暴れ牛と夜明けの唄 12『暴れ牛③』
クゥワン……クゥワン……
エリュシオンの頭上で、太陽のような塊が、ゆっくりと揺らいでいる。その灼熱で一気に気温が上昇し、体の水分を「よこせ」と地面に汗が落ちた。
『ぉお、おい……? ソレ、投げるんじゃないだろうな?!』
できあがった赤い塊をみて、エリュシオンは、うっとりと頬を上気させた。
『なんで??? だって、舐めた攻撃じゃ、効かないんでしょ?』
彼が首を傾げ、ニッコリと笑った。その様子が、まったく悪びれない少年のようだ。
『ちゃぁーんと。引きつけておいてよ』
『分かった、分かったから。お前! それを投げる時は、合図しろよ!!』
今にも飛んできそうな危険を覚え、ファクナスの鼻先を押さえていたアレクシスが念を押す。
夜なのに、夕暮れのように染まった空と大地。エリュシオンの挙げた手の上の物体が、ボウボウ、とも、ゴウゴウ、ともいえない、空間の深部から迫り上がるような、低い低い唸り声をあげていた。
『あははっ、了っ解っ!』
「あ」
アシェルの口から溢れる。緩い口調でエリュシオンが、手を振り落とした。
投げちゃった……
時が止まった世界に、ソレだけが動いていると錯覚して、赤い物体を、皆が目で追っている。
ンゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォ……
目の前をまっすぐ横切っていく。速いはずなのに、大きすぎて、ゆっくり進んでいるようにさえ見えた。
『ほっほっほっ』
『ちょ、ちょ、ちょ、おおおまま……!!』
近づいてくる炎で、アレクシスの顔が赤くなっていく。
ズモモモモモ……!
球体は、ファクナスを中に取り込むと、表面に、びっしりと、魔法陣の式を浮かびあがらせ、熟れた果実ように、中にエネルギーを溜めていた。
『あははは。捕まえた!』
さらに魔力を取り込み、球体が膨れあがる。
…………
もう、破裂、する……
…………
『コキノス・スカーゾ! 爆ぜろ!!』
パチンッ!
エリュシオンが指を打ち鳴らした。
ドガァァァァアアアアアンンンンンッッ!!!!!!
突き刺さる閃光。つん裂く音とともに、大爆発が起こり、耳を押さえる。強風が巻き起こり、それに煽られたサファは、体が浮きあがった。
飛ば……される!
「ちょっ! うわっ!!」
アシェルが慌てて、むんずと服を掴み、しっかりとサファを抱えた。
強い風と、音。眩む視界、焼ける匂い。旋風で入り込んだ土が、口の中で、ザラリ、と不快感を足し加える。
ぅぅ……
失礼だと思いながらも、サファは必死にアシェルにしがみついていた。
シュオォォォォ……
シュオォォォォ……
煙霧がなくなっていき、焦げた周囲が見えてくる。
黒々とした巨体から、まだ、煙をあげている。大きな角と、ギラついた紅い眼。こんな爆撃を受けたのに、ファクナスは無傷で姿を現した。
「大丈夫か?」
「……滅んだかと思いました」
「はは、ファクナスには、あれくらいしないとダメだろうからな」
そう言った、彼も少し青ざめている。ホント……笑い事じゃない。
『っざけんなよ!!!!!! エリュシオンっ!!』
瓦礫が崩れて、アレクシスが出てきた。どうやら、すんでのとこで避難したようだ。
よかった。
サファは止めていた息を吐き出した。
『ほっほっほ』
『さっすがー! アレクシスっ!』
グゥオオオオォォォォ────!!!!
『おっと!』
吐き出された衝撃波を、エリュシオンがヒラリと躱す。
『キミの相手は僕がしてあげるよ。コッチに来な』
ドシン、ドシン、と地団駄を踏み、ファクナスが血走った目で、エリュシオンをまっすぐ睨みつけ、突進し始めた。
『さて、ここからですな』
『お前!! 後で覚えてろよ!!!!』
アレクシスがエリュシオンの後ろ姿に剣を突きつけていた。
『後でね』
軽く目配せをしたエリュシオンが、ファクナスを連れて、街と反対の方向へと進んでいく。それに続き、騎士たちも一斉に動き出した。
時折、エリュシオンがファクナスの顔の前を、わざとらしく飛び回っている。
「何してるのです?」
「ファクナスは目の前をチラつくものに、イラ立つ習性があるからな」
こんなに大きくても、ファルスと同じなんだ。
何度も攻撃をされている。それなのに、エリュシオン様は、高笑いしながらまったくダメージを受けていない。
「楽しそうですね。エリュシオン様は」
「最近は、こう、魔術をぶっ放したりしてなかったからなぁ」
最初は冷や冷やしていたけど、アシェル殿下の得意げな表情を見て、少し安心した。
しばらく移動すると、進むのが止んだ。街からだいぶ離れた荒野。どうやらここが、目的地らしい。
これから、どうするんだろう?
「ここからは、エリュシオンを囮にして、接近戦になる。が、まず、動きが止められるかどうかだな。どうした?」
アシェル殿下が眼鏡をとり、口を押さえていたわたしの顔にかけた。
「あっ!」
「それは、しておけ。今はそれどこじゃないからな。俺は何も見てなかった」
事にしてくれるんだろう。
「すみません。ありがとうございます」
「さて、ここからだぞ」
彼は、わたしの頭をポンポン叩き、ニシシッと笑った。
戦場では、ファクナスに鎖が巻き付けられている。だけど、暴れまわり、咆哮をあげ、周りの騎士が投げ飛ばされている。
これは……
「やっぱり、厳しいか……」
ですよね。でも、なんだか引っかかる。
「やっぱりというのは、どういう事ですか?」
「お前、変な事、気にすんのな」
すみません。だって、聞きやすくて……
「あんまり詳しくは勘弁してくれよ」
そう言って、彼は今回の戦いの流れについて、ザックリと教えてくれた。
もともとは、エリュシオン様が魔術で動きを止めた後、アレクシス様達が、物理的に、総攻撃をする予定だったらしい。
だけど、それが出来なかったという事は……なるほど。
”力が足りなかった”
目を閉じた。その言葉が浮かび、サファはようやく何かが見えて来たような気がした。
「わたし、唄いますか?」
こんな光景を目の前に、自分の身の上を案じて、知らんぷり出来るほど、薄情でもない。わたしがそう言うと、アシェル殿下は大きく目を見開いて、口をパクパクとさせていた。