さらわれ少女の消えた理由 7『さらわれ少女①』
鳥(召喚獣)に跨り空を走ると、冷たい風が顔を突き刺す。年を超えて、さらに寒さが増したのか、クリオをつけているのに冷気が染み込んでくるようだ。
大聖堂までそんなに遠くはない。白い息を吐きながら、見えてきた建物めがけてアシェル達は速度をあげる。
すると、走ってそこに向かっているエミュリエールの姿が見えた。
「エミュリエール、何があった!!」
「アシェル殿下!!」
彼も息を切らして、白く蒸気をあげている。
「さっき手紙が来て、私にも何がどうしたのか、」
「兄上、とにかく乗って!」
エリュシオンが兄に向けに手を伸ばした。
年初めは、孤児たちが唄を披露しながら街を回るという催しがある。だが、サファはそれには出さずに、結界の敷かれた孤児院の中で過ごす、とアシェル達は聞いていた。
エミュリエールの結界が破られたのか?
その事もそうだが、サファにはエミュリエールの魔石を持たせていると聞く。元からあるペンダントと合わせれば、相当の付与がかかっているし、本人だって身を守る魔術くらい使えるはず。
彼女に触れることすら、簡単ではないだろう。
「心配だったが、1刻くらいなら大丈夫だろうと思っていたんだ」
エミュリエールは眉間にシワを寄せ、戸惑いを隠せないようだった。
「まあ、数日くらいもつだろうね。普通なら」
それなのに一体何があったんだ。
分からないまま孤児院に入ると、入ってすぐの場所で、1人の孤児を囲むようにレイモンドとハーミットが立っている。
その子は、エリカという名前で、少し風邪だったため、サファと一緒に留守番をしてもらっていた。追い詰められている彼女は、恐怖で目に涙を溜め、ただただ首を横に振っていた。
「どういう事だ?」
「エミュリエール様!」
2人がエミュリエールに気づいて振り返る。
「エリカが、持っているんです」
「持っている?」
見ると手が白くなっている。かなり力強く何かを握りしめているようだ。手の端から見えるのは、鎖?
「魔石だね。たぶん、赤いほう」
エリュシオンが『解析』を使ったらしい。
エミュリエールはハーミット達を下がらせるとエリカの前で屈んだ。
「何があったんだ?」
間違いなく関わりがあるにしては、随分と優しすぎる口調。見慣れたエミュリエールの姿に、敵ではないと認識したのか、エリカは少しずつ口を開きはじめた。
「ごめんなさい……エミュリエール様……ごめんなさい、サファが!」
「落ち着きなさい。大丈夫だから」
かなり緊張しているらしく、ヒューヒューと喉から音がしていた。このままでは息が吸えなくなってしまう。
エミュリエールは優しく微笑むと、目をむき出しにしたエリカの首に手を添え、脈動を感じながら、少しずつ力を入れていく。
「ゆっくりでいい、話してごらん」
「うぅ……ぐすっ、ごめんなさい。分からないんです、熱っぽくてボーッとしてて……」
「それで?」
根気よく聞いている。普段からこういう風に接する事はよくあるのだろう。慣れたものだ。
アシェル達は黙って見守っていた。
「気づいたら目の前に人がいて、それで……手にこれが」
手は開かない。力が入りすぎて広げることができないようだ。
「どんな人だったかおぼえてるか?」
「……あんまり覚えてない、けど……フードから濃い紫色の髪が……少しだけ見えたの」
そう言いながら、ずるずると壁を擦ってエリカがへたり込んでいく。
「どうやって連れていかれた?」
「袋に……白くて大きな袋に入れられて、小さな薔薇が……あ、れ?」
とつぜん糸が切れたように、エリカは気を失って倒れ込む。エミュリエールがそれを素早く受け止めると、レイモンドに渡し、部屋に寝かすよう指示した。
「頚動脈洞反射なんて危ねぇな。下手したら息が止まるぞ」
壁に寄りかかって一部始終を見ていたアレクシスが腕を組んだ。
「ここの子には魔術を使いたくない」
「まぁでも、誰かということは分かったな」
このタイミングで来たか。紫の髪、薔薇なんてあいつらしか出てこない。「メルヴィルめ」と零してアシェルがそこにあった椅子に腰を掛けた。
「すみません、もうちょっと情報が聞き出せれば、」
床に転がったペンダント見て、エミュリエールが手を伸ばす。
「あれ以上は無理じゃん? それより、早く探した方がいいかも」
エリュシオンが、エミュリエール手にある薄紅色の魔石を眺め、口に手をあてた。
「洗脳だね」
「あぁ」
こっちなら、まだ、結界は破られていなかったかもしれない。持たせた魔石を逆手に取られるとは。
「クソっ!」
エミュリエールはテーブルに拳を打ちつけた。
メルヴィル家の魔力は、バウスフィールド家より劣るが、エミュリエールの魔石を使えば、結界へ侵入する事ができたのも頷ける。
考えたもんだ。
「子供まで利用して!!」
かなりお怒り気味である。
アシェルがエリュシオンに目を向けると、彼は頷いてエミュリエールの首にサファのペンダントをかけた。
「それはお前がしっかりつけておけよ」
スッ、と頭に上った熱が引いていく気がする。それと共に湧き上がるのは、失うかもしれない、という不安。エミュリエールは胸元に佇む魔石を両手で祈るように握りしめた。
「バカだねぇ。あの子に手を出すなんて」
「呑気なこと言ってる場合じゃないだろ」
アレクシスが言う。
「そうだね。すごーく危険だ。主に相手が、だけど」
「相手なんてどうでもいい!」
俯いたままエミュリエールは言い捨てた。
「まぁ、そうなんだけど。それだけじゃ済まないからね」
エリュシオンのいう通りだ。どこにいるかは分からない。でも、彼女がまた『暴走』を起こしてしまったら? 周りに何もないところだったらいいかもしれないが、もしそれが街中なら。
それに加えて、もう1人。チラリ、とアシェルはエミュリエールを見た。爆弾はふたつ、だ。
「領地がひとつなくなるかもしれない」
「おいおい、マズいだろそれ。早く騎士をあつ、」
「…………」
首を振る。アシェルは、騎士たちの召集を躊躇った。
「何でだよ!」
「彼女を危険人物だと知らせるようなものだからねぇ」
エリュシオンのやつ、よく分かってやがる。
その通りだ。
ファクナス討伐後の暴走を知っているのは気を失ってなかった人物だけ。それも、口止めをしている。彼女を保護する意味が、王族や国に対して危険だから、という理由なら、迫害者としてになってしまうのだ。
その場合、保護は保護でも、扱いは幽閉という形になる。
それに、相応の理由がないサファのために騎士団を動かすことは、公私混同。だが、今回の経緯でサファに落ち度はない。出来れば力になってやりたいが。
「まいったな」とアシェルは髪を掻きあげた。
「アシェル、国王陛下にはサファの事を言ってある?」
エリュシオンが指の背で唇を撫でていた。
「適合者とだけ」
「えらい!」
彼が人差し指を立てて言うと、訳がわからずアシェル達は考えあぐねる。
「騎士を召集する。兄上、ちょっと場所かりるよ」
「ちょっとまて、そんな事したら、サファは!」
「大丈夫だよ」
「っ!」
エリュシオンの肩を掴む手に指が添えられると、ピリッとした軽い感覚が駆け抜ける。
「だって『我が国の王子殿下の適合者様』を助けるんだもん」
と彼は頬を上気させ、悪戯っ子のように笑っていた。




