帰城 2
出来ればもうこの話は終わりにしたかったがもうひとつだけアシェルには聞いておきたいことがあった。
「お前は、あれだけの魔力渦の中何故平気だった?」
「それは……」
アイヴァンが首にかかるペンダントの話をすると手が縛られているアイヴァンに代わってアレクシスがペンダントの鎖を引き抜いて黄色い魔石を出した。
「これをその時に?」
まさか、あの場で作ったのか?
アシェルはその黄色い魔石を見つめ手を組んでいた。
「もともと持っていた物のようでした。返しておいて頂けませんか?」
こんなに静かに話すアイヴァンを見るのは初めてで中身が誰かと変わってしまったかのようだった。
「俺じゃなくて、あの子に直接返してくれ」
「それは……」
もうサファとは会わせてはもらえないと誰かから聞いていたのかそれとも会いづらいのかアイヴァンは黙ってしまった。
「お前を助けようとしたサファについてお前はどう思った?」
アイヴァンは椅子に座わり爪先をじっと見つめたまま黙る。
そのまま黙ったままなのかと思っていたが言葉を探すかのように口を開いた。
「あの子が自分に何か特別な思いがあって助けたのではないと思いました、自分がたまたまいてあの子がたまたまそうしたいと思ったからと」
「そうか……なるほどな……」
自分が法的に誰かを殺さなくてはならない時も誰も殺したくないというのが本当の気持ちだった。
サファが今回アイヴァンを助けたのには彼に特別な思いがある訳ではないだろう。
だが、自由に動けない自分の代わりにそうしてくれたと思うとアシェルは気持ちがとても楽になった。
「お前を貴族ではなくし、平民として生きて行く事を今回の処罰とする」
「……はい」
アシェルがそこまで言うと後はエリュシオンが台紙を開いて今後の生活の詳細についてアイヴァンに説明を始めた。
住んでいたメルヴィル邸からものを持ち運ぶ事は禁止。
住む場所と仕事の手配、初期の資金として少しまとまった金額は渡されるものの、その後は自分で衣食住を自分で確保するようにとの事だ。
その他に、魔術使用の禁止と名前の除名がされる事。その為の契約魔術し、五日後に刑の執行とすると言う事だった。
アイヴァンという名前がなくなる代わりに新しい雇い主から名前を貰うそうだ。
「説明は終わったか?」
「ん? ああ、いいよ?」
アシェルがエリュシオンに尋ねると彼は台紙を閉じた。
「サファに面会させる」
アレクシスがその言葉に驚いていたが何も言わなかった。まあ、アレクシスなら何かあってもアイヴァンくらい取り押さえられると言うこともあるのだろう。
薬室には今日から体調が落ち着くまでサファが入院することになっていた。
アイヴァンを連れて薬室にいくと開けっぱなしのドアから奥の扉が開かれており、そこから白衣が見えた。
「エーヴリル」
声をかけるとエーヴリルが鋭い目つきで振り返りアシェル達だと分かると表情を和らげる。
「おー、元気そうだな」
エーヴリルがアシェルの元気な様子を見て夜中来た時の事には触れず頑固そうな長毛を耳にかけた。
「エミュリエールは?」
「さっき帰ったところだ、今 後でまた来ると言っていたが」
エミュリエールと補佐官二人は年初めの最中にサファが誘拐されたのでその後は捜索に参加していたためほとんど丸々一日大聖堂にいなかった。急いて孤児院の様子を見に行き必要な事をやってからまた来るつもりなのだろう。
出来ればアイヴァンとエミュリエールを鉢合わせない方が良いと思っていたのでアシェルとしては好都合だった。
エーヴリルがアイヴァンの姿に気づき急に冷ややかな目にをして黙ると何も言わずにベッドの前を退く。
よく見える様になったサファの顔を覗くとは熱で高潮して顔が赤くなっていた。
アレクシスがアイヴァンの背中を押してアシェルの横に立たせた。
「こいつは、お前は親からそう教わっただけだとあの時言っていた。だから、新しく一から教え直せば変われるはずだという事なんだろう。そう思って辛かったらこの顔を思い出せ」
「はい……」
そう言うとアイヴァンは一歩前に出て黄色の魔石のペンダントを枕元に静かに置いた。
アレクシスにアイヴァンを任せて連れて行ってもらうと黙っていたエーヴリルがようやく話し始める。
「それ、エミュリエールの為に作ったものらしいぞ」
「そうなのか?」
「あの馬鹿真面目は、気持ちだけ貰っておくと言って受け取らなかったんだそうだ」
何でそんな事をエーヴリルが知っているのかと手紙をやり取りした時にそう書いてあったと言う事だった。
「目覚めるのにどれくらいかかる?」
「前と同じくらいだと思うが? 全く年に二度も水涸れを起こしやがって」
「エーヴリル、言葉が汚い」
アシェルが言葉遣いを注意するとエーヴリルの眼鏡が睨む様に光った。
「お前は薬を飲んでないな?」
朝のあれはエーヴリルの指示だったのかと思うとバレてしまいアシェルが冷や汗をかく。
薬は昔から苦くて嫌いだ。
飴状のものならまだいいが液体のものは苦くて度し難い。
「同じ子供なのにサファには飲ませないじゃないか!」
腰に手を当てて正論だろと強気で言っては見たもののエリュシオンが嫌な顔で笑っているのが見えて思わず「え?」と気の抜けた声を出した。
エーヴリルが眼鏡をクイっと持ち上げると鋭い眼差しで片手に薬液を持っていた。
「子供子供と言っても薬の量は体重で決まる。サファに使わないのは余りにも体重が少な過ぎてこれを使うには副作用の危険が高過ぎるからだ。それに比べてお前はその年齢にしては背も高い方だし体重も35kgを超えている、そういうことだ」
「ずるい……」
「ずるいずるくないの話しじゃない。エリュシオン押さえとけ、口の中に放り込むから」
凄みをきかせて近くに寄って来たエーヴリルを見てアシェルが震え上がった。
「わかった! わかったから! せめて自分で飲ませてくれ」
エーヴリルとエリュシオンが2人してニヤッと笑うとアシェルに薬液を持たせて飲むのを見張っていた。
何度か息をついた後、一気に薬液を仰ぎその苦さに「うえっ」と言うと、エリュシオンが良薬は口に苦しと言ったのでアシェルは睨みつけてやった。