葛藤
目を覚まして三日後、サファは突然やってくる睡魔に襲われながら未だに薬室の奥の部屋で過ごしていた。
睡魔の回数は日に日に少なくなっており、体調が良くなっていると自覚していた。
ここには診療記録がびっしりと詰まっている棚が置かれているが、エーヴリルからは触るなと言われているので言う通りにしている。
机の上に病気について書かれている本が何冊か置かれていた。
『エクシューロス病』
それが、その病気の名前らしい。
本の名前だけ確認すると知らない事もあり大して興味はそそられなかった。
見れる本がなければ殆どやる事は寝ている事だけ。それでも窓の外でも見ていれば少しは気が紛れないかと思い窓辺に来てみる。
魔術か何かで室内の温度は暖かく保たれ外気との温度の差に窓が曇っていた。
年が始まったばかりの今は一年で一番冷え込みの強い時期である。曇りガラスを擦って外の様子を眺めてみれば緑は全くない。
タラッサの様に雪でも降っていれば少しは楽しめたかも知れない。
首を横に振る。
無い物ねだりをしても仕方ない。
ぼんやりと外を眺めていると、扉が叩かれ声がかかった。
「サファ、入るぞ」
エーヴリルの声だ。
扉が開かれてエーヴリルが入ってくると、その後ろに二人続いて入って来たフィリズとハーミットの珍しい組み合わせに挨拶も忘れて首を傾げてみた。
「両名、本日付で護衛を任命されました。よろしくお願い致します」
「…………」
驚きのあまりサファは硬直して黙り込んでしまった。
「大丈夫か? 眠いのか?」
エーヴリルが顔色を伺っていた。
サファはふるふると首を振る。
自分が眠っている間にも色々と決められているのだろう。教えてもらえるのはいつになるのだろうか。それに、ハーミットまで引き抜くなんて……。
残されたエミュリエール様とレイモンド様は大丈夫なのだろうかとサファは心配になった。
「エミュリエール様のところには新しく補佐官が入ったんだ……あ、です」
サファはハーミットの辿々しい警護に眉を寄せると困ったようにコクと一度頷いた。
フィリズが自分を心配そうに見ていた。
二人がここに入って来てからサファは一言も発していなかった。
「すみません、びっくりしていました」
変な誤解をされてしまいそうな気がしてサファは慌てて引きつった笑顔を作った。
「そうですよねぇ? でも、私とても嬉しいんですよ!」
フィリズが自分に抱きつく様子を見てハーミットも苦笑いしていた。
「アシェル殿下がエミュリエール様に還俗して君の護衛に着かすつもりだったらしいんですけど、どうしても邸に戻るのは嫌みたいで」
サファは返事の代わりにコクと頷く。
エミュリエールから、面と向かって貴族に戻るのは嫌だと言われた事はない。けれど、エリュシオンとの話や仕草の節々からそうじゃ無いかと思っていた。
じゃあもし、自分がエリュシオンの養子になって今みたいにエミュリエール様を揺さぶられる因子になってしまったら?
それは前々から自分が嫌だと思っていて、そんな事はさせないと決めていた事だった。
「◯◯◯◯◯様、大丈夫ですか?」
「……あ、はい」
物思いに耽っていて話の途中である事をサファは忘れていた。
なんか今、なんとか様って言われた様な気がしたが聞かなかった事にした。
「今回は挨拶だけしに来たんです、まだ調子良くなさそうなので私達はこれで……」
ハーミットに敬語で話をされ慣れない。
でもきっと自分はそう言う立場になるんだろうと思うととてもサファは不安になった。
「明日だ」
二人が薬室から出ていくとエーヴリルが突然言う。
サファはエーヴリルを見上げて首を傾げた。
「明日、ここに話をしに来るそうだ」
「そうですか……」
誰がとは言わなかった。
何となく予想がつくからだった。
その日は昼を過ぎても起きていられたが夕食を食べた3の刻半にサファは突然の睡魔に襲われる。
眠りに落ちた先でサファはまた夢を見た。
今の自分より少しだけ小さな自分。
「もう、時間がないよ? 早く逃げないと」
「逃げる……?」
「そう。だって嫌だもの」
「そっか」
これは本心。
貴族にになるとか養子になるとかよりももっとエミュリエール様が嫌々貴族に連れ戻されるのが嫌。
ならどうすればいい?
考えれば簡単に答えが出た。
「ねえ、人ってどう思う?」
もう一人の自分が聞いて来た。
つい一年前は面倒で嫌いな事だと思っていた。でも今は嫌いと言うほど人と関わって来てはいないとサファは思った。
「それが分かったら、晴れやかな気分でその日を迎えられる?」
サファが自分にそう聞くと夢が終わった。
目が覚める。
陽が出ており明るい。次の日になったんだとサファは思った。
部屋がノックされエーヴリルが入って来る。その手には食事と服を持っていた。
突然眠ってしまうなどエーヴリルには迷惑をかけっぱなしで本当に申し訳ない。
サファがそう言うとエーヴリルは仕方ない事だから気にしなくていいと笑っていた。
「食べ終わったら、これに着替えておく様にとエミュリエールから預かった」
エミュリエールの髪色と同じ薄い黄色の木香薔薇がたくさん散りばめてある服を手渡される。
『幸せな時間をありがとう』
そう言われている様な気がして胸が締め付けられサファは寂しくて泣きそうになった。