地に案内するのでついて来いと言うのでムクおじさんの時と同じようにその後についていく事にした。
今日は寝起きだからか、ちょっと話しが思いつきません。
天気予報を見ると雨の日が続く様でそろそろ梅雨なのでしょうか?
紫陽花と蝸牛のイメージ、どこかで使いたいなぁ
投稿は気ままにやっていきたいと思ってます。時間は大体12時にしています。
PV1000達成しました。感激(>_<)
今日も読んでいただいた方ありがとうございました。




