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イースデイルの邸での夜

 イースデイル卿の邸に着くとその邸の主と使用人が集まり夜中にも関わらず室内を暖かくして出迎えてくれた。

 アシェル達はもう吹雪となる雪の中を飛んできたため、服には雪が積っており家の中に入る前にお互いで払って中に入れてもらう。


「済まないな、イースデイル。とても助かる」


 アシェルが外套をアレクシスに外してもらうとイースデイル卿の方を向いて姿勢を正した。


「殿下のお力になれる事を光栄に思います。食事も入浴の準備もしてあります。さ、中へどうぞ」


 イースデイル卿が掌を向けて中に入るよう促してくれた。


「先にこっちの案内をしてやっくれ」


 赤い外套で包んだ何かを持つエミュリエールを見るとイースデイル卿が興味深そうに手許に視線を落とす。


「そちらがイシュタルの使いですか?」


 外套からほんの一握り白金の髪がはみ出ているのを見たイースデイル卿が覗きたそうに顔を傾けていた。


「あぁ……色々と聞きたいことはあるだろうが、 取り敢えずこの子を休ませたい」


 しつこく聞かれそうだと思いアシェルは箸折ることにした。


「失礼いたしました」


 相手が不快そうな態度を取れば潔く引き下がってくれるイースデイル卿にアシェルは安心して柔らかい表情をした。


「ではこちらに」


 イースデイル卿がエミュリエールを先に客間へ案内しに行こうとするとその後ろにエリュシオンも並ぶ。

 エミュリエールが何か言いたそうに横目でエリュシオンを見るとその視線に気づいた彼が「大丈夫だよ」と言って先にイースデイル卿の後ろについて行ってしまった。


「こちらどうぞ、中にお入りください」


 取り分け豪華ではないが手入れの行き届いているとわかる上品な部屋に辿り着くと部屋にあるベッドに包んだ外套を少し弛めてサファを横にさせた。


 苦しそうでは無いその表情にエミュリエールは安心して息を吐く。

 熱が上がり始めたサファの頬が少し紅潮し一見血行が良さそうに見えたが、よく見れば髪には吐いた血液が所々付いて既に乾いていた。


「取らないの? それ」


「汚してしまうだろう?」


 サファの服は先程吐いた血液で汚れている。

 布団を汚してしまう悪いと思ったエミュリエールなりの配慮だった。


「気にしなくていいのに」


「お前の家じゃないだろう」


 まるで邸の主のようにエリュシオンが言うと後ろにいたイースデイル卿がその会話を見て吹き出すのが聞こえた。


「済みません、偉そうに」


「いえいえ、仲がよろしいと思いまして。しかし、随分と幼い。孤児だという事でしたが……」


 サファの顔が良く見える様になってイースデイル卿は顔を覗き込むだけでは足らないようだ。五十近い彼はなかなか好奇心の旺盛な人物らしい。


「ごめんイースデイル卿。今はまだ詳しい事は言えないんだ」


 エリュシオンがにっこり愛想笑いをして話を遮る。


「そうでしたね。申し訳ありません」


 少し後ろに身を引くとイースデイル卿は先程と同じ様ににっこり笑って黙り「何かあれば使用人に」と言って部屋を出て行った。


「そう言えば、エーヴリルからの返事はどうなってる?」


 眠っているサファを見ていたエミュリエールが振り返るとエリュシオンが顎に手を当てて首を傾げる。


「あれ? 確かに来ていないね。でも彼女の事だから、手紙の返事をするより面倒と言って直接来そうだよね」


 その様子を想像したエリュシオンが楽しそうにエミュリエールに笑いかけた。


「………」


 今日大半を緊張と怒りで過ごしたエミュリエールはとても疲れた表情をしており話す気力もなかった。


「色々済ませたらまた来るから、兄上も少し休みなよ」


 エリュシオンが心配そうにエミュリエールを見た後、口許に控えめな笑みを浮かべ気を利かせたように言葉を残して部屋から出て行った。



 入浴をしたい者や食事をしたい者、休みたいものに分けてそれぞれ邸の使用人が騎士達を案内する。

 休みたい者にはイースデイル卿が大部屋を準備してくれておりアシェルはありがたいと思っていた。


 部屋を用意してもらいソファに座ったアシェルは一息ついていたところだった。


「はぁ……」


「なんの溜息だよ」


 溜め息を聞いたアレクシスが荷物を置き腕を組むとアシェルを怪訝そうに見た。


「いや、疲れたと思って……」


「そうだな……」


 やる事は色々あるだろう。

 しかも自分は年始の祝賀会をすっぽかしてここに来ておりそれの事やこの後の事を考えると疲労がドッと押し寄せる。


 夜も遅い。

 あまり起きていては邸主にも迷惑がかかるだろうと取り敢えず体を温める為にアシェルは入浴の準備をしてもらっていた。


 何もしたくない……

 出来ればもう今日は何もせずアシェルは休みたかった。


「夜食はどうする?」


 正直今はあまり食べたい気分では無くアシェルが背もたれに寄り掛かって閉じていた目をぼんやりと開けると何かをため込むように静かに光らせてアレクシスを見た。


「…………」


 アレクシスが何かを言おうとして口を開いたのを見てアシェルは天井を仰いで想いに浸っていた。


「裏切られたと思っているのか?」


「そうじゃない……」


 アシェルが自嘲的に笑う。

 サファが身を呈して自分達よりもアイヴァンを優先した行動は本当なら自分がするべきだったのではないかとアシェルは思っていた。


「お前は、間違った事はしてなかっただろう?」


「そうかな……」


 はぁっと溜め息をつくのが聞こえる。

 いずれ王になる為にいつも威厳を保とうとしているはずが年相応の言葉使いになっていた。


「俺はあまり複雑な事は分からないが、そう思っているぞ!」


 アレクシスから強く言われた言葉にアシェルはとても心強く感じた。


「そっか……ありがとう」


 そう言うとアシェルは弱々しく笑って目を閉じる。

 やる事はあるのに今は気持ちが疲れて王族として正しく判断する事が出来る気がしない。

 これはきっと水渡しのせいだ。

 

 明日はきっと大丈夫。

 そう自分に言い聞かせるとアシェルはそのまま眠りに落ちて行った。



 コンコンとエリュシオンが部屋をノックする。

 聞こえてきたのはアレクシスの声だった。

 扉を開けて中に入るとソファにアシェルが寝ていた。


「え、マジ寝?」


「身体的なというより水渡しのせいじゃないか……?」


「あぁ」


 魔力が急激になくなる事で自信喪失に陥る事がある。

 その言葉でエリュシオンが状況を理解すると眠っているアシェルの顔を覗き込んで自分の過去を思い出した。


 寝ている姿はまだ幼さが残る少年の顔をしている。


 自分はまだまだマシだ。

 生まれながらに国王になる事が決まっているアシェルは幼い頃からそういう風に育てられ色々な重圧をうけながら強いられて生きている。

 時にはその立場に文句を言う事もある。

 それでもエリュシオンにとってアシェルは尊い存在だった。

 今回のサファの行動はアシェルにとってとても水が打たれるような気持ちになっただろう。


「今日はもういいだろう?」


 生まれた時からアシェルの面倒を見ることの多かったアレクシスは時に厳しい事も言うがとても彼を可愛がっていた。

 こんな状態のアシェルを見て心配しないわけがない。


 エリュシオンが振り返るとアレクシスが眉を八の字にして自分を遮るようにアシェルの前にしゃがみ込んだ。


「ごゆっくり」


 エリュシオンは珍しく気弱そうな表情をするアレクシスを目を見て細めて笑うとそれを肯定と捉えたアレクシスがアシェルを抱えてベッドにつれていった。


「アレクシスも疲れたなら休んでいいよー? その代わり明日は早起きね」


「ハッ」


 アレクシスが大笑いするのを抑えると暖かい眼差しでアシェルに布団をかけていた。



 エリュシオンが部屋を出て廊下を歩いていると使用人に何かを言われながらズカズカと歩いてくる人物に遭遇した。

 誰だか直ぐに分かった。


 こんな夜中に自分の名前で呼びつけたその本人。

 兄と話していた内容を思い出して自然とエリュシオンは自然と笑みが溢れた。


「お前、こんな時間に呼び出しといて何笑ってるんだ!」


 エリュシオンから見れば大体エーヴリルは不機嫌な事が多い。

 その通常運行に自分も平静が保てた。


「えっと、姉上?」


「姉じゃない!」


 その受け答えに益々笑いが溢れる。


「あはは、案内するよ」


 エーヴリルが診にきたであろう人物の元へエリュシオンが嬉しそうに歩いていくと1つの扉の前で立ち止まった。


 コンコン


 エミュリエールがいるはずの扉をノックしても返事がない。

 気遣いながらエリュシオンが扉を開けると部屋は明るいままでベッドの横でサファの手を握り我が子を守るように突っ伏して寝ているエミュリエールがいた。


「うわぁ、こっちもマジ寝だ」


 珍しいその様子にエーヴリルが遠慮しながらサファの顔に触れ診察をすると呪文を唱えてエミュリエールもろとも回復の魔術をかける。


 エリュシオンがその様子を見て微笑んだ。

 険しい見た目とは裏腹にエーヴリルが使う回復の魔術は繊細で優しい。

 エリュシオンは前々からそれを見ているのが好きだった。


「これでいいな。それで? 後は誰かいるのか?」


「サファに水渡ししたアシェルが……ね」


 驚いて目を見開くとエーヴリルがエリュシオンを見た。


「あの坊主が?」


「そう」


 エリュシオンが苦笑いするとさっきの様子を思い出して遠い目をした。


「そんな顔するな」


 エーヴリルが慰める様にエリュシオンの頭を一回だけポンと軽く叩いた。

 なんとなく面白くない感じもしたがエリュシオンはなんとはない顔をしてエーヴリルをアシェルの部屋へ案内する為に扉を開けた。


 エーヴリルの横に並んで歩くとエリュシオンの背は同じくらいだ。

 2人は今日会ったことを話しながら同じような足取りで歩いていくとさっきと同じような部屋の前で止まった。

 エリュシオンがノックはせず耳についた通信機で話しかける。


『エーヴリルを連れてきたよ』


 そう言うと中から扉が開く。

 アレクシスは半分寝ていたのか眩しそうな顔で何も言わずに二人を招き入れるとベッドに寝ているアシェルに視線を向けた。

 普通の人ならあまり珍しくない様子だった。


「よく寝てる……な」


 アシェルは一見気さくそうだがそれは誰にでも気を許している訳ではなく彼が意図的ににそう見せているだけで城の自分の部屋以外では熟睡する事はない。

 この状況は彼にとっては異常な状況だった。


 エーヴリルがアシェルに診察を施すと息を吐いた。


「魔力が減っているのもあるが、気力が落ちてるな。何があったのか?」


 エーヴリルが回復の魔術をかけるとわしっとアシェルの頭を撫でた。

 エリュシオンとアレクシスは少し戸惑いながらエーヴリルの事を信用して廃虚での様子を話す。


 エーヴリルから見てもサファが入院していた時に珍しくアシェルが気を許していると思っていた。


「自分よりアイヴァンを優先されたのがショックだったのか……」


「それもあるとは思うが」


「ん? ああ。なんとなく分かった。アシェルは優しいからな」


 言い得て妙な返事にエリュシオンは満足して気持ちが晴れていくような感じがした。


「こう言うのは一晩良く眠れば大体解決する。もう遅い時間だし、私も眠い。お前達も、騎士達も全員もう休めよ!」


 休息をとるようにとエーヴリルが指示を出すと戻ってもさそうだと思ったのか「サファは明日連れてこい」と言って転移魔術を使い尾を引く様に光が城の方へ飛んで行った。


 エーヴリルの『就寝』の指示が出たとアシェルに代わってエリュシオンが皆に就寝をかければ騎士達が一目散に布団に入って行く。


 ──── そして夜が明けた。

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