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暴れ牛と夜明けの唄 5『出陣の夜・中』

「暑くて……エリュシオン様は、冷たくて気持ちいいですね」


 いい匂い。

 彼の服は、ひんやりしていて、肌触りもサラサラしている。それに、なんだかエミュリエール様と一緒にいるような気がした。


「あぁ、そっか。クリオなんてつけてないもんね」


 エリュシオンが、サファの背中に手をあてた。


「やめろ、エリュシオン。クリオのような日常的な魔術は使うな。どうしても必要なものだけにしておけ。この子は孤児だからな」


 それに、いくらエリュシオンといえど、魔力が多く、年齢の低いサファ相手では、魔術酔いが起きやすい、という理由もある。使わないで済むならその方がいい。


「えぇ……」


「出発までにまだ、少し時間はあるんだろう? ちょっと待ってろ」


 そう言って、エーヴリルは、エリュシオンが返事をする間も無く、早足で建物の中に入って行った。


「そうじゃないかと思ってたけど……君はエーヴリルに診てもらってたんだね」


 エリュシオンが、サファの顔を覗き込んだ。


「お会いしたのは、今ので2度目です」


「へぇ……その割には、随分気にかけてもらってるみたいじゃん?」


 なんか。その言い方に、少しトゲがあり、不快感を感じた。


 相変わらず、愛想あいそうの良い顔をしている。だけど、この中で一番、慎重に言葉を選んだ方がいい人だと思った。


「他の数回は、気を失ってましたから」


 ふいっと、サファはエリュシオンから目をらすと、エリュシオンは眉をあげた。


 視線の先では、アシェル殿下と包帯を頭に巻いている人が、ちょうど話している。


 怪我をしているらしいその人は、どうも、討伐に行かせて欲しい、と頼み込んでいるようだ。だけど、彼は、がんとして、ダメだ、と首を横に振っていた。


 なんだか、可哀想。


 サファは眉を寄せた。


 それに、だいぶキツく言葉を投げつけている。


「厳しいけど、あれくらい言わないと、無理やりついてくるからさ」

「なぜ、皆さんはそんなに温かな顔をしているのです?」


 エリュシオンだけじゃなく、他の周りの人達も見守るような表情かおをしている。


「僕たちは、どんなにきびしい状態でも、要請が入れば行かなくちゃいけない。特にアシェルは弱音なんて吐けないからね。だけど、どんな状況だって、死人は出ない方がいい。それが、最優先なんだ」


「そう……なんですか」


 それを聞いて、胸に火がともるような気がした。同じ立場なら、わたしも、きっと同じことを思う。だけど、公の場で、行動に移す勇気なんてない。


 彼は、本当に言うことを、考えて、考えて。嫌われる覚悟もしているんだろう。


 すごいなぁ

 わたしより少し歳上なだけなのに。


 大人の中でも堂々と振る舞っているアシェルの姿は、サファに、人としての器の大きさを感じさせた。


「とても、立派ですね」


 自然と口から言葉が出ていた。


「君は、かしこいね」


 エリュシオンがにっこりとする。その表情は嬉しそうだ。だけど、『生意気な子供』と言われる事もあるんだよ、と言っているようだった。



 アシェル殿下がこっちに歩いてくる。


「お前は今回、皆への紹介をしない。それでいいな」


 サファはコクっと頷いた。

 逃げ道として彼が用意してくれた、気遣いに、ほんのり微笑む。


「ありがとうございます」

「ありがとうって……お前何か言ったのか?」


 アシェルはエリュシオンを見て、半目になった。


「最優先にしている事を話しただけだよ」

「あんまり、余計なこと、言うなよ。返すんだからな」

「この子、頭が良くてね」


「変な言ってないで、ちゃんと見張っててくれ。エミュリエールを怒らせるなんて事、したくないからな。もうそろそろ出発させる。頼むぞ」


 それだけいうと彼は、また、離れて行った。


「エミュリエール様は……怒ると怖いです」

「君まさか……怒らせたことあるの?」


 エリュシオンが、ぎょっ、としていた。


「一度だけ、怒鳴られた事があります」


 サファがあの時のことを思い出して、ふるるっと身震いする。


「あらら。それは、たぶん本気じゃないやつね」


 サファは首を傾げる。


 あれが本気じゃない……?


「兄上が本気でキレたら、アクティナが滅ぶよ……」


 彼はため息混じりに言った。サファが顔を青くして、エリュシオンの服を掴み、首をフリフリとさせた。


「もし、エミュリエール様を怒らせてしまったら、どうしたらいいでしょうか?」


「もし怒らせたら? そうだね……」


 彼は唇をトントンと指で叩き、ニコッと笑う。


「君が、『ごめんなさーい!』って泣けばいいんじゃない?」

「えぇ……」

「あはは。ほら、出発だよ、行こう」


 既に、周りが、大きな鳥で埋め尽くされている。主に移動の乗り物として使う、グリフォン、と呼ばれる召喚獣らしい。


 そういえば……前に、レイモンド様が乗っていたのを見かけたことがある。


 だけど、エリュシオン様が召喚したのは、大きな角のある、綺麗な鹿。ケリュネイアというんだそうだ。さっき、乗せてもらった時は、びっくりして、そんな余裕なかったけど。


 首回りの、もふもふ、に目を輝かせると、指をうずめて、顔も突っ込んだ。


「あはは、何やってるの?」


 そんなサファの姿見れるのは、エーヴリルとエリュシオン達を除いたら、あと3人ほど。その中に、エリュシオン達の話を聞いており、不快を抱く人物がいた。


 孤児、だと……?


 その人物は、サファの姿を、まるで虫ケラでも見るかのように、目を細める。だが、出発の前のこの騒がしい状況。そんな些細ささいな事は、誰も、気づきはしなかった。

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