さらわれ少女の消えた理由 5『寝て起きたら』
日差しが入ってきて、顔を照らす。肌触りのいい掛布にふかふかのベッド。いつもなら寒くて布団の中でまるまるはずなのに、大の字になって目が覚めた。わたしにしてはまあまあ寝相が良いほうだ。
「んんーっ、あれ?」
よく寝た。
しこたま伸びをした後、周りを見回して情報を整理すると、辿り着いた答えに、ベッドから飛び出した。
大変!
昨日の流れで、ここがエリュシオンの邸だと予想がつく。だけど、無断でいなくなったとなれば、エミュリエール様がどうなっているかわからない。
どうしよう。
そわそわして、いてもたってもいられず、彼を探しに行こうとドアノブに手をかけた。
「あっ!」
「おや、どちらに行くのですか?」
ドアを開けると人が立っていた。
すらっとした体型のその男の人は、黒いモーニングに白い手袋という格好をしている。黒味の強い茶色の髪は、短くも長くもなく上品に整えられ、優しそうな顔には眼鏡をかけていた。
多分このお邸の執事だろう。
「わ、わたしっ、ここに来ること誰にも言ってなくて、」
「あぁ……やはりそうでしたか」
彼は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「エミュリエール様が心配しているはずなので、あの、わたし、わたしっ! 帰ります! あっ!」
すり抜けようとして飛び出すと、捕まえられて宙に浮いた足をバタつかせる。
「離してください!! 帰らないと!」
「思ったより、生きがいいですね。暴れないでください。わたくしから、エミュリエール様には連絡していますから」
「え……?」
「昼頃にいらっしゃるそうですよ」
彼を見上げると、コクリと頷いている。
「それまで少し時間がありますので、わたくし共にお付き合いくださいね」
そしてニコッと優しそうにほほえんだ。
えぇぇ!!
サファは訳もわからずその男の人に連れて行かれてしまった。
・・・・・・
窓から見える、広い森を眺めて、サファは頬杖をついた。
あれから、女の人に預けられると、わたしはたちまち服を脱がされ、体を洗われて、ドレスを着せられてしまった。髪は……弄られるのにはもう慣れていたし、櫛でといてくれる手が優しい。彼女があんまり楽しそうな表情をするので、大人しくされるがままになっていた。
そのままここで待つように言われたのだけど。
一室に案内され、はぁっとため息をついた。
邸の主人であるエリュシオン様は、どこかに行ってて今はいないらしい。
なんで連れて来たんだろう?
5の刻半になるちょっと前になると、さっきの執事が来てお茶を入れてくれた。
「びっくりなさったでしょう? わたくしはこの家で執事をしていますアルフォンスといいます。お嬢様」
「お……」
お嬢様って言ったよ、この人。
「どうされましたか? お嬢様」
「やめてください!」
抱えた頭をふるふると振る。まだ、自分をそんなふうに呼ばれるには心の準備がない。あまりに気持ちが悪く、全身に鳥肌がたった。
「ふむ。それでは僭越ながら、サファさんとお呼びする事にいたします」
まあそれなら、とサファはコクコクと首を振った。
「すみません、わたくし達、使用人が養子になる前にお会いしたいとエリュシオン様にお願いしたために誘拐のような事になってしまったみたいで」
ホントに、とサファは渡されたお茶を一口飲む。ハモミリの香りが口の中に広がった。
「エリュシオン様も、エミュリエール様ももうすぐいらっしゃいますから、安心してくださいね」
そう言ってお茶のセットを持ち扉の方に歩いていく。
「あ、そうそう。アシェル殿下もいらっしゃるそうですよ」
振り返ったその顔が、とても楽しそうで。しょうがないな、とサファは苦笑いを返していた。