帰城
朝が来た。
夜のうち吹雪いていた天気も今日はそれが嘘のように雲一つ無い青空だ。
窓の外はアクティナでは見る事ができない雪景色。雪かきをしている騎士と使用人達の姿が見えた。
今日というか昨日というか、心身共に疲れてしまいそのまま眠ってしまったのだろう。目が覚めれば自分が布団の中にいる事にアシェルは気づいた。
(そう言えば……)
アシェルは年初めの城の祝賀会に出る為、高価な服を着て支度をしている時にハーミットから『攫われた』と連絡が来た。
着替えるのも時間がかかったのでその上に外套を羽織ったまま来たのだった。
アレクシスが脱がしたであろう、黒に凝った銀の刺繍がされているジャケットが椅子の背もたれにかけられ靴はベッド横に綺麗に揃えて置かれていた。
アシェルが起き上がってぐぅっと伸びをしているとノックされたドアからアレクシスが入っきた。
ふわっといい匂いがしてその手元を見るとトレーを持っていた。どうやら、自分に食べさせるための食事らしい。
「お? おきたのか? 起きてなかったら叩き起こそうと思っていたんだ」
アレクシスが悪戯っぽい笑いをする。
「やめてくれ。目覚めが悪いのは結構堪えるんだ」
いつも通りだと苦笑いした。
もうウジウジするなという事だろう。
苦言のようだが今はそれで平常心を保って行けそうなのでありがたい。
「もう全員おきてるのか? と言うかちゃんと寝たのか?」
陽が登ってから暫く経っていそうな日差しの様子に聞いてみた。
「起きてないのはサファ一人だけだな。後はみんな起きてる」
アレクシがテーブルにトレーを置いてアシェルを椅子に座らせると「飯を食え」と言った。
トレーの横に魔力回復の薬が置いてありアシェルがそれを向こうに寄せるとアレクシスが渋い顔をした。
アレクシスがソファに座り昨日の夜遅くにエーヴリルが来て診察と治療をして行ったと報告を受け、彼女が帰る前に就寝命令を出して行ったと言う事に思わず食べていたものを吹き出しそうになってアシェルは口を押さえた。
「吹き出すなよ……?」
騎士の寄宿舎でエーヴリルの世話にならない者はいない。
その為、みんなエーヴリルに頭が上がらないのだ。
「それは……。皆んな早々に寝たな」
「あぁ、寝た」
「ならいい」とアシェルが唇に弧を描くと、アレクシスが安心していつものようにニカっと笑った。
食事をしたらイースデイル卿にお礼を言って帰城の為に騎士達を除雪された場所へ集めさせるとイースデイルの家にいるものも一斉に見送りに来ていた。
アレクシスの赤い外套は本人に戻され、エミュリエールが抱えているサファには薄桃色の杯に蛇が巻きついている紋章が入っている外套に包まれていた。
「着替えたのか?」
アシェルがエミュリエールの手元を覗き込む。
「夜中に来たエーヴリルがこちらの侍女に渡したようです」
「なるほど」
見れば服も違うものになっているのが見えた。
報告によれば監視をつけて個室に隔離していたアイヴァンは抵抗することも何かを言うことも無く一晩を過ごしていたようだ。
一睡もして無いのかアイヴァンの目の下にクマが見られていた。
アシェルがそれを一瞥して騎士達の前に出る。
「昨日は皆ご苦労だったな。準備はいいか? これより帰城するぞ!」
「「了解!」」
次々に鳥で飛び立つ様子はイースデイル家にいるもの達にとって壮観の様で「わぁっ!」と歓声があがった。
一晩でも仲良くなった奴らもいるのか手を振るものに手を振り返す様子が見られアシェルは嬉しくなった。
温かい眼差しに見送られて飛び上がってみれば、白一色の美しい街が目に映る。
フェガロフォトにもこんな景色があったんだなとアシェルはエミュリエールが抱えているサファを見て残念に思った。
「何かあったの?」
エリュシオンが自分の顔を怪訝そうに覗き込むとアシェルは満面の笑みで返した。
「何でもない」
この景色を見たらサファはなんて言うんだろう?
その事がアシェルの頭をよぎる。
「白いですね」ときっと言うんだろうと想像するとアシェルは目を細めて城の方角を見つめ力強く空を駆けて行った。
「約束は果たせそうだね」
城につき騎士達に宿舎へ帰っても良いと伝えるとアシェル達は父である国王に報告してアイヴァンを平民にすると言う約束を漕ぎ着けて来たところだった。
イシュタルの使いと言う不思議な存在に興味があるのか細かく聞かれたことがアシェルは気になったが結局アイヴァンについて自分に一任すると言う事なので「平民にする」と言う処罰を下す事となり胸を撫で下ろす。
処罰の事を話すのもあったが、アシェルはアイヴァンに他にも聞きたい事があった。
執務室の机の前に少し離れて椅子が一つ置かれる。
アレクシスがアイヴァンを連れて来ると椅子に座らせてその後ろに立つ。
アイヴァンは傷を綺麗に癒されているのに顔色が悪く憔悴した様子でまるで病床にいる者のように見えた。
「お前への処罰を下す」
「はい……」
「だがその前にサファと何があったかを教えてくれないか?」
聞いてみたかった。
自分を誘拐したアイヴァンをサファが身を呈して庇うその理由となった事柄を。
「…………」
アイヴァンは沈黙した後重い口を開くと、酷く落ち着いた様子でその時のことをぽつぽつと話し始めた。
「あの廃墟に閉じ込められていた時、自分は怪我をしていました。それをあの子が癒してくれて……、その、代わりではなかったのですが、現状を教えてやりました。それなのに途中で寝てしまって……」
アイヴァンはその時の状況を懸命に思い出すように一点を見つめていた。
「寝て……?」
よほど気を許しているところでないと眠れないアシェルは耳を疑った。
「だってあんな寒いところで寝たら凍死するでしょう? だから膝に乗せて冷えないように抱えたんです。怒鳴っても少し躊躇するだけで効果無くて。抱えたら思いの外に小さくて……」
抑揚を持たずに疲れた様子で話を続けるアイヴァンの声を聞いてアシェルはそういえばこいつもそうだったなと思った。
「そしたら男が……三人来て、自分は殺して行くと言われたんです……。あの子には魔力を封印する首輪がつけられて。でもどっちにしろもう助からないし、どうでも良くなったんで大人しく殺されようとしていたんです」
「それを、奴らはサファの前でしたのか……?」
話の内容にアシェルが驚いて眉を上げると眉間にシワを寄せて顳顬を手で押さえていた。
「はい。あの子は目の前で人が殺されるのに、びっくり……いや怖くなったのか……突然魔力が弾けた見たいになったんです」
「…………」
それであの暴走状態か。
だいぶ恐怖を感じていただろう。
そしてその後どうなっていた?
サファは水涸れで血を吐き辛い思いをしていたはずだ。
その中でも誰かを助けたいと思うサファの強さにアシェルは俯いて表情を暗くした。